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9. ゆうしょく の めにゅー

よろしくお願いします。

アリサさんが描いてくれた地図があったので、特に迷うこともなく僕はランドルフ工房に着くことができた。


表には確かに『ランドルフ工房』の看板はかかっているけど品物の展示などはされていない様で、話に聞いた通りお店という感じはしない。



「こんにちはー」


入口から声をかけてみると、奥から40代半ばくらいの女性が出てきた。


「はいどうも。何かご用ですか?」


「こんにちは、えーと、ランドルフさん、ですか?騎士団のアリサ・メル・シャルトさんに紹介されて来ました。実は服を仕立ててほしいんです」


「ああ、シャルト様の。ええ、私がここの工房主のカーヤ・ランドルフです。今は急ぎの仕事もありませんし、お引き受けしましょう。どのような服がよろしいですか?」


「これで服を作ってほしくて」



僕はそう言って、マジックバッグからシャドウタイガーの皮を引っ張り出す。


差し出した皮を受け取ったランドルフさんは、手に持った皮を見ている内、みるみる驚愕の表情になり、少し震える声で尋ねてきた。


「これは、シャドウタイガーですね?」


「そうです」


僕が頷くと、ランドルフさんは深く息を吐いた。


「どこにも傷一つ無い。これだけ良い状態の物を見たのは初めてです。これだけで職人冥利に尽きますね」


「これで冒険者用のジャケットを作ってほしいんです。出来れば2着くらい」


僕のお願いに、ランドルフさんは力強く頷いた。


「ぜひやらせて下さい。私の最高傑作に仕上げてみせます」




その後僕はランドルフさんと、作ってもらう服についての具体的な打ち合わせと体の採寸などを行った。


僕から注文したのは戦闘用のジャケット2着。


最近は丈が長めのコートが流行りらしいけど、あれは僕の戦い方には合わなさそうなので今回は遠慮することに。


トラの象徴であり、また草むらなどに隠れる際の擬態にもなる縞模様は残してほしいけど、あまり毛皮毛皮という感じがしない方が良い。


ただ皮がかなり大きいのでジャケット2着では大部分が余るとのことだったので、余った部分をどうするかはランドルフさんに任せることにし、毛や端切れなどはそのまま彼女にあげることにした。


そういった物でも、他の素材の服に編み込んで魔法防御力を高めるとか、使い途は色々あるらしい。


最後に肝心の料金は金貨で1枚。


素材持ち込みとはいえ、これだけの物をオーダーメイドで作ってもらうのにしては安い気もするけど、ランドルフさんは「使わない部分を譲っていただくのと、見事なシャドウタイガーの皮を見せていただいたお礼ということで」と笑っていた。


出来上がるまでには大体1ヶ月ほど見てほしいとのことだったので、ひとまずトラの皮は彼女に預け、お金は明日持ってくることを約束して今日はお暇することにする。



後は何か話し忘れたことは無いかなあと考えていると、ふとランドルフさんが尋ねてきた。


「それにしても、これ程の物を一体どこで手に入れられたのですか?」


「もらい物です」


「服装から冒険者の方とお見受けしましたが、それでもこれほどの物はそうそう手に入るものでは……」


「もらい物です」


「先日、クレックス領都のマヌルの町にシャドウタイガーが出たという話を聞いたのですが」


「もらい物だったらもらい物です」



別に嘘を言っているわけじゃない。


仕留めたのは僕だけど、素材は警備隊の副隊長さんの許可を得てもらってきた物だ。


僕が猫お得意のすまし顔をしていると、ランドルフさんは笑って「失礼しました、余計なことをお聞きしました」と謝ってきた。


そうだ、今の話でふと思い出したけど素材を手に入れるといえば。



「あの、ランドルフさん。1つお訊きしたいことがあるんですけど」


「はい、なんでしょうか?」


「この近くで、魔物の素材を取り扱っている商会などはありませんか?」


僕の質問にランドルフさんはああ、という顔になった。


「何か素材を売られるのですね。でしたら私が魔物素材の卸しを頼んでいる問屋がありますので、そこをご紹介しましょう」


ランドルフさんはそう言って、紙に地図を描いて僕に渡してくれた。



「ここは魔物素材を扱う商人の組合で、商業ギルドの魔物素材部門です。看板などは出ていないので気をつけて。わからなかったら近くの人に聞いて下さい。中にアントニオという男がいると思いますので、彼に私の名前を伝えていただければ大丈夫です」


冒険者ギルドの噂は聞いていますよ、と彼女は苦笑いをして言った。



僕はランドルフさんにお礼を言って工房を出る。


もう夕食の時間が近いと思うので、素材を売りに行くのは明日にしよう。


さて、騎士団の宿舎での夕食はどんなものが出るのかな?




