32. せんご の しょり
よろしくお願いします。
クワンナ市が大規模傭兵団『ブラッドローズ』の襲撃を受けてから約1月、その間僕達は戦後処理に忙殺される日々を送っていた。
団長であるオルガ・バウラックを討ち取り『ブラッドローズ傭兵団』の撃退には成功したものの、敵に町の中に侵入されてしまったことで市街地の被害は甚大。
町の防衛に当たった軍や警備隊に冒険者、そして戦いに参加した市民の死傷者も凄まじく、開戦時は900人近くいた防衛部隊も、夜が明けた時には約3分の1程にまでその数を減らしていたという。
さらには防衛部隊の指揮を取っていた駐在軍責任者のディラン氏と、警備隊長のクレニック氏が戦死した。
ディラン氏は南門の防衛に着いていたのが、城門が破られて敵がなだれ込み乱戦になった際に、首に敵の放った流れ矢を受け死亡。
またクレニック氏は東門から南門の応援に駆けつけて防衛線の構築に成功したものの、指揮官を狙った敵の矢の一斉射を食らってしまう。
全身に十数本の矢を受けながらも鬼のごとき形相で敵に突進し、敵兵1人を討ち取った末に絶命したという、壮絶な討ち死にだったらしい。
戦いの経過の調査も進められてはいるのだけど、南門が敵に突破された原因というのは、現在に至るも不明。
なんでも、敵が南門の間近まで迫ったところで、突然門が開けられたのだそう。
門扉が内側から開いたということで、内通者がいたことは間違い無いと思われる。
場合によっては、『大地の黄玉』などクワンナの防衛戦力の情報が『ブラッドローズ傭兵団』に流れていたという可能性もある。
ただし開いた門を閉める間も無く敵がなだれ込んできて、扉の側に詰めていた味方の兵は全員やられてしまい、誰が門を開いたのかというのは今でもわかっていない。
そんな悲惨な戦い、終わった後はクワンナ市側も勝ったからと言って、勝利を喜ぶ声は少なかった。
一時は悲嘆の声に溢れたクワンナ市内だったけど、今は次第に落ち着いて、少しずつながらも復興の動きは始まっている。
クワンナとしてはこの地域を治める領主のシュガン子爵に改めての救援要請を出すと共に、戦死した味方の兵達の弔いや敵兵の死体の片付け、破壊された建物の修復や瓦礫の撤去など、市長以下山のような戦後処理に追われることとなった。
当然、冒険者ギルド他、商業運輸薬師錬金術といった市内のギルドも皆てんてこまいの状態。
冒険者ギルドからは「今はとても報酬を払っていられる状況じゃない。いずれ間違いなく支払うからしばらく待ってくれ」と懇願されてしまい、報酬が支払われるまでと定期船の運航が再開するまではということで、僕達はこの町に留まることにした。
一方で、捕虜にした『ブラッドローズ傭兵団』の生き残りに対する尋問は凄惨を極めているらしい。
なにせ一方的に攻め込んで来て、クワンナ市の人的にも財産的にも甚大な被害を出した『ブラッドローズ傭兵団』に対して、市民の怒りは今まさに煮えたぎっている状態だ。
先に襲撃を受けてほぼ全滅状態となってしまったマエッカ村に、親族や友人がいたという人もいる。
臨時の収容所となっている建物からは傭兵達の悲鳴が絶えることなく響き渡り、責め殺しも辞さない……というよりも、もう完全に殺すのが前提の尋問というより拷問が繰り返されているとのこと。
そして僕達はというと、戦の翌日に1日だけ休みをもらってからは、皆で町の復興作業に参加している。
一緒に行動した僕達3人とサテルさんの中でも、一番の大仕事をしてくれたアリサの消耗が特に激しかったので、そこら辺は無理をしないように気をつけながら。
ちなみに、ブラッドローズ傭兵団の団長のオルガにあちこち斬り裂かれたアリサのジャケットについては、なんか気がついたら直っていたらしい。
ブラッドレクスの再生能力か。
凄い。
ユーナやサテルさん、そして僕の方は、特に大きな負傷なども無く元気である。
これについては本当に良かった。
ただし、サテルさんの友人のゼッタさんとは、戦いの後からそれきり生きて会うことは出来なかった。
市の防衛に志願して、南門の守りに付いたというところまでは確認が取れたのだけれど、戦いが始まってからの消息は全く掴めなかった。
