31. よあけまえ の しょうり
よろしくお願いします。
アリサが、勝った……
驚きと安堵で、思わずほうっと息を吐く僕。
周囲の傭兵達は、突然の事態に皆言葉を失っている。
そんな中、リングの中に立ったアリサが、ちらりと僕の方に目を向けてくるのが見えた。
そ……そうだ、よし今!!
僕は思い切り息を吸い込み、そしてあらん限りの大声で叫んだ。
「だっ……団長がやられたーー!!」
その声を合図に、僕と同じく敵の中に紛れ込んでいたサテルさんや警備隊員の人達も叫び出す。
「団長が死んだーー!!」
「おしまいだーー!!」
「負けたーー!!」
やや躊躇いつつ、棒読みがちながらも集団のあちこちから上がる声。
「だ、団長が……殺られた……」
「オルガ団長も……ガロック戦闘団長も……」
「こんな……嘘だろ……」
「もう……ダメだ……」
僕達の上げた声に、周囲の傭兵達が次第に我に返り始めた。
そして改めて、自分達の団長が負けて死んだという事実に気付き出す。
中には身体が震え出す者、武器を取り落とす者、その場に腰を抜かす者も現れ出す。
よし、ここで駄目押し!
僕は再度息を吸い込み、そしてありったけの声で怒鳴った。
「逃げろーーーーーーーーっ!!」
叫ぶと同時に、僕達は上に着ていた敵兵の上着を脱ぎ捨てる。
「「「う……うわぁぁああぁああああっ!!」」」
次の瞬間傭兵達は、一斉に悲鳴を上げて門の方へと走り出した。
よし、リングを作った時と同様に上手く行った。
これがいわゆる、集団パニックというやつだ。
恐慌を起こし、転がるようにして逃げる『ブラッドローズ傭兵団』
中にはまだ冷静な指揮官もいて、部下達を押し留めようと声を枯らして叫ぶも止まらない。
そしてそんな、必死に指示を出す部隊指揮官を、高所から飛んできたユーナの矢が撃ち抜いていく。
大将をやられれば、当然下は混乱する。
部隊指揮官クラスならある程度冷静なのはいても、下っ端となるとそうはいくまい。
さらにその部隊指揮官までもが次々やられるとなると、もはや収集がつかなくなるのは明白だ。
身分の高い者程豪華な鎧着てたり馬も飾りつけてたりして一目瞭然な騎士と違って、この『ブラッドローズ傭兵団』の部隊指揮官は狙われないためか周囲の兵とさほど変わらない装備をしている。
でもユーナは、そんな周りに紛れた部隊指揮官を正確に狙って矢を撃っている。
聞いたところによれば「格好が同じだけで部下には普通に指示を出してるし、何かあれば周りの兵が指示を求めてそいつの方を見る。仕草に注意してればすぐわかる」とのことだった。
凄い。
そして敵軍が動揺する中、紛れ込んでいた僕達が武器を抜いて一斉に手近な敵兵に襲いかかった。
なにせ敵の真っ只中にいるものだから、わざわざ狙う必要など無い。
とにかく斬れば敵に当たる。
今まで隣りにいた奴にいきなり斬りつけられて、さらなる混乱に呑まれる『ブラッドローズ傭兵団』
その混乱が次々に伝播し、離れた所にいた敵の部隊までもが門の方へと逃げ出し始めた。
そうして恐慌をきたし、逃げにかかる敵軍を追う様にして大通りに歩き出るアリサ。
荒い息を吐きながらもその視線を、追い詰められていた町方の兵達に向けた。
そして拾い上げていた槍をゆっくりと上げて逃げる敵の背を指し示し、続けて血にまみれた反対の手の親指を立てて、それで首をかっ切る仕草。
皆がそんなアリサに見入ったところで、すかさずその場に残っていた僕達が叫んだ。
「敵が逃げるぞーー!!」
「チャンスだーー!!」
「仲間の敵だーー!!」
「ぶっ殺せーー!!」
