3. じゃくてん の くびねっこ
よろしくお願いします。
僕はワイバーンにククリを向けたまま、慎重に死んでるかどうかを確認する。
火が消えるのを待って、顔の辺りを何ヵ所か刺してみたけど反応は無い。
これは、どうやら死んだと見て良さそうだ。
顔をよく確認してみると、さっき僕が撃ったボウガンの矢がワイバーンの右目に命中していて、後頭部までではないけどかなり奥の方まで貫通しているみたいだった。
これが致命傷になったのか。
こんなこともあるんだ。
なんていうか、正に奇跡だなあ。
僕がそんなことを考えていると、後ろから女性の騎士さんが兜を脱いで話しかけてきた。
おや美人さん。
「倒した……のか……?」
僕は息を整え、軽く笑って頷いた。
「やりましたね。いやー実にお見事!皆さんの奮戦によりワイバーンを撃破、馬車を守り抜きました!素晴らしい!拍手!」
ぱちぱちと拍手をしてみせる。
「は!?」
一瞬固まった女性騎士さんだったけど、すぐに気を取り直して詰め寄ってきた。
女性騎士さんは凛々しく端正な顔立ちで、黒みがかった銀髪を背中まで伸ばしてまとめている。
切れ長の目付きが怜悧な印象。
身長も、うん、僕より高いね。
歳は20代前半くらいかな。
「い……いや、何を言っているんだ?君がワイバーンを倒してくれたんじゃないか」
「運が良かっただけですし、あんまり大事にはしてほしくないな~と……」
「いやしかしだな……」
頭を掻く女性騎士さん。
するとそこに彼女の後ろから、別の女性の声がかかった。
「あの……よろしいですか?」
女性騎士さんが脇に避けると、そこには侍女服姿のこれも20代くらいの女性が立っていた。
こちらも綺麗な人だ。
「私はソマリ男爵家のシャルロットお嬢様にお仕えさせていただいております、フィーネ・アルタと申します。この度はお嬢様共々危ないところをお救いいただき、誠にありがとうございました」
そう言ってフィーネさんは深々と頭を下げてきた。
あらやっぱりソマリ男爵家の人。
僕も慌ててフィーネさんと女性騎士さんに頭を下げた。
「これはご丁寧に。申し遅れましたが僕はコタロウと申します。しがない6級の冒険者ですので、どうかお気遣いはご無用に願います」
「6級!?」と後ろの騎士さん達から声が上がる。
まあ、駆け出し同然の低ランク冒険者が、ワイバーンを倒して見せれば驚いて当然か。
女性騎士さんは感嘆した顔で僕を見つめてくる。
「6級冒険者の身で3級魔物であるワイバーンに立ち向かい、なおかつ倒してしまうとは……素晴らしい腕だな。さぞかし修行を積んだのだろう」
「皆さんの奮戦で敵の注意が完全にそちらに向いていたのと、あとは単に運が良かっただけのことです。それよりも、亡くなられたお仲間の方にお悔やみを」
僕は首を横に振って、女性騎士さんの後ろに目をやる。
改めて見ると、倒れている騎士さんは全部で6人。
さっきは4人かと思ったけど、気付かなかった人が他にもいたらしい。
皆倒れたまま動かない。
横にしゃがみこんで頭を振っている騎士さんもいる。どうやら助からなかったみたい、残念だ。
「ありがとう。それであのワイバーンを倒したことだが……」
おっとその先は言わせない。
僕は女性騎士さんの言葉を遮って、フィーネさんに話しかける。
「あ、それからお嬢様にお怪我などはございませんでしたか?」
「え?ええ。それは大丈夫でしたが……」
お嬢様は無事みたいだけど、馬車から出てくる様子はない。
目の前で起きた実戦にショックでも受けている、とでもいうところだろうか。
「それは良かった。それでは今後もどうかお気を付けて旅をお続けになって下さい。それじゃ僕はこれで」
「待て」
じゃ、と手を上げて立ち去ろうとしたら、首根っこを女性騎士さんにがしっと掴まれた。
実は僕の弱点の1つがこの首根っこ。
前世の猫だった時から、ここを掴まれるとどういうわけか身体から力が抜ける。
「どこへ行く?君はシャルロットお嬢様と私達の危機を救った英雄だぞ。男爵閣下からもきっと褒美がいただけるだろう」
