8. さよなら の ことば
よろしくお願いします。
「……!」
降伏……勧告?
驚く僕を、アディールの鋭い視線が見据える。
「アディール、それは……!」
「実際に戦いを見てわかったの。ドルフ王国の軍は精強よ。はっきり言って、アト王国軍よりも強いわ。ベルマ陛下も、その実力は過言なんかじゃない。万の軍団を指揮する器量があの方にはある。そんな陛下を今はキャバリアス将軍、ドルフ王国四天王の1人が支えているの。アト王国に、勝ち目は無いわ」
「……」
何も言えない僕。
ドルフ王国四天王というのは、王国の東西南北四方の戦線をそれぞれ担当する、4人の大将軍のこと。
当然その強さは、周辺各国に脅威の対象として響き渡っている。
アト王国への侵攻ということで、東方守護のシュナウザー・マーゴ・キャバリアス将軍が動いたというわけか。
戦闘もさることながら、補給兵站の才は並ぶ者無し。
合戦中にあって戦況を見極め、前線の兵の交代や武具の交換など、間髪を入れない補給は神技とまで言われている、アト王国とも因縁の深い武将だ。
「それに……」とアディールは少しためらってから、再びキッと僕を見る。
「この度の遠征には、イルドア様も参陣していらっしゃるわ」
「はあ、イルドア……イルドア!?」
この国の守護竜!?
中位竜ホワイトドラゴンのイルドア!?
ドラゴンが侵攻に参加してるってのか!?
「そんな……!ドラゴンは、人間同士の争いには手を出さない決まりじゃあ……!?」
思わず声を上げた僕を、アディールが怪訝な顔で見る。
「?……そうなの?」
「え?あ、いや……冒険者の間では、そういう噂で……」
まさかドラゴンから直接聞きましたとは言えない。
慌てる僕にアディールが不思議そうにするも、気を取り直して言葉を続けた。
「冒険者の噂は知らないけど、イルドア様が軍に同行してアト王国へ行っているのは本当よ。これでわかるでしょ?アト王国は、ドラゴンと敵対しようとしてるの。万に一つも勝機なんて無いわ。お願い、無駄な犠牲が出る前に、アト王国に降伏するよう伝えて」
アディールは態度こそ毅然としているものの、その目の奥にはすがるような色も見える気がする。
彼女は彼女なりに、故国を救いたいということだろうか。
でも……
「ごめん。それは無理」
僕の返事に、はっとした顔をするアディール。
そんな彼女に、僕は冷静な口調を心がけながら告げる。
「僕はもうルシアン伯爵家のリーオじゃない。家を出て、今は冒険者だよ。国や貴族に、何かを言えるような立場じゃない」
「で、でも……!」
「それに、家を出たって言ってもやっぱり故郷だしね。もし何かをするなら、やっぱりルシアン領を守るために戦うってことになるんじゃないかな」
まあアト王国軍への参加は禁止されているので、実際に戦うってことは出来なさそうではあるのだけれど。
黙って僕の言葉を聞いていたアディール、やがて顔を上げて、真正面から僕を見据えた。
「そう……なら、今この時から、私とあなたは敵ね」
「そういうことに……なっちゃうのかなあ」
なんか……嫌だな、こういうの。
多分僕は、悲しい顔をしていたんだろう。
アディールは、そんな僕から僅かに目を背けて言葉を続ける。
「昔のよしみで、30秒だけ時間をあげる。それを過ぎたら、敵の間者が入り込んだと人を呼ぶわ」
「10秒で良いよ」
「私は……こうなったこと、後悔はしてないから。もしももう1度やり直せるとしても、必ず同じ選択をするわ」
「ん、わかったよ」
話は終わった。
アディールとも、これで完全にお別れになるんだろう。
もう2度と、会うことは無い。
僕がアディールにさよならと告げて、窓に向けて踵を返したところで後ろから声がかかった。
「リーオ……!」
「?」
振り返ると、アディールが何かをこらえたような顔で僕に告げる。
「……私、あなたのこと……愛してた」
「うん。僕もアディールのこと、大好きだったよ」
僕は最後にアディールにもう一度微笑んで見せて、そして窓を開けてそのままテラスから飛び降りた。
窓の下で待機していたクロベエの背中に乗ったところで、黒い翼が一気に夜空へ舞い上がる。
城から遠ざかりながら1度振り返ると、部屋の明かりの中、慌てた様子で窓から身を乗り出して下を見回している王妃様の姿が見えた。
さようなら、アディール。
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