2. ちちとあに の せっとく
よろしくお願いします。
「……すまんがもう一度言ってくれんか、今なんと言った?」
「僕は貴族を辞めます。そしてこの家を出ようと思います」
僕の言葉に、呆気にとられた顔の父上と兄上。
そして先に気を取り直したのは兄上だった。
「リーオ……一応訊くが、一体どういうつもりだ?さてはとうとう本格的におかしくなったか。市井の民の屋台商売ではあるまいし、もうやめますで貴族が辞められるわけがないだろうが」
兄上の名前はカール・ミル・ルシアン。
僕の5歳上で、名実共にこのルシアン家の後継者。
もう既に本格的に父上の仕事を手伝っているし、結婚して子供も男の子が2人いる。
頭も良く、性格は父上に似て真面目で堅実。
ちなみに僕は母上に似て、気分屋でノリで動く猫の気性。
僕のはどちらかというと前世の影響もあるだろう。
少し頭の固いところはあるけれど、兄上がいればよっぽどのことがない限りルシアン家は大丈夫。
僕がいなくても問題は無い。
逆に今後のことを考えれば、僕がいた方が邪魔になる。
そして父上はフリードリヒ・ウル・ルシアン。
え~と……この地、ルシアン領を治めるルシアン辺境伯家の現当主です、以上。
しかしとうとう本格的におかしくってどういうことだ。
日頃から問題起こしてるみたいじゃないか。
「とうとうおかしくというのが少し気になりますが兄上、僕なりに考えた結論です。ベリアン家への婿入りの話はもう無くなりました。今のところは他に結婚のアテも無いのでしょう?」
今のところこの周辺で戦などの気配は無く、兄上にももう子供がいて後継ぎについての問題も無い。
要は今の僕がこの家に残っていても、出来ることははっきり言ってもう無いのだ。
というよりむしろ、
「そんなのが居座っていたら、いずれこの領地を継ぐ兄上と、何より兄上の子のジークとニクスの邪魔になるだけです。1つの領地に頭は2つも3つも要りません。キングギドラじゃあるまいし」
「キングギドラというのが何かはわからんが、とにかくお前はこれからこの家を出て一人で生きていくということか?貴族としての身分も棄てて平民として。念のため訊くが、今回の件で自暴自棄になっているわけではないのだな?」
兄上と話している間に父上も我に返ったみたい。
僕は父上に向き直る。
自暴自棄なんてとんでもない。
本当に自暴自棄なら僕は、今頃やけ食い用にありったけの魚を焼き始めている。
「はい父上。僕は冒険者になって、世の中を見て回ろうと思います。投げやりなんかじゃありません。昔からやってみたかったことなんです。今まではアディールとの婚約のこともありましたが、もうその話も無くなりました。良い機会だと思います」
僕は胸を張って答える。
まだ見たことの無い世界への憧れは小さい頃からあった。
これは本当だ。
前世では家から出て、外の世界を旅するなんてことは思いも寄らないことだったけど、人間に生まれ変わって僕も多少は変わったらしい。
まあ、今は多少勢いにまかせている部分もあるけれど。
「いやしかしリーオ、先程も言ったが貴族とは商売などと違って、辞めたくなったから辞められるというものではないのだぞ?お前もわかっていることだろう」
「いやいや兄上、一番手っ取り早い方法があるじゃありませんか。死んだことにすればいい」
「死んだことにってお前……」
言葉を失う兄上に向かってニヤラと笑ってみせる。
今まで貴族や皇族なら、どこの家でも数え切れない程使われてきた方法じゃないか。
まあ、自分から貴族を辞めたいからっていう変な理由で使われたことはあまり無いとは思うけど。
「むしろ婚約破棄というわかりやすい理由がある今なら、話が通りやすいと思いますよ?振られたショックで首括ったとか、自棄になって盗んだ馬で走り出したら落ちて首折ったとか、やけ食いしてたらかつぶし喉に詰まらせたとか」
かつぶしで死ねるならむしろ本望だったり?
