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6. そざい の わけまえ

よろしくお願いします。

この日の夕食はパンと干し肉・根野菜を入れたスープ。


シャルロットお嬢様の分にだけ軽く塩で揉んだ葉野菜のサラダと果物が付く。


みんなで食べながら夜中に飲む分のお茶を沸かし、それが済んだら火はすぐにユーナさんが消していた。




そして食事の最中、それまでずっと馬車に籠りっぱなしだったお嬢様のシャルロット様が、馬車から出て僕の所に挨拶にやって来た。


今までは強力な魔物に襲われて強烈に命の危険を感じたことと、初めて本物の人の死を目の当たりにしたショックで馬車の中で寝込んでいたらしい。


少し時間が経って、どうやら落ち着いてきたみたい。


「はじめまして。私はソマリ男爵の娘でシャルロット・カル・ソマリと申します。ご挨拶が遅れましたこと、ここにお詫び申し上げます。それからこの度は私達をお助け下さいまして、まことにありがとうございました」


そう言って、後ろに控えるフィーネさん共々深々と頭を下げるシャルロット様。


座ってスープに息を吹きかけて冷ましていた僕も、立ち上がって挨拶を返す。


「ご丁寧な挨拶をいただき、誠に恐れ入ります。僕はコタロウと申します。ただのしがない冒険者ですので、どうぞお気遣いはご無用に願います」


僕はそう言ったけど、シャルロット様は首を横に振る。


「いいえ、命の恩人に礼を尽くすのは当然のことですから」



なんて良い子なんでしょうか。


この子本当に悪名高いソマリ男爵の娘?


その丁寧な物言いに、僕も思わず姿勢を正す。


「僕は単に運が良かっただけですから。本当にお嬢様をお守りしたのはそちらにいる騎士の皆さんです。お褒めの言葉はどうか皆さんにお願いします」


わかりました、とにっこり笑ってシャルロット様は騎士さん達に向き直り、


「あのような恐ろしい魔物から私達を守っていただいたこと、心より感謝いたします」


と頭を下げた。


それに笑顔で応える騎士さん達。



僕はそれを見ながら座り直してまたスープを冷ましていると、隣にフィーネさんがやって来た。


「先程は楽しい歌も教えていただきまして。旅が楽しくなるとお嬢様もお喜びでいらっしゃいました」


「いえいえ、お耳汚しで」


僕の言葉にフィーネさんはクスクスと笑う。


「ふふ、ご謙遜を。少し変わってはいますが、楽しい歌ですね。あのような歌は今までに聞いたことがありません」


「まあ……そうですね。故郷で聞いた歌なんですが」


まさか前世のテレビで流れていた歌とは言えない。




この世界で『歌』といえば、その大半が『詩』のことを指す。


要はストーリー仕立て。


英雄譚に冒険譚に恋愛譚など。


この世界、文字を読める人がはっきりいって少ない。


王都やその周辺、後はラヌルみたいに発展してる都市なら小説なども多少は流通してるけど、地方の農村とかだと読み書きができる人なんて、いたとして村長ぐらいなんてことも珍しくない。


そうした人達にとっては、旅の吟遊詩人などが歌う『詩』が、小説代わりであり数少ない娯楽になっているというわけだ。



ラブソングなんてのも、あるんだけどやっぱり物語風。


誰かと誰かが出会いました、恋に落ちました、障害を乗り越え幸せになりました、もしくは泣く泣く別れました、みたいなのが基本。


これで前世にあった、コテコテのラブソングとか歌ってみたらどうなるんだろうか。


いくつか覚えているのはあるけど、試しに歌ってみたくもあり、後が怖いような気もあり。


話を戻して、フィーネさんも歌は好きみたいで、他に知っている歌があれば明日の道すがらにでもまた教えてほしいとお願いされた。


僕が作った歌というわけではないのだけど、それでも気に入ってくれたのなら嬉しいな。




ところで、とフィーネさんは話題を変える。


「今私達が向かっているコモテの町には、現在シャルロットお嬢様のお父上であり、ここソマリ男爵領の領主であらせられるゲープハルト・カル・ソマリ様が滞在しておられます。今回のワイバーン討伐には男爵閣下もさぞお喜びになられることでしょう。つきましてはお屋敷の方に足をお運びいただければと」


ソマリ男爵コモテの町に来てるのか。


てことはシャルロット様がこんな所にいたのも、お父上に会いに行く途中だったってところか。


にしてもなんでソマリ男爵はコモテの町に?


