7. おさななじみと の さいかい
コタロウ視点です。
よろしくお願いします。
「リ……リーオ!?」
部屋の中で仰天しているのは、僕の幼馴染であり、かつては婚約者だった女性の顔。
僕がかりかりと窓をひっかいていると、小さく驚きの声を上げながらも豪奢なドレス姿のアディールが窓を開けてくれた。
小さく開いた隙間からするりと入り込んで、僕は「や!」とアディールに片手を上げて挨拶する。
「どーもこんばんはお邪魔します。いや〜声出さないでくれて助かったよ。大声上げられたら僕もうどうしようもないからさ。やっぱりドルフ王国は凄いね、半端じゃなく警備が厳重だよ。反則技使ったんだけど、それでも何回か見つかりそうになって焦ったもん。あ〜それにしても凄い豪華な部屋だねさすがは王妃陛下だね。……あ、そういえばアディール久しぶり」
「リーオ……どうして、ここに……」
とりあえず挨拶してみる僕と、呆然としたままのアディール。
まあ、昔馴染みとはいえ夜中にいきなり部屋の窓から入ってきたのだから、驚くのも当然の話ではある。
いやそれにしても懐かしい顔だ。
最後に会ったのは……2年くらい前だったかな?
ただ服や部屋は豪華だけど、なんだかアディール以前みたいな元気が無いような感じがするな。
疲れてるんだろうか。
そんなアディールは、僕に上目遣いを向けながらおずおずと口を開いた。
「リ、リーオ……」
「ああごめんアディール、僕もうリーオじゃないの。アト王国の家はもう出てさ、貴族も辞めて冒険者になったんだ。今の僕の名前はコタロウ、よろしくね」
「ぼ……冒険者!?」
「そうそう冒険者、頑張って2級になりました。それから僕も結婚したんだ。奥さんは2人いて、2人共優しくて、とっても美人で強いんだよ」
「そ、そう……結婚……」
顔を引きつらせて呟くアディール。
せっかくだし、アリサとユーナの顔だけでも見せてあげられれば良かったかな。
この世界には前世のような写真が無いから残念だ。
僕が他にアディールに報告することは何か無かったろうかと少し考えたところで、彼女は思い切ったように声をかけてきた。
「リ……リーオ!」
「何?」
「ご、ごめんなさい!」
「何が?」
「その……リーオとの婚約を無理やり破棄して、ベルマ陛下と結婚したこと……」
「ああそのこと」
婚約破棄の件か。
「あれは……しょうがないよ。確かに婚約破棄の連絡を受けた時は辛かったけどさ、でも言ってしまえば貴族あるあるな話なんだし」
「……」
僕の言葉に、軽く俯くアディール。
実際、家の意向と利益が最優先な貴族の結婚ではちょくちょくある話ではある。
婚約破棄や許婚の解消や、中には結婚してたのを強引に離婚させて他のもっと金持ちの貴族と再婚させる、なんてことも例があったりする。
ただし、こんなことすれば関係各位からの信用は当然失くすし、決して褒められたことではないというのも事実なのだけれど。
まあそれはともかくとして。
「そんなことよりさアディール、戦争って何戦争って」
詰め寄る僕に、アディールは怯えたように顔を上げた。
「そんなこと……」と一瞬落ち込んだように呟いていたものの、すぐに気を取り直して僕に向き直る。
「陛下は、不当な扱いを受けている私の実家ベリアン侯爵家を救い、アト王国の過ちを正すために兵を出したの」
「ベリアン侯爵家が不当な扱いって……」
貧乏暮らしに加えて他の貴族からも距離を置かれてるのは、領地運営に失敗してる上に誰彼かまわず返す当てもない借金を持ちかけて回る(しかも無駄に尊大な態度)その姿勢の結果、言わば自業自得だろうに。
しかしなるほど、要はそれが侵攻のお題目か。
アディールがベルマ王に嫁いだことが、今回は逆に仇になってしまった感じか。
「……でも、アディールの方で止められなかったの?」
ていうか、両国間での戦争が起こることを未然に止めるのが、この婚姻の本来の目的のはずだ。
僕が尋ねると、アディールは小さく唇を噛んで俯く。
「私は……何も出来ていないから……」
「……?」
「フフッ……そのキョトンとした顔、変わらないね」
小首を傾げた僕を見て、くすりと笑うアディール。
でもまたすぐに遠い目になる。
「この国では、女は清楚で慎ましやかに、男を立て家庭を守るべき……なんだって。戦に出るなんて、もっての外みたい。だから私も、こうして着飾ってこの国の作法を学んで、早く陛下の子を産みなさいって……嫁いでから言われるのはそればっかり」
「そっか……」
言われてみればこの国、女性の立場が非常に低いって話を聞いたことがあったな。
男尊女卑のお国柄……軍事国家にはありがちな話ではある。
実家にいた際は軍事的な脅威はともかく、国としてはそこまで興味もなかったので噂程度と聞いていた話だったのだけれど、どうやら事実で、そして想像以上に酷かったようだ。
確かにこの様子では、今回の侵攻も止めるどころか、口出しすらさせてもらえていないというのも頷ける話なのかもしれない。
とはいえ、このまま黙って帰るというわけにもいかず。
「なんとか、戦争を止められないかなあ。今アト王国内は大変なことになってるはずだし、民に被害だって出てるかもしれないし。アディールにしたって故郷の国でしょ?今王様やこの城の主要な人達が侵攻で出払ってるなら、その間を狙って停戦に賛同してくれる味方を増やすとか。もしくは急病とか、子供が出来たって嘘吐いて戻って来てくれるように連絡を送るとか……」
我ながら、最低なことを言っているという自覚はある。
「……」
僕の言葉に、アディールは俯いて口元を引き結び、そして小さく頭を振った。
「……この国では、軍事こそが1番重要で、そして最優先されるべきことなの。たとえ私の身に何か起きたとしても、それを理由にして戦を止めて帰って来るなんてこと、陛下はなさらない」
駄目か。
軽く気落ちしていると、アディールは顔を上げ、そして挑むような目つきでこちらを見据えてきた。
「私はアディール・ラウ・ドルフ。ドルフ王国ベルマ王の妻よ。夫の不利益になるようなことは、たとえ故国のことであっても出来ないし、しないわ」
「そっか……」
これが、嫁いだ女の人の覚悟か。
アディールはもう、このドルフ王国の人間として、王様とこの国のことを応援する立場なんだ。
「ベルマ殿下……今は陛下か、アディールのこと、大事にしてくれる?今、幸せ?」
僕が尋ねると、アディールは小さく目を伏せ、そして黙って頷いた。
まあ色々とあるのだろうけど、幸せだと思ってるなら良かった。
……逆にどちらかというと僕の方が、奥さんであるアリサとユーナを危ない目にあわせてばかりで、あまり大切にしていないような気もする。
ここは反省して、クリクピナス市に戻ったら落ち着くことを考えるのが良いかな。
グロッタさんから言われた通り、僕達3人、マリアネーラ様の家臣に内定していることなんだし。
そんな密かに反省している僕に、アディールは決意を固めた表情で声をかけてきた。
「リーオ……お願いがあるの」
「?」
「これから、ルシアン伯爵領に帰るんでしょう?ルシアン家の人達に、抵抗を止めて降伏するように伝えてほしいの」
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