その言葉に、呆気にとられていた町方の兵達が我に返る。
皆の顔が次第に怒りに染まり、各々が持っていた武器を音が出る程に強く握り締める。
「この機を逃すな!突撃だ!!」
立ち上がった部隊長の号令に、兵士達が一斉に奮い立った。
「オォォオオ!!」
「いけぇええ!!」
「突撃だぁ!!」
「皆殺しだ!!」
それまでは敵を町に入れないためのものだった防衛線が、今度は敵を町から出さないためのものに変わる。
大通りの脇道からは、街中で各個に戦っていた衛兵や武装市民が飛び出して来て、逃げる傭兵達に襲いかかる。
防壁の上からは敵兵が次々追い落とされ、下の傭兵の集団には矢の雨が降り注ぐ。
大通りを逃げる『ブラッドローズ傭兵団』と、それを追撃する防衛隊の人達を見送って、僕は魔槍を杖にしゃがみ込んでいるアリサに駆け寄った。
「アリサ大丈夫!?」
「ああ……なんとか」
さすがに消耗が激しく、か細い声で返事を返してくるアリサに水筒を差し出し、斬られた腕にはポーションをかけて止血をする。
「アリサ!コタ!」
そこに、運輸ギルドの屋上から降りたユーナが駆け寄って来た。
心配顔で走って来た彼女だったけど、アリサと僕が手を上げて大丈夫と頷いてみせると、安堵の表情になって僕達の肩を軽く叩いた。
「良かった……ひやひやしたよ本当に」
「ああ、なんとか勝てたよ。ただ……今は少し、動けそうにない」
アリサの言葉にユーナはひとつ頷いて
「わかったよ、アリサはしばらくここで休んでて。私はもうちょっと働いてくるから。コタ、アリサのことお願いね」
と言うと、僕達の肩をもう1度軽く叩いて大通りを走り去って行った。
彼女も敵の追撃に参加するみたいだ。
水筒の水でうがいをしながら、そんなユーナを見送ったアリサがまだ少しかすれた声で呟いた。
「勝てた……な……」
「うん。でもそれよりも、アリサが無事で良かったよ。生きた心地がしなかったもの」
「あの2人共、恐ろしく強かった。何か1つでも動きを間違えていたら、確実に負けていたよ。お前のやり方で、首の皮一枚つながったな」
やっと人心地がついて、疲れた笑顔をみせてくるアリサに僕もほっとした。
アリサの言う通り、これは彼女だから勝てたのだ。
誇りある正々堂々を是とする騎士の癖がまだ明確に残っているアリサだったから、突然のラフプレーに戸惑ったあの2人の、一瞬の不意を突くことが出来た。
またそれが出来たのも、やっぱり彼女の実力があったからこそ。
あの2人との相性的にも、僕やユーナでは勝てなかっただろう。
なんにせよ勝てて、そして何よりもアリサとユーナが無事で、本当に良かった。
遠くからはまだ、敗走する『ブラッドローズ傭兵団』の悲鳴や、追撃をかける防衛隊の鬨の声が聞こえてくる。
そうして怒り狂った町方の兵達に狩り立てられ、『ブラッドローズ傭兵団』はその数を大きく減らしながら、這々の体でクワンナ市の外へと逃げ出して行ったのだった。
僕が魔法でアリサの水筒に水を補充し、マジックバッグから出した携帯食を勧めていると、不意にアリサが「コタロウ、少し」と言って、僕の頭を掴んで抱き寄せた。
そのまま頭を抱きかかえて、ほうっと大きく息を吐く。
「こうすると……安心する……」
まだこわばっていたアリサの身体から、少しずつ力が抜けていくのがわかった。
僕もそんな彼女の身体に手を回し、ゴロゴロと喉を鳴らしてみせながら、そっと空を見上げた。
長い夜だった。
夜明けまで、あと少し。
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