3. きかん の けつい
よろしくお願いします。
長ゼリフがあります。
予想外の知らせに仰天する僕。
ベリアン侯爵領が、抜かれた?
こんなに早く?
「ベリアン侯爵様の軍が、敗北したということですか?」
アリサの質問には、首を横に振るグロッタさん。
「いえ、我々が掴んだ情報では、ベリアン侯爵領では戦いは行われてはいない様です。どうも、ほぼ素通りのようなものだったらしいですな」
「素通り!?」
どういうことだ?
ベリアン侯爵は、侵攻してきたドルフ王国軍を迎え撃たなかったのか。
あ、もしかして……
「まさか、内通……ということですか?」
尋ねた僕に、グロッタさんは首肯する。
「ベリアン侯爵様の軍は……ドルフ王国軍に合流した様でございます」
「そんな……」
「裏切るなんて……」
愕然となるアリサとユーナ。
ベリアン侯爵家、調略されちゃったか……
国同士の誼を結ぶためだったアディールの輿入れが、逆に裏目に出たか。
以前、実家のルシアン家が行っていたベリアン侯爵領への食糧支援の再開を求めてベリアン家の騎士が僕を追いかけて来たことがあったけれど、ベリアン家は侯爵家ではあっても、軍事にばかり力を入れているせいで代々慢性的な貧乏の家。
もしかしたら、そのあたりの経済援助などもちらつかされたのかもしれない。
にしても、今ドルフ王国軍はルシアン領、僕の実家に侵攻してるのか。
父上や兄上が寝返ったりなんてするとは思えないから、今ごろはルシアン家の手勢に加えて近隣の小領主達も招集して迎撃の準備、もしくは既に交戦中といったところかな。
大丈夫だろうか。
今の僕は貴族の身分を捨てて家も出て、平民の冒険者として生きている身。
たまに手紙を送ったりしているけど、それでも形の上では実家との縁は切れている。
でも……だからってこのまま今の状況を無視して良いものだろうか?
僕がこの世界で生まれてから、ずっとお世話になってきた家族と家と領民達と領地。
家を出た今でも、皆かけがえのない存在だ。
今、その領地に敵が攻め込んでいる。
皆が、危機にさらされている。
……よし。
僕は顔を上げ、黙ってこちらを見ていたグロッタさんに言った。
「あの、グロッタさん。本当に申し訳ない限りなんですが、お願いがあります」
「行かれるおつもりですかな?」
静かな目でこちらを見つめてくるグロッタさん。
やっぱり、わかっていたか。
「はい、今ドルフ王国軍が攻め込んでいるルシアン伯爵領は、僕の故郷です。せめて状況だけでも確認して来たいんです。お願いします、行かせてください」
「……」
頭を下げる僕。
グロッタさんは、無言のまま少しの間僕を見つめ、やがて指を1本立てて告げた。
「1ヶ月」
「1ヶ月?」
「はい。マリアネーラ公爵様は現在帝城にて、皇族としての残務整理をなさっておいでですが、1ヶ月程後には正式にここヴィスライト領の新たな領主様として赴任なされる予定にございまする。それまでの1ヶ月の間であれば、皆様の自由行動をお認めいたしましょうぞ」
「っ!ありがとうございます!」
思わず笑顔になって再度頭を下げる僕に、グロッタさんは「取り急ぎ、皆様にやっていただかなければならないことはございませぬからな」と微笑んで頷いた。
「ただし」
しかしここで、グロッタさんは真面目な顔に戻る。
「アト王国防衛への従軍はなりませぬ。皆様は形式的にはまだですが、実質的には既にマリアネーラ様のお抱え冒険者、さらには家臣への登用が内定している身にございまする。貴族家の家臣が無断で他国の戦に参加したことが発覚すれば国際問題の種にもなりかねませぬし、何より万に一つも命を落とすことなど決してあってはならぬこと。おそらく冒険者ギルドには防衛戦への参戦依頼が出されておりましょうが、皆様はご自身の立場を重々ご理解いただき、必ず無事にお戻りいただきますよう」
「承りました。たとえ故国といえども、防衛戦への参戦は決してしません。必ず、1ヶ月でここに戻ることをお約束いたします」
「無事のご帰還を、お待ちしておりまする」
そう告げるグロッタさんに再度頭を下げて、僕はアリサとユーナを伴い部屋を出た。
◇
「よろしいのですか?お前さま」
「何がだ、マグダレナ」
「今は1人でも人手の欲しい時。あの方達にも、決して仕事が無いわけではありません。それに自由行動は認めたとしても、あの方達の目的のためには1ヶ月というのはいささか短すぎはありませんか?たったそれだけの期間では……」
「……猶予が無いのは事実だ。マリアネーラ様ご着任の際に、家臣への登用予定の者がおらぬでは話にならん。それに……」
「それに?」
「あのコタロウ殿も、1ヶ月という期間が短いというのはわかっているはず。おそらくあのお方、何か腹案があると見える」
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