いやいや僕の辞書には自死という選択は無い。
「んであまりに情けないから家族だけで密葬して目立たない所に埋めて、ついでに皆で墓を蹴っ飛ばしてきましたとでも言えば誰も疑ったりしないんじゃないですか。お供え物はマスの塩焼きでお願いします」
「むしろそれで疑われない方がおかしいと思うのだが?」
呆れ顔の兄上。
天井を仰いでいた父上は、やがて呆れ半分諦め半分といった顔で僕を見た。
「話はわかった。だがお前も知っているとは思うが、冒険者とは危険な仕事だぞ?常に死と隣り合わせで生き残れるのは一握り、大成するのはその中の更に一握りだ。貴族から冒険者になる者もいるにはいるが、実際に続けられた者の話などほとんど聞かん。まあ……お前ならあるいはという気もしないでもないが」
「ありがとうございます」
「褒めてなどいない。お前は何を仕出かすか想像もつかんという意味だ」
まあ実際、行き場にあぶれた貴族の次男三男四男が、一攫千金立身出世を夢見て冒険者になるというのは珍しいことではない。
そしてそうした人達の多くが、冒険者として長続きしないというのも事実。
剣術をある程度習い「魔物を倒せばいいんでしょ」と軽く考えて家を出て冒険者になったものの、それまで知らなかった命のやり取りの恐ろしさに挫けた、長期間の野営のストレスに耐えられなかった、貴族出身だからって敬ってなんかくれない先輩冒険者や高ランク冒険者との軋轢に心が折れたなど、理由は色々だ。
「いや父上!」
慌てて父上に意見しようとする兄上に、父上はため息をついて首を横に振った。
「無駄だ。これはリーオにとっては既に決まっていることなのだ。今我々に話しているのは相談ではなく報告だ」
「ですが!」
「何よりもカール、今のような顔をしているリーオが、我々の制止で行動を止めたことが今までにあったか?」
こんな顔ってどんな顔だろう。
決意を固めた男の顔だろうか。
「……確かに」
納得しちゃった。
なんか釈然としない。
そんな僕に対して父上は、僕を真正面から見据える。
昔からこういう、何かを決断した際に最後の確認をする時の父上は、家族と話しているとは思えないくらいの威圧感を発する。
「これはお前が下した決断であり、その責任は全てお前が負わなければならない。たとえ上手くいかなくても言い訳したり、誰かのせいにしたりすることなどは許さない」と、言葉には出さないけどそう言っているんだ。
厳しい人だけど、でも当然のことでもあるよね。
「最後にもう一度尋ねるが、冒険者は危険と、そして死と隣り合わせだ。そして家を出るということは、今後何があってもルシアン家はお前を助けることは出来ん。たとえ死んだとしても、我が家は一切関知をしない。その覚悟も出来た上で、行くというのだな?」
「はい!」
僕は力強く返事をする。
迷いは無い。
「ならばもう言うことは無い、荷物をまとめろ。それから蔵の中から武器と宝石をどれでも1つ、持っていくことを許す。ヒルダとフラン殿にも、忘れず挨拶していくように」
そうだそうだ、母上と義姉上にも挨拶してかないと。
「気をつけて行けよ」
兄上も納得というよりは何か諦めたような顔で、それでもこの家を出ていくことを認めてくれた。
僕はそんな二人に深く頭を下げる。
もう、この部屋に戻ることは無いだろう。
「父上、兄上、今まで本当にお世話になりました。せっかくなので旅先で他の貴族の領地の動静や他国の情勢など、わかりましたら匿名の手紙でお知らせします。あと世の中何が起こるかわかりませんので、お2人も身体にはお気をつけ下さい。馬で走り出して落ちて首折るとか、やけ食いしてかつぶし喉に詰まらせるとか……」
「かつぶしはもういい、さっさと行け」
いい加減めんどくさくなってきたという顔でシッシッと手を振る2人にもう一度深く頭を下げて、僕は部屋を後にしたのだった。
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