コモテはソマリ領のかなり外れだし、国境のすぐ側だから領主が長期滞在するってあまり良いことじゃないと思うんだけど。



ああ、もしかして?……いや、まさかなあ。


領都のシンカは今かなり衰退してると聞く。


何も無いシンカよりも、物資の流通が盛んなコモテの方が居心地良いもんだからこっちに住んでるなんてことは……


さすがにないと……思うんだけど?




「ありがとうございます。でもご褒美目当てでやったわけではないですし、勝てたのも本当にたまたまですから。お気持ちだけ頂戴します」


「しかしそれでは。お嬢様や私達を助けて頂いたのに、何のお礼もしないというわけにはまいりません」


「それでしたらワイバーンの素材をいただけますし、騎士団の宿舎にも何日か泊めていただけるということで、僕はそれで十分ですよ」


実際何日分かの宿代が浮くのは助かるし、ワイバーンの素材を売ればきっとかなりのお金になるだろう。



ついでにもうひとつ、ソマリ男爵がこの事を聞いたとしても、正直お礼か何かくれるとは思えないのだ。


平民風情が貴族に声をかけてもらえるだけで光栄と思えな人だから、良くて「こたびのこと実に見事である。褒めてつかわす」で終わりそう。



ちなみにワイバーンの素材は魔石を含めた半分を僕のマジックバッグに入れて、もう半分はユーナさんのマジックバッグに入れてある。


ユーナさんはさすが3級冒険者だけあって僕よりも高ランクのマジックバッグを持っていたし、僕の腰のマジックバッグについてもあっさり見抜かれていた。


なんで僕とユーナさんで半分ずつ入れてるのかというと、僕のマジックバッグにワイバーンの素材は全部入りきらないというのと、最終的には素材の半分を彼女にもらってもらおうと思ってるから。


やっぱりみんな頑張ってたのに、たまたま倒せたからって僕が全部素材を独り占めってのも気がひけるしね。




なんとかかんとかフィーネさんを言いくるめた僕。


その晩は騎士さん達と交代で見張りをしながら休んで、翌朝夜明けとともに出発。


その後は特に魔物の襲撃やトラブルが発生することも無く、昼過ぎには無事森を抜けることが出来た。


ガタガタしてあんまり乗り心地は良いとはいえないけど、やっぱり歩きに比べて馬車は早いし楽。


ユーナさんの話ではもう一晩野営して、翌日の昼前くらいにはコモテの町に着けるだろうとのこと。




にしてもこの旅の間に食べる物、基本的に堅パンと干し肉といった保存食なんだけど、これなんとかならないかなあ。


食べ難いし味気無いししょっぱいし。


とはいっても持ち歩ける分には限りがあるし、マジックバッグに料理なんか入れといてもそんなに保たない。


サンドイッチみたいなのならともかく、皿の料理とか器のスープとか入れたりしたら、取り出す時にぐちゃってなりそうでおっかない。


偉い人やお金持ちなら、馬車とかでたくさんの食材を運べて旅の間の食事も彩り豊かなんだろうけど、僕はそういうわけにはいかないし。


とはいえマジックバッグがあるのはかなりの強みだし、町に着いたらちょっと何か考えてみるか。



平地に出たということで隊の足も気持ち速くなり、ユーナさんの言った通りもう一晩野営。


その後、翌日の昼というには少し早いくらいの時間に、前方から騎士さんの「コモテの町が見えたぞ!」という声が聞こえてきた。




コモテの町は隣国クロウ共和国との交易の町でもあり、同時に有事に備える城塞都市でもある。


町の外周に沿ってかなり広めの堀が掘られ、多分横手の河から引いたんだろう水が流れている。


町を囲む城壁の高さは大体5mちょっとというところかな?


