11. そざい の ばいきゃく
よろしくお願いします。
本日まず行くことにしたのは、昨日ランドルフさんから教えてもらった魔物素材を扱う問屋さん。
そこでシャドウタイガーやワイバーンなど、溜まった素材をまとめて買い取ってもらおうと思っている。
ランドルフさんからもらった地図によれば、その問屋は宿舎から歩いて3~40分くらいの、市場を抜けて行った先。
もう既に市場は始まっていて、商人さん達の呼び込みの声や値段交渉がけたたましく飛び交っている。
僕はその喧騒の中を通り抜けて、目的の問屋があるという商店街へ向かった。
ちなみに市場で売ろうなんてことは最初から考えなかった。
市場でお客さんと丁々発止の値段交渉とか、僕には自信など無い。
市場を抜けて着いたのは一軒の家。
ランドルフさんの言うとおり看板などは無いし、出入りする商人さん達の姿も無い。
パッと見は普通の民家に見えるけど、地図ではここになってるし、近くを歩いてた人にも訊いてみたけどここで間違いないみたい。
おはようございま~すと声をかけながら中に入ってみると、扉の中は思った以上に広かった。
この町の冒険者ギルドのホールと同じか、もう少し広いかなってぐらいのホールに机や椅子が乱雑に並べられていて、そこには何人かの人が座っていて僕に目を向けてきた。
彼らは先客の商人の人達だろうか。
中へ進んで行くと、奥の席に厳つい髭面で初老の男性が座っていたので話しかけてみる。
「おはようございます。ランドルフ工房のランドルフさんに紹介されて来たんですが、ここは魔物素材を扱う問屋さんで間違いないですか?」
「ランドルフさんの紹介か。ああ、魔物素材ならうちで扱っている。お前さん見ない顔だが冒険者かい?用件は魔物素材の買い取りか?」
「はい、僕は冒険者でコタロウといいます。ランドルフさんからアントニオさんという方にと言われたんですが、取り次いでいただけますか?」
僕がそう言うと、男性は野太い笑みを浮かべてみせた。
「俺がそのアントニオだ。ランドルフさんの担当で、ここの組合長をやってる。よろしく頼む。で、素材の買い取りだったな。大方冒険者ギルドで買い取りを断られたんだろうが、ちょっと待て、今鑑定士を呼ぶ」
アントニオさんはそう言って奥に声をかける。
てか、この人組合長だったんだ。
ちょっと驚いた。
アントニオさんはそんな僕に向き直って、売りたい物は今ここに出せるか?と尋ねてきたので、僕はアントニオさんの座る机の上に、シャドウタイガーの爪を出した。
アントニオさんはその内の1本を手に取ってしげしげと眺める。
「ふむ、魔物の爪のようだが随分とでかいし鋭いな。それにこの強力な魔力がある様だが……」
呟いているところに、奥から40歳くらいの男性が出て来た。
「初めまして、当組合で鑑定士をしているマキシムといいます」
丁寧に会釈をしてくれたマキシムさんだったけど、机の上に並べられた爪を見るなりその顔色が変わる。
「こ、これは……!」
失礼します、と爪の1本を手に取って少しの間じっと見つめていると、やがてマキシムさんは大きく息を吐き出した。
そのままアントニオさんに小声で何かを話しかける。
するとアントニオさんも驚愕の表情に変わり、自分を落ち着かせるように息を吐いて立ち上がった。
「これは少しばかり金額のデカい話になりそうだ。悪いが少し奥に来てくれるか?」
「ええ、わかりました」
僕の返答にアントニオさんは頷いて、爪を持ってマキシムさんと一緒に奥へ歩き出した。
2人に着いて行くと、建物の奥の方の大きな机と椅子のあるちょっと立派な部屋に通される。
ここは大口の取引に使う部屋か何かなんだろうか。
アントニオさんに促されてソファに座ると、アントニオさんが改めて目の前のテーブルに持ってきた爪を並べ、そして立って見ていたマキシムさんが口を開いた。
「この爪は、シャドウタイガーのものですね?」
「そうです」
僕が頷くと、マキシムさんは大きく息を吐いた。
「本物を見たのは初めてです」
まあ、珍しくはあるよね。
にしても、マキシムさんは初めてこれを見たのによくシャドウタイガーの爪だとわかったな。
爪なんかは毛皮と違って、そんな目印になるようなところも無さそうに見えるけど。
もしかしてこれがいわゆる『鑑定眼持ち』というやつなんだろうか。
『鑑定』という生活魔法に類する魔法がある。
効果は目の前の物の情報を読み取るというもの。
高位のものになると、目の前の人の強さや、その人が嘘を吐いているかどうかまでも見抜けるのだそう。
僕は『鑑定』を使えないのでどういう風に見えるのかはわからないけど、マキシムさんはこの魔法が使える人なのだろう。
さっき鑑定士って言ってたし。
ちなみにこの『鑑定』という魔法、非常に使い手を選ぶことでも有名。
素質のある人はわりとすぐに覚えられるらしいんだけど、覚えられない人はもうどれほど死ぬ気で勉強しても覚えられないんだそうな。
そして言うまでもないけどこの『鑑定』、こうした買い取りの査定などには最適の魔法であるため、そういった目利きが必要な職場からは引っ張りだこになる。
