6. おうひ の ゆううつ
三人称視点となります。
よろしくお願いします。
ドルフ王国王妃であるアディール・ラウ・ドルフは、自室で1人ため息を吐いていた。
アト王国ベリアン侯爵領からここドルフ王国第2王子、そして今やドルフ国王となったベルマ・グレイード・ドルフの下に嫁いできてもう半年程になる。
半年といっても、結婚してからあまりにも色々なことがあり過ぎたせいで、まるでもう何年も経ってしまったかのように思えることすらある。
実家であるアト王国ベリアン侯爵家を出て、ここ王都バインスに到着するやいなや慌ただしく結婚式の準備に取りかかり、それから1月と経たないうちに豪奢なドレスで飾り立てられて、アディールとベルマ王子は式を挙げて夫婦となった。
そして、アディールが表舞台で何かを出来たのも、ここまでのことだった。
まずはドルフの国風に慣れていただく、ゆくゆくは寝所を取り仕切っていただくと城仕えの貴族達に言われて城の奥に押し込められ、それ以降は何を言いつけられることもなく、自分から何をするわけでもなく、ただ漫然と日々を過ごしている。
先のシエード第1王子と王位をめぐって争った内乱の際も、アディールは何一つとして役目を任されてはいない。
お付きの侍女達から「シエード王子が次期王座を狙って乱を起こした」→「ベルマ王子が勝利し王位を継ぐことが決まった」→「これから貴女は王妃陛下です」と日を追って報告を受け、最後の報告の後に今いる王妃の部屋に移って言われるがままに夫ベルマの王位継承の式典に参加して、その後はまた何をするでもなく今に至る。
王妃の役目はまず第一に国王の跡継ぎを産むこと、というのは理解しているし、それに文句を言うつもりは無い。
とはいえ、アディールは実家が武門の家柄である。
アディール自身も一般の騎士などには負けないぐらいに鍛えているという自負もあるし、戦場に出た経験もある。
他国から嫁いできたばかりの人間の分際で、一軍を任せてもらえるなどと自惚れていたつもりなどはない。
しかし、夫であるベルマ王子……今は王か。
自分が軍事畑の人間であるというのは当然わかっていたことであり、ベルマ王もその前提の下で求婚をしてきたはずである。
自分の、軍人としての才が認められたのかと思ったこともあった。
自分が、ドルフ王国軍に新風を吹き込む存在になるのではないかと夢を見たこともあった。
しかしそんな幻想は、この地に来て間もなく打ち砕かれた。
実家にいた時には、大した交流がなかった事情もあって噂程度にしか聞いていなかったことではあったが、この国、女性の立場が非常に低い。
「女は家を守り強い男子を産むことこそが責務」という考えが浸透しており、平民ならともかく貴族においては、女が家の外に出て仕事をするというのはまずあり得ないことらしい。
特に軍事においてはこのドルフ王国の根幹たる神聖な仕事という扱いで、女性が関わることは原則認められないとのこと。
事実この城内でも、女性を目にするのは侍女や使用人くらいで、衛兵や文官ともなると男ばかりとなっている。
貴族の女子ともなればほぼ例外無く、控えめで、可憐に、男を立てるようにと教育を受けて育つ。
悪い言い方をすれば、どちらを向いてもお人形のような娘ばかりが量産されているという状態なのである。
そのような環境ではいかに王妃といえど、いや王妃だからこそ、軍事や武事になど関わらせてもらえるはずも無い。
それは、隣国でありアディールの故国であるアト王国との戦時中である今も同様のこと。
今はただ、このドルフ王国で育ったベルマ王にとって、自分のような女が珍しく魅力的に見えただけなのではないかと、疑心が頭をよぎることが日に日に増えていっている。
(もしもあの時、ベルマ陛下との縁談を断ってリーオと結婚していたら……)
時折浮かぶ思いを、いつものように振り払う。
王妃として、絶対に持ってはならない考えだ。
そして、アディールを気鬱にさせているのはそれだけではない。
(どうして、こんなことに……)
第1王子であるシエード殿下との争いを征して数日後、王となった夫ベルマは突如、隣国アト王国への侵攻を宣言した。
『アト王国から不当な扱いを受け、存亡の危機に瀕している王妃の実家を救済する』という、強引としか言いようのない理屈を題目として。
ただこの戦、おそらく負けは無い。
今はベルマ王が総大将となり、総勢5万の軍勢がアト王国内に侵攻している。
事前に内通を取り付けていたことでベリアン侯爵領は無傷で素通りが叶い、現在は隣領の、そしてかつては婚約者だった男の実家であるルシアン伯爵領で、伯爵領軍と交戦中とのこと。
ルシアン伯爵家の兵力は、領民から戦える者をかき集めても3千〜4千といったところ。
精強で知られるドルフ王国軍5万、さらにはそれにベリアン侯爵軍6千が加わった連合軍には敵うべくもない。
そしてさらに、今のドルフ王国軍には……
「……?」
部屋の窓の方から、コンコンと小さな音が聞こえてきたのは、そんな時のことだった。
気の所為か、それとも風か何かかと放っておこうとするも、またさらにコンコンとガラスか何かを叩く音。
どうやら気の所為ではない。
昔の自分であれば、何かしら異常を察知したら即座に武器を構えていたというのに、今は手が反射的に動くことすらしなくなった。
1年も経たないうちに我ながら耄碌したものだと、1人苦笑を浮かべながらアディールは窓の方に視線を向け、
「ブッ……!」
思わず悲鳴を上げそうになるのを懸命にこらえる。
目をやった先には窓の外、ガラスに顔を貼りつけて中を覗き込んでいる、かつて見知っていた顔の少年の姿があった。
◇
「昨夜の襲撃の損害は、騎士のアルキー卿が討ち取られた他、兵卒の死者20名、負傷者70名。加えて、敵の一部が物資の集積地に到達し、馬2頭が紛失し荷車が数台破壊された模様です。我が方はドデン子爵の迅速な反撃により、敵兵10騎程を討ち取っております。この損害で大勢に影響はありませんが、荷駄隊の出発は若干遅れる見込みです」
「定石通りにルトリュー川を防衛線とするか、もしくは籠城を図ると見ていたが、ルシアン伯爵め、まさか打って出てくるとは……」
「まるで野盗ではないか!貴族たる者の戦い方ではない!」
「姑息な真似を!」
「領都ウェイジャンの様子は?」
「ハ、陛下。現在近隣から到着した小領主達の隊が、ルトリュー川の沿岸に集結しており、こちらは型通り、川を盾に迎え撃つ構えと思われます。今は500程の様ですが、明日か明後日には1000程には膨らむものかと」
「義父上殿は、敵の出方をどう見られる?」
「ルシアン伯爵は我が方を惑わす構えの様ですが……所詮は小勢にございます。この大軍の前には気休め程度にしかなりますまい。時を稼がれては王都トラネオの防備も固くなります。ここは一気に進軍し、領都ウェイジャンを撃ち破るのが良策かと存じます。さすれば王都までは小物貴族の領地のみ。奇襲部隊も、本拠地を失い投降して参りましょう」
「成程、道理。各将に命ずる!全軍はこのまま進軍し領都ウェイジャンを落とす!各隊は索敵を強化し敵の襲撃を警戒せよ!」
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