クレックス領のラヌルの町からコモテの町に来るまではずっと南下してきているわけだから、今見えているのは北門だろうか。



隊が門に近づいて行くと、門から馬車を見つけて、槍を持った衛兵さんが3人ほど駆け寄ってきて声をかけてきた。


「お疲れ様です!シャルロット・カル・ソマリお嬢様とその御一行様でいらっしゃいますか?お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」


そう言って馬車を誘導しようとする衛兵さん。


領主のお嬢様の一行にしては護衛が少ないことが気になったのか、僕達の方を見て不思議そうな顔をした。



そんな彼にアリサさんが声をかける。


「お役目ご苦労。私は護衛隊長のアリサ・メル・シャルトだ。実は街道の先にある森の中でワイバーンの襲撃を受けた。討伐には成功したが、その際に護衛に着いていた騎士の内6名が倒れた」


「ワ、ワイバーン!?」


驚愕の声を上げる衛兵さん達。


この町からはある程度離れた場所とはいえ、人の生活圏内に3級の魔物が現れたとなれば驚くか。


「1人は荷馬車に乗せてきたが、まだ5人の遺体が襲撃を受けた地に安置しているので収容を頼みたい。我々はこのままお嬢様と共に男爵閣下の屋敷に向かい、閣下に事の次第を報告する」


「ハッ!直ちに収容部隊の編成にかかります!」



この人は衛兵の責任者か誰かなんだろうか。


話をしていた衛兵さん2人が一礼して町に走って行く。


1人残った衛兵さんに誘導されて、馬車は門を通過し街に入った。


「この大通りを真っ直ぐ行った先が領主様のお屋敷です。私がご案内いたします」


そう言って先導する衛兵さんの後にみんなで付いて行くと、1時間程大通りを行った先に大きな屋敷が見えてきた。


同じく大きな門の前に門番の人が2人立っていて、先導していた衛兵さんが一足先に走っていって彼らに何か話しかけると、門番さんはこちらに敬礼して門を開けてくれた。



門の前で隊は一旦ストップ。


アリサさんが馬の踵を返して僕達に声をかけてきた。


「すまないがここから先入れるのはお嬢様の馬車と私だけだ。ここを左に曲がって少し行くと騎士団の宿舎があるから、先に行って入っていてくれ。コタロウも一緒にな。あとユーナはここまでだな。報酬は後日、ギルドに支払わせてもらう。今回は本当に助かった、感謝する」


「うん、よろしく。久しぶりに会えて嬉しかったよ。それじゃ私はこれで、また会おうね」


ユーナさんはそう言ってアリサさんに手を振って、それから僕の方に歩いてきた。


「コタロウ、今預かってるワイバーンの素材なんだけど……」


「あげる!」


「へ?」


固まるユーナさん。


そんな彼女に、僕はニヤラと笑ってみせる。


「預かってもらってる素材は全部あげる。ここに来るまで色々と教えてもらった勉強代ってことで」



実際この数日間、ユーナさんにはたくさんのことを教えてもらった。


キャンプのやり方から始まって、旅をする時の心構えや自分に合った依頼の選び方、冒険者として注意することなど色々。


これらは今後冒険者をやっていくのにきっと役に立つ。


そんな大事なことを教えてもらったんだから、教師の報酬としてワイバーンの素材くらい安いもの。


それに何度も言うけど、ワイバーンは僕1人で倒したわけじゃないんだし。


僕が倒せたのなんて運が良かっただけなんだし。


僕がそう言うと、ユーナさんはにっこり笑って言った。


「そっか。で、本音は?」


「持ち歩くのがめんどくさい」


しまった、つられてつい心の声が。



ユーナさんは、今度は呆れたように僕を見て「だいぶキミがどういう人間かわかってきた気がするよ」と笑った。


「まあ、そういうことならありがたくいただくよ。キミもこの町に滞在するならまた会うこともあるだろうから、その時はよろしくね。それじゃ」


ユーナさんはそう言って、騎士さん達にも挨拶してから去っていった。


気持ちの良い人だったなあ。

お読みいただきありがとうございます。


また、評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。

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