5. もり の きゃんぷ
よろしくお願いします。
今回の本編中での、コタロウのギルドマスターに対する企ては完全にただの思いつきです。
コタロウも私も、日本の特定の地域に何か思うところがあるなどということは一切ありません。
何卒ご了承ください。
「今のギルマスになってから、コモテの冒険者ギルドは、他所から入ってきた人やランクの低い人をかなりあからさまに嫌がるようになってね」
浮かない顔で話し始めるユーナさん。
ちなみにギルマスとはギルドマスターの略で、要はそのギルド支部の責任者のこと。
冒険者ギルドの本部があるのは、アト王国からずっと西にある、ラネット神聖皇国の皇都イアスという都市。
その本部にいる、世界中の全支部を統括するギルド本部のギルドマスターは特別に『グランドマスター』と呼ばれている。
さすがに僕も会ったことはないし、どんな人なのかさえもわからないけど、もし実際に会うことがあったら『グランドマスター』を略して『グンマ』と呼んでやろうと思っている。
特に意味は無い。
話を戻して。
他所者や新入りを嫌がるということは、体制が閉鎖的になったということだろうか。
ということは、
「コモテの町の近くで強い魔物の出現が増えているとか、そんな感じですか?だから高ランク冒険者の需要が高まって、逆に慣れない人や実力不足の人は遠ざけてるとか」
僕が思いついたことを言ってみるけど、ユーナさんは首を横に振る。
「私も似たようなこと思ったりもしたんだけどね。さっきのワイバーンは別として、別にギルドに出されてる討伐依頼の対象の魔物が強くなってるって感じたことはないし、低ランク向けの薬草採集依頼なんかも普通に出されてる。どちらかというと、これはギルマスの好みの問題かな」
「ギルマスの好み?」
「うん。ずっとコモテで冒険者をやってたところから叩き上げでギルマスになって、強さこそ正義、みたいな考えを持ってる人だから。出現した魔物の討伐には熱心なんだけど、魔物が出現した原因の調査とか、予防にはあまり熱心じゃないんだ」
冒険者時代もあまりコモテからは出なかったみたいで、コモテで発生した問題や魔物討伐などは熱心に対応する。
その一方で他所の土地で起こることについてはあまり興味が無く、他所者にも良い顔はしないらしい。
「キミは実力はあるけどランク的にはまだ低いし、コモテでは新顔だから、もしかしたらちょっと嫌な対応をされるかも。ギルドに顔を出す時はそのつもりでね」
ユーナさんはそう言って話を終えた。
う~ん、なんかちょっとギルドに行きたくなくなってきたなあ。
まあ行くだけ行ってみて、あまり嫌な対応されるようだったらその時考えるか。
シャドウタイガーやワイバーンの素材を売れば、お金にも多少は余裕ができるだろうし。
ギルドで依頼を受けるのは本当に最小限にしたっていい。
なんなら暇な時間を使って、こんな所にワイバーンが出てきた原因とか、それ関連のことをちょっと調べてみても良いし。
そんなことを考えていると、ユーナさんが横から僕の顔を覗き込んできた。
「今はそれよりもさ、キミの話を聞かせてよ。私もずっとコモテだから、他の土地のこととか、あんまり知らないんだ」
「僕も故郷を出てからまだ間もないので、そんなに知ってるわけじゃないですけど」
「それでもいいよ。知らない土地とか、行ったことが無い町のこととか、私すごく興味があるんだ。ああ、それから敬語も要らないよ。そんな畏まられるような柄じゃないからね」
聞けばユーナさん、昔から行ったことの無い土地や見たことが無い景色などへの憧れがとても強くて、いつかは気ままに世界を旅してみたいと思っていたのだそう。
なんだか僕と似ているな。
ただそれをすると、幼馴染で昔から仲が良かったアリサさんとも別れなければならなくなる。
なんだかんだあってもコモテは生まれてからずっと暮らしてきた町だし、愛着のようなものだってある。
加えてギルドに相談してみたらギルマスから猛反対されたことなどもあり、なかなか踏ん切りがつけられずにいたところだと彼女は言った。
それならばと僕は、故郷のルシアン領やクレックス領のことなどを中心に見たもの聞いたものの話をして、ものはついでと前世の歌をちょっとアレンジして歌ったら彼女、とても喜んでいた。
ちなみに歌は汽車の窓から見える風景を歌ったもの。
短めの歌ではあるけど、歌っていると車の窓の外を流れる景色が目に浮かんでくる。
「リ」という距離の単位と、道路が回るというのがいまだによくわからないけど、何か綺麗な現象か何かなんだろうか。
そしてこの歌、歌っていたらユーナさんやアリサさんはじめ騎士さん達、そしてフィーネさんからも教えて欲しいという申し込みが殺到した。
ちなみに僕は、前世で自動車には乗ったことがあるけど汽車には乗ったことは無い。