「僕はただ隙を狙って不意打ちを仕掛けたのが上手くいっただけです。英雄というならそれは命をかけてお嬢様を守り抜いた皆さんの方ですよ。僕はほんと、たまたま通りかかっただけなので。ご褒美とか、そういうのは結構ですから」
じたばたともがくけど、女性騎士さんは離してくれない。
この人力強いな。
「見逃して下さぁ~い……」
「そ、そんなに目立つのが嫌なのか?」
「嫌ですぅ~……」
めそめそと泣き真似をする僕に困り顔の女性騎士さんと、ひきつった笑顔で一礼して馬車に戻って行ったフィーネさん。
困らせているのは心苦しいけど、僕が今回こうしてごねているのには、目立ちたくないという以上にもう1つ理由がある。
話題のソマリ男爵という人、実はかなり評判の悪い人なのだ。
なんていうか、貴族の悪いイメージがそのまま固まった人というか。
農民にかける重税に加え、特に領内に流通する商品にかかる税の取り立てが非常に厳しく、この領を通行する行商人達からは非常に多くの恨みの声が上がっている。
とはいえこの付近の商人達にとっては、道の関係でこの領を通らなければ何ヵ月単位の遠回りをしなければならないことになるので、泣く泣く各所各所で高額の税を払いながら旅をしているのだという。
そしてソマリ男爵本人は領内から取り立てた税で、普段から奥方共々贅沢三昧。
男爵の地位を鼻にかけて威張り散らし、領民にもなにかと無理難題を強いているらしい。
入り婿で恐妻家であり、表向き領内の美人の女性を召し上げるようなことはしてないらしいのが、救いといえば救いか。
そんな中で唯一といっていい例外が、僕が今向かっていたコモテの町。
隣国クロウ王国との国境の近くということがあってここだけは税が緩め。
なのでソマリ男爵領の領都より、というよりソマリ男爵領の中で唯一発展している町といわれている。
そんな人と、いったい誰が好き好んで関わりたいというのか。
そんなソマリ男爵のお嬢さんがこんな所で何をしていたのかという疑問はあるけど、だからって訊こうなんて気にはならない。
わざわざ藪をつついてアナコンダを出すなんてまっぴら御免である。
良くいうでしょ「好奇心は猫を殺す」って。
殺されちゃうよ僕。
「やれやれ、わかったよ。上には『君の助力でワイバーンを倒せた』と報告する。その上で君があまり大事になることを望んでいないということも合わせて報告する。これでどうかな?」
女性騎士さんからの提案。
なんかどこかで聞いたような対応だけど、まあ仕方ないか。
これ以上の譲歩は無理だろうしな。
「わかりました。それで大丈夫です」
頷いた僕に安心した表情で笑いかけてくる女性騎士さん。
ちなみにその手は僕の首根っこを掴んだままだ。
「さて、それでは話も決まった所で一緒に町に向かおうか。君もコモテの町に行くところだったのだろう。それで良いな?」
女性騎士さんは僕を手にぶら下げたまま、ニコニコ笑顔を近づけてくる。
な、なんか怖い?
「あ、あの……亡くなった方のご遺体は?」
「残念だが今は全員を運ぶ手段が無い。荷馬車で運べるだけ運んで、後は町に着き次第収用の為の人員を出すことになるだろう」
「ああ、ワイバーン捨てて行くのももったいないので、僕あれの解体をしてから行きます。今更なんですけどあのワイバーン、もらっても良いですかね?」
「ああ、そうだな。では我々も手伝おう。人数が多い方が早く終わるだろう。もちろん素材は倒した君の物だ」
「い、いえ。そこまでしていただくわけには……」
「気にするな、力を貸してくれた礼だ。どのみち遺体の片付けや馬車の点検などで出発までにはもう少しかかる。その間に急いで解体も終わらせようじゃないか。専門家もいるし、そう時間もかからんだろう」
見ると、護衛の中で1人だけ革鎧を着ていた弓使いの女の人が、既にワイバーンの解体を始めている。
あの人はやっぱり騎士じゃないみたいだな。
冒険者なのかな?
そして女性騎士さんの僕を見る目の奥には『逃げるつもりだな?そうはさせんぞ?』という言葉が浮かんでいた。
逃げませんよう……
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