4. せんぱい の ぼうけんしゃ
よろしくお願いします。
実はちょっとだけ、このままドロンを考えたのは事実。
でもあいにく今回はそうはいかない。
このままコモテの町を諦めて他の、ある程度大きな町に向かうとなると、ここからまた更に日数がかかることになる。
腕の良い革職人がいる町を探すともなれば、一体どれだけの手間と時間を要することになるやら。
そうなるとマジックバッグの中のトラの皮、下手したら腐る。
さすがにそれはもったいなさすぎる。
これは観念するしかなさそうだ。
「じゃあすみません。お手数ですがよろしくお願いします」
「うん、ではそういうことで。ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私はアリサ・メル・シャルト。ここソマリ男爵領の領都シンカで騎士団に籍を置いている」
アリサさんは頷いて、やっと僕の首根っこを離してくれた。
シャルト家、悪いけど聞いたこと無いな。
とはいえ騎士なんだから当然貴族の一員だ。
まあ厳密にいうと少し違うのだけど。
「これはとんだご無礼を」
頭を下げる僕にアリサさんはいやいや、と手を振る。
「何、どこにでもいるただの貧乏騎士さ。両親が死んで家督を継いだはいいが、特に出来ることも無いので軍に入ったら、たまたま性にあっていたというだけの話だ。君はコタロウだったな?」
「はい、6級の冒険者で、今はクレックス子爵領ラヌルの町から、コモテの町に向かう途中です」
「そうか、コモテの町に何か用事が?」
「腕の良い革職人がいると聞きまして。最近ちょっと良い皮の素材が手に入ったので、服に仕立ててもらいたいなと思って」
「腕の良い革職人……」とアリサさんは少し考えて、ああ!と何かを思いついた。
「ランドルフさんの所だな。それなら知っているから、町に着いたら案内してやろう。そういえば宿は決まっているのか?」
僕がまだ決まっていないと答えると、アリサさんは思いもよらないことを言い出した。
「なら当面は、我々も寝泊まりする軍の宿舎に泊まると良い。私から話を通しておこう」
軍の宿舎?
「い、いや。ただの冒険者の僕がそんな所に泊めていただくわけには……てか、良いんですか?そんな所にこんな、どこの馬の骨とも知れない低ランク冒険者を泊めても」
「そこはお嬢様を助けてくれた礼ということで、私が話を通す。さすがにあまり長期間は難しいが、少しの間ならなんとかする。町に着いてから宿を探すというのも大変だろう。特にコモテの町は宿が取り難い。まずは何日か宿舎に泊まって、その間にゆっくり宿探しをすれば良い。それに騎士団の宿舎といってもそんなに大したものではないぞ?最低限寝泊まり出来るだけという場所だ」
なんていうか、グイグイくるなあアリサさん。
あ、また目の奥に文字が、『わかってるだろうな?逃がさないからな?』だって。
疑われてるなあ僕。
まあ、ここまで言ってもらって断るのも逆に失礼か。
「ではすみませんが、お世話になります。」
僕の答えにアリサさんはにっこりと笑う。
う~んやっぱり綺麗な人だなあ。
「うん、それが良い。それでは急いでワイバーンの解体を終わらせてしまおうか」
「そうですね」
話がまとまったところで、僕とアリサさんもワイバーンの解体に取りかかる。
もう馬車のチェックは終わったのかな?
こっちも急がないと。
解体しながら騎士さん達に「お前隊長に気に入られたな」って笑われたけど、これって「気に入られた」っていうより「目をつけられた」っていうんじゃないかなあ。
無事ワイバーンの解体を終えた僕達は、現在皆でコモテの町に向かっている。
形としては、馬車を引く以外では1頭だけ生き残った馬にアリサさんが乗って先頭を歩き、後の騎士さん達はそれぞれ荷馬車の御者台か馬車の中。
シャルロットお嬢様が乗ってる貴族用の豪華な馬車の御者台にはフィーネさんか、騎士さんが交代で乗るといったところ。
今の僕は荷馬車の御者台に、1人だけいた女性の冒険者と一緒に乗せてもらっている。
馬車の手綱を取っている彼女の名前はユーナさん。
端正な顔立ちに柔和な表情を浮かべていて、こちらもアリサさんとは違う意味での美人さん。
歳は、この人も20代前半くらいかな?