少なくとも僕の身の回りにはいなかったと思うから、僕も鑑定眼持ちと会うのはこれが初めてだ。
それからある意味当然と言えば言えるのだけど「それにしてもこんな物を一体どこで?」とアントニオさんとマキシムさんに尋ねられた僕。
ここでもランドルフさんの時と同じやり取りを繰り返すことになった。
「それで、買い取りはしてもらえるんでしょうか?」
僕が尋ねると、アントニオさんは頷く。
「ああ、買い取らせてもらう。ただ、物が物だから査定と金の用意に少しばかり時間がかかる。1週間程待ってもらえるか?」
1週間か。
高額取引なら時間がかかるのは仕方ないけど、今ちょっと手持ちが心許なくなってきてるんだよな。
ランドルフさんに服の仕立て代も払わなきゃいけないし。
「それは大丈夫です。でも今はちょっと急ぎでお金が欲しいので……これだったら即金で買い取ってもらえませんか?あと時間がかかるんならついでにこれもお願いします。」
僕はそう言って、机の上にマジックバッグから取り出したワイバーンの爪と牙と魔石、それからシャドウタイガーの素材の残りの牙と骨を置いた。
ちなみに今回出したのは爪や牙や骨の中でも小さめの物。
大きめの物は取っておいて、どこかでナイフか何かに加工してもらえないかと思っている。
「今度はワイバーンですか……それにまたシャドウタイガーの……」
素材を鑑定したマキシムさんがひきつった笑顔を浮かべる。
それを聞いて、頭痛を抑えるみたいに頭を抱えるアントニオさん。
「一体何なんだあんたは……?」
「しがない6級の冒険者です」
「しがない6級の冒険者がシャドウタイガーやらワイバーンやらの素材を持ち込んで来るかよ……ってか6級!?」
しまった口が滑った。
なんていうか、もう目立ちたくないって言い張るのも無駄な気がしてきたな。
今後は「出来るだけ目立たない」に方針を切り換えよう。
アントニオさんはそんな僕を見て、諦めたような顔で溜め息を吐いた。
「はあ……。わかった、もう何も訊かん。素材は全部買い取らせてもらう。マキシム、とりあえずワイバーンの方の査定をしてくれ。こっちならすぐに出来るだろ」
「はい、直ちに」
アントニオさんの言葉にマキシムさんは頷いて、お預かりします、とテーブルの上の素材を持って部屋を出て行った。
マキシムさんを見送ってから、アントニオさんは僕に向き直る。
「まあそんなわけだ。さっきも言った通りワイバーンの方はすぐに支払うが、シャドウタイガーの方は1週間くらい時間をくれ。後、ギルド証を見せてもらえるか?」
僕がギルド証を差し出すと、アントニオさんは手に取って確認して、取り出した書類に僕の名前とランクと持ち込んだ素材を書き込んでから返してくれた。
そうしていると職員の女性がお茶を持ってきてくれたので、それを飲みながらこの町の冒険者ギルドのことをアントニオさんと愚痴っていると、しばらくしてドアがノックされてちょっと立派なお盆を持ったマキシムさんが入ってきた。
マキシムさんは袋と紙の乗ったお盆を机の上に置くと、お盆に乗っていた2枚の紙を僕に差し出してきた。
「お待たせしました。こちらの方もかなり大きな金額になりそうだったので、とりあえずワイバーンの魔石だけ急いで査定をさせていただきました。申し訳ありませんが残りの爪や牙につきましてはシャドウタイガーの素材と一緒の支払いでお願い致します。こちらが買い取り額の内訳と契約書になります。金額にご了承いただけましたら両方にサインをお願いします」
出された契約書は2枚とも同じ物で、覗き込むとワイバーンの魔石に対する買い取り額が書いてあった。
ざっと内訳に目を通して、最後に書かれていた総額は大金貨2枚。
……大金貨2枚!?
うわなんていう金額。
ワイバーン素材の買い取り相場なんてのはまあ、知らないけども。
それでもこれだけの高額買い取り、異論などあろう筈も無い。
こんな額、変な贅沢しなけりゃ1年ぐらいは何もしないで暮らせるぞ。
残りの素材についても、支払いは別に後でも問題無い。
僕は添えられていたペンを取り、契約書2枚にサインをした。
その契約書をアントニオさんが取り、2枚ともに責任者としてのサインをして、内1枚を僕、もう1枚をアントニオさんが受け取る。
そしてお金の確認をして、間違い無いということで取引完了。
お金は大金貨1枚分を、金貨と銀貨と銅貨にしておいてくれたのがありがたい。
最後にマキシムさんがもう1枚、紙を僕に差し出した。
「こちらはワイバーン及びシャドウタイガーの素材をお預かりしていることの証明書です。1週間程で査定とお金の用意ができますので、その頃にこれをお持ちになって下さい」
「わかりました。ありがとう」
僕は証明書とお金の入った袋を受け取ってマジックバッグに仕舞い、アントニオさんとマキシムさんによろしくお願いしますと頭を下げて組合を出た。
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