戦死してしまったのかと思っていたところに、南門の外の片付けをしていた警備隊員の生き残りから報告が入る。
それは、南門の外でゼッタさんと思われる遺体が見つかったとの知らせだった。
城門から数百m程離れた場所に1つだけ転がっていたのでかなり目立ったというのと、遺体は踏み荒らされてかなり痛みが激しかったものの、かろうじて人相は判別が出来たらしい。
ゼッタさんの警備隊時代の功績から、顔を知っている人も多かったというのも幸いした様だ。
ただし、これは奇妙な話である。
町の外にも冒険者や軍人、民間人の遺体はあったのだけれど、それは先日の討伐隊に参加した人達やマエッカ村の人達のもの。
聞けば敵は捕虜になった討伐隊の参加者や略奪を行った村の人達を、板やら柱やらに縛り付けて矢の盾にしていたらしい。
それに対して町の防衛部隊は全員、防壁の上及び城門の固めなどの、要は防壁の内側に配置されていた。
敵が本格的に町に接近してきてからは、門の外に出る余裕なんて一切無かったはず。
戦いが始まってからは城門は締め切られたし、門が開いてからも、なだれ込んで来る敵兵をやり過ごして市外に抜け出すなんて不可能に等しいだろう。
それがなぜ、遺体が町の外で見つかるのか。
これについては、僕も話を聞いて1つ思いついたことがあった。
それは「ゼッタさんが内通者であり、内側から南門を開けた張本人」という考え。
戦いの中で南門を開けた内通者については、調査は行われたのだけど特定はされていない。
ただし、冒険者ギルドのトーニーギルドマスター他警備隊や軍で生き残った幹部の中にも、同じことに思い当たった人がいたような様子がある。
ゼッタさんは元警備隊員でしかもかなりの辣腕だったということで、退職した現在も警備隊員達からの信頼は厚く、軍や冒険者などの情報も比較的手に入れやすかった可能性がある。
もしかしたら、『大地の黄玉』など最初の討伐隊の戦力の内訳なども、ゼッタさんから『ブラッドローズ傭兵団』に流れていたのではないか。
僕達は元からゼッタさんと面識があったということで、警備隊などからそれとなく尋ねられることもあったのだけれど、僕達としては何もわからないし、確証が無い以上は滅多なことは言うべきではないというのを伝えている。
内通の証拠が無いというのは事実なのだし、この期に及んで悪者を増やすこともないだろう。
もしかしたら内通うんぬんが全部僕達の妄想で、ゼッタさんは潔白という可能性だって無いわけではないのだ。
想像にしてもかなり信じたくない内容だったので、この考えについては皆には話すことはしていない。
ただアリサやユーナ辺りには、なんとなく勘づかれているような気配もしている。
一方で、クワンナ市の誇る2級冒険者パーティという触れ込みだった『大地の黄玉』については、開戦直後から一切の消息がわかっていない。
戦死かとも思われたのだけれど遺体なども見つかっておらず、また本来担当するはずだった東門の持ち場には最初から姿を見せなかったという証言も上がっていることで、現在も捜索が続いている状態である。
一体どこに消えたのやら。
◇
「ゼッタさんは、ただ守るだけではこの戦、勝ち目は無いと考えたんだと思います。なので門が開いたのを見て町を抜け出し、敵の首領を直接狙うという乾坤一擲の大勝負に出た。ですが残念ながら、返り討ちにあってしまったものと考えます」
「しかしコタロウ殿……生き残った兵からも、あの戦いの最中に侵入してくる敵を突破して町の外に出るなんて、とても無理だったという証言が上がっているんですよ?」
「意識を防衛にではなく、敵の隙を探ることに集中していれば、好機を見つけ出すことも決して不可能ではないと考えます。実際僕達も似たようなやり方で、敵の団長の討伐に成功しているわけですし」
「それは、確かにそうなんですが……」
「ゼッタさんのこれまでの功績は、僕達よりも市の皆様の方が良くご存知のことと思います。それ程このクワンナを愛し、身命を捧げてきた方です。今回もまた、命を賭して町を守ろうと行動したというのは、想像に難くありません」
「う〜む……」
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