オモテの町を拠点にしている3級冒険者で、なんとアリサさんとは幼馴染なのだそう。
ただしアリサさんは騎士の家柄でユーナさんは平民。
それでも小さい頃は身分なんて関係無しとよく一緒に遊んだりしてたけど、アリサさんがシンカへ行って軍に入ってからは会うことも無くなっていた。
けど今回、コモテの町に行くことになったシャルロットお嬢様の護衛としてアリサさんが同行することになり、その一行の出迎え兼案内として、3級冒険者になっていたユーナさんが派遣されてアリサさんと再会。
そしてコモテに向かう途中で、ワイバーン及び僕と出くわしたというわけ。
ちなみに冒険者になることについて、ご両親の反対なんかは?と尋ねると彼女は「生きてたら私、今ごろ冒険者とかやってないよ」と笑っていた。
反省。
ユーナさんはちょっと癖のある赤毛をショートにしている。
身長は……僕より少し高いくらい。
チビっていうな。
これでも前世では皆からデカいデカいっていわれてたんだぞ。
「3級とは凄いですね」
僕が言うとユーナさんは少し困ったように笑う。
「うん、ちょっとね」
大体の一般的な冒険者ランクというのは、一人前として活動している冒険者で4級か5級が大半。
彼女みたいに若くして3級というのは、かなり実力があるということだ。
「でもキミだって凄いじゃない。あんな戦い方、今までに見たこと無いよ。しかもそれでワイバーンを倒してしまうなんてさ。強いんだね。キミならきっとすぐにランクも上がるよ」
ユーナさんの褒め言葉に、僕は慌てて手を振って否定する。
綺麗な人から褒められるのは、やっぱり照れくさい。
「いやいや、強くなんかないですよ、弱いです。弱いから、どうすれば生き延びられるかっていうのを頑張って考えて、気がついたらこうなってたってだけです」
僕の言葉に、ユーナさんはフフッと笑って言った。
「それこそなかなか出来ることじゃないよ。私もまだ冒険者になってそんなに長くないけど、それでも自分を過信して大怪我したり、死んだりした人は何人も見てきたからね」
う~んそうなのか。
ラヌルの町のギルドでも「俺は絶対に敵から逃げない。逃げたことがない。だからお前らも立派な冒険者になりたかったら逃げるな」みたいなことを自慢気に言っている人がいたし、僕も説教じみたことされたこともあったっけな。
僕に言わせれば、危険を感じた時は命を守るために逃げて何が悪いんだってなるんだけど。
今回ワイバーンを倒せたのだって運が良かっただけなんだし、これが僕の実力ってわけでもない。
慢心はいけない。
僕はユーナさんに「肝に命じます」と言ってそれよりも、と話を変えることにした。
「ワイバーンというのは驚きました。この辺りではああいうのが普通に出るんですか?」
あんなのを日常的に倒していれば、ユーナさんみたいな若さで3級というのもおかしくないかもしれない。
でもユーナさんは首を横に振った。
「まさか。ワイバーンが普段いるのなんてもっと森の奥か山の上だね。私もこんな場所でワイバーンに遭うなんて想像もしてなかったよ。まあ確かに、やけに森が静かだなっていう気はしてたけど」
確かに、僕もそれは感じていた。
いつもはこんな所にいないワイバーンが急に出てきたってことは……
「たまたまでしょうか。それとも何か原因が?」
僕の問いに、ユーナさんは肩をすくめる。
「どうだろうね。まあ私からこのことはギルドに報告するから、もしかしたら原因調査の依頼が出されるかもしれないけど。ああ、でもどうかなあ……」
ユーナさんは嫌なものを思い出すような顔をした。
「何かあるんですか?」
気になった僕が尋ねると、ユーナさんは横目でちらりと僕を見た。
「うん……なんていうか……今のコモテのギルドは、ちょっとね」
「問題でも?」
僕の問いに彼女は少し迷っていたけど、やがて言い難そうに口を開いた。
「キミは、コモテに着いたら冒険者ギルドに行くんでしょ?多分、あまり歓迎されないよ?」
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