自動車に乗るのも、ほとんどの場合病院に連れて行かれる時だったので、正直あまり良い印象が無い。
でも一緒に乗った家族が見せてくれる窓の外の景色が、凄い速さで後ろへ流れて行ってとても目まぐるしかったのは覚えている。
その日の夕方、野営ポイントに着いた僕らは、今夜はそこで休むことに決め、馬車を止めてみんなで準備を始めた。
こういう主要街道になっている道というのは、要所要所に野営をするための場所があることが多い。
野営をするための場所といっても別に、領主がこの場所で野営しろと指定するわけではない。
道の途中で開けた場所や、窪地になっている所などでその道を旅する人達が多く野営をした結果、キャンプするのにちょっと便利な場所が自然と出来上がったというもの。
ちょっとした広場になっている所に焚き火の跡があったりするので、見ればすぐにわかる。
歩行でも馬車でも、大体1日歩いて日が暮れてくる辺りの所にあることが多いので、夕方頃に見つけたらそこで野営という形に大抵なる。
ただそこに盗賊などがいる場合は当然、絶好の襲撃ポイントにもなってしまうのでやっぱり注意は必要だ。
僕達は昼間のワイバーンの襲撃のこともあったので、出来れば急いで森を抜けたいところではあった。
でもそのワイバーン戦と解体でかなり時間を取られたことと、みんなの疲れもあって今日は森の中で野営することにした。
準備は野営に慣れているユーナさんが中心になって進めている。
ユーナさんは夕方にさしかかってきた頃から、道すがら目についた枯れ枝などを拾い集めては馬車に積み込んでいた。
なるほど確かに、野営地に着いてから焚き火用の木を集めるとなるとちょっとした手間になる。
歩きついでに集めておけば、野営地に着いたらすぐに火を起こして炊事にかかれるというわけだ。
それからユーナさんは枯れ木の他に、落ちてるのを拾ったり手頃な枝を折ったりして、まだ葉っぱの多くついた木の枝も集めていて、野営の準備が出来たらその枝で薪の周囲を隠すように囲ってから火を付けた。
なんでそんなことをするのか訊いてみると、ユーナさんは少し考えてから教えてくれた。
「魔物の中には賢いのもいるんだ。例えばゴブリンとかオークとかね。そういう奴らは火があると、その側には人間がいるって理解してる。目立つ火を焚くとそういうのを呼び寄せてしまうことがあるんだよ。相手が盗賊だったりした時なんかは、まあ言わずもがなだよね」
すると横からアリサさんが入ってくる。
「かといって全く火を使わないというわけにもいかないからな。それで、ユーナから教えられたのがこれだ」
「はあ~さすがに気がつくところが違いますねえ」
実際これは僕も盲点だった。
これまで僕が遭ったことがあるのは、ホーンラビットやファングラットといった獣形の魔物ばかり。
盗賊なんかは別として、ゴブリンやオークは賢い、というのは知識としては知っていたし戦ったこともあった。
でも実際にそういう奴らがどういうふうに賢いのか、その賢さでどういうふうに動いてくるのか、というのは今まで意識して考えたことがなかった。
実家で参加したゴブリン討伐では、日中の戦いだったのとこちらが襲撃を仕掛ける側だったので、火がどうこうというのは無かったし。
僕のこれまでの旅では、一人旅だったってこともあって、めんどくさいのも合わせて最初から火は使って無かった。
夜は干し肉や堅パンなどの保存食をかじって、木の上や藪の中などに身を潜めて寝る感じ。
でもそれはあくまで盗賊を警戒したものであって、火を目指してくる魔物がいる可能性なんてのは考えもしなかった。
これから旅をしていけば、夜に火が必要になる時もあるだろう。
そこで魔物の領域近くだから盗賊なんかいないだろうと、迂闊に大きな火なんか焚いたらどうなるか。
僕もまだまだだなあ。
ロホスさん一家と旅をしてた時は山の中はともかく、見晴らしの良い平野部に出た後は夜も普通に火を焚いてたんだよな。
まあこういう時は普通に火を焚いても良いとか、逆にこういう場合は絶対焚いたらダメとか、場合にもよるんだろうけどこれは反省だ。
今後は注意するようにしよう。
それにしてもユーナさんはすごいな。
さすが3級冒険者、年季が入ってる。
……ぞくり
おや?なんだろう今の寒気は。
お読みいただきありがとうございます。
また、評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
○「回り灯籠」
✕「回り道路」
前世のコタロウは現代っ子だったので、『回り灯籠』という物を見たことはありませんでした。
今回ユーナが行っている森の中での野営の方法ですが、『十二国記』などの著者である小野不由美大先生の著作を一部参考にさせていただいております。
まさか本作をお読みになられたりしてはいないだろうとは思いますが、この場をお借りして御礼申し上げます。