宿舎に戻った僕は、ポールさんに教えてもらった食堂に行ってみた。


既に食事の時間は始まっていたみたいで、並べられた長テーブルに騎士さん達が座って食事を取っている。


でもなんか妙に雰囲気が暗いような?そんなことを考えていると、後ろに人の気配がして、肩を叩かれた。



「来ていたかコタロウ、せっかくだし一緒に食べるか」


振り向くとそこにはアリサさんと、他に数名の騎士さんが立っていた。


騎士さん達について配膳台から食事を受け取って、皆で席に着く。


夕食のメニューはパンとジャガイモのスープ、それから焼いた肉が数切れと茹でた野菜とゆで卵。


パンは一般的に売られてる物よりも大きめではあるけど、なんか軍人の食事にしては量が少ないような?


なんて思っていると、騎士さん達が手を組んで食前のお祈りを始めたので、僕はシンプルに手を合わせて「いただきます」をした。




この食前の挨拶というのは特に決まっているわけではない。


同じ宗教の信徒でも騎士や商人、船乗りや運送業者などで、それぞれ挨拶の相手も違うしやり方が違うなんてことも普通にある。


中にはそういうのはしない、なんて人もいる。


そういったやらない人は特に冒険者に多くて、実は僕も普段はあまりやってない。


貴族として改まった席に出た時なんかはやるようにしてたけど、それでもこの「いただきます」で、珍しがられたり不審がられたりしたことは無かった。


現に今、一緒に席に着いている騎士さん達も特に気にした様子は無い。




さて、挨拶も終わったことだしいただこう。


まずはパン、それから肉と茹で野菜、そしてスープをよく冷ましてから一口……不味い。



食事を食べて固まった僕を見て、アリサさんも他の騎士さん達も「ああ、やっぱりな」という顔をしていた。


そんなアリサさん達に目を向ける僕。


知ってたなら教えてほしかったなあと、恨めしそうな顔をしていたという自覚はある。


実際、苦笑いしながら「そんな顔するなって」と言ってきた騎士さんもいた。



僕は確認のためもう一度スープを一口飲んでから、アリサさん達に尋ねた。


「これ、ラードですか?」


頷くアリサさん。


そう、この料理、肉と野菜には熱して溶かしたラードがかけられ、スープにも大量のラードが入れられていた。


パンにはラードは入っていなかったようだけど、パンだけは店から買って来てでもいるのだろうか。


そのパンにしたって、旅の間に食べる保存食の堅パンよりはマシというレベル。


何よりパン以外の料理がひたすら油っこい。


火を付ければさぞかしよく燃えるんじゃないだろうか。



僕はアリサさん達におそるおそる尋ねてみた。


「あの……これは?」


僕の質問には騎士さんの1人が答えてくれた。


「まあ、平たく言えば予算不足だ。ここしばらく俺達には活躍の機会が無くてな。目立った功績が無いからその分少しばかり金がもらえなくなっているってわけだ」


そのしわ寄せがこういうところに来てるってことか。


食費も削られてるから肉の量を減らして、安いラードで誤魔化してると。


困った話だなあ。


軍隊に活躍の場が無いっていうのは良いことなんだけど、でもだからってこんなのばかり食べさせられてたら、いざって時にも力なんか出ないぞ。


でもってソマリ男爵はそうやって浮かせたお金でさらに贅沢してるって寸法だろ?


騎士団の人達も可哀想に。


なんとかならないもんかなあ……




僕はそんなことを考えながら、出された夕食をなんとか食べ尽くす。


まてよ?


さっきの話の様子じゃラードはごっそりあるみたいだし、パンは間違いなくある。


夕食のメニューに出てたから卵はある、ジャガイモもある。


肉も少しはあるっぽい。


……ってことは、もしかしてあれが出来ないかな?



ふと思いついた僕は、騎士さんに尋ねてみる。


「あの、ここの料理って、専門の料理人さんが作ってるんですか?」


騎士さん達は、急に訊かれて少し驚いたみたいだったけど教えてくれた。


「いや、料理人を雇ってた時もあったが、今はそんな金も無くて俺達が交代で作ってるが、それがどうかしたか?」


そうか、それなら……!



「あの、厨房貸してもらえませんか?」

お読みいただきありがとうございます。


また、評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。

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