23. ぼうえいせん の きき
あけましておめでとうございます。
今年もコタロウをよろしくお願いします。
「城門の扉が、内側ではなく外に向かって開いているな。それに、あまり傷ついているようにも見えない」
運輸ギルドのクワンナ本部だという3階建ての建物の屋上に隠れて南門の戦況を見ながら、アリサが呟く。
「その心は?」
「おそらくはあの門、外側から破られたものではなく、内側から開けられたものだ」
「!つまりは……最初から町の中に敵がいた?それで内側から門を開けさせた?」
前もって工作員を潜入させていたか、それとも警備隊の一部を調略でもしたか。
冒険者はあまりそういう場面に出くわすことはないのだけど、軍の斥候部隊には情報収集や索敵の他にも役割がある。
それは調略。
敵を誘って味方に寝返らせたり、終戦後の自領安堵をエサに戦への不参加を約束させるなどの工作も、スカウトの重要な任務の1つなのだという。
『ブラッドローズ傭兵団』にもそうした連中がいて、前々からここクワンナ市の中で動いていたということなのか。
それ程周到にこの町への襲撃を計画していたのか。
そういえば会議の時にアリサが、敵の『大地の黄玉』への対応がやけに正確なのを気にしていたけど、もしかしたらその内通者から情報が流れていたとかが原因だったのかもしれない。
内通者は、今でも防衛部隊の中に紛れ込んでいるのだろうか。
今後は味方の裏切りにも注意しなきゃならんか。
アリサと一緒に戦いの様子を確認する僕達と、歯噛みをしている警備隊の人達。
「まさか、内通者なんて……!」
「俺達も、早く助けに行かないと!」
「落ち着いてください。むやみに突っ込んでもやられるだけです」
焦る皆をなだめながら、僕達はもう少しだけ状況を眺める。
戦況は言うまでもなく、クワンナ方がかなり不利。
城門を突破された防衛部隊は、現在防壁上と南門前の広場に展開してなだれ込んで来た敵を押し留めている……というのは好意的に見た言い方。
実際は南門の周辺はほぼ敵に制圧され、防壁上では逃げ遅れた兵士が登って来た敵に追い詰められ、地上の兵は南門から市庁舎へ続く大通りをバリケードで固めて、なんとか敵の突撃を防いでいる。
ゼッタさんは無事だろうか。
あの防衛線の中で戦っているのか。
とはいえ防衛線と言ってもあくまで通りを塞いでいるだけなので、もうかなりの数の敵が市街地へ侵入してしまっている様子。
いずれ防衛線が包囲されるのも時間の問題だろう。
そして周囲の市街地では、部隊に合流出来なかった兵士達が各個に遭遇した敵と戦っていた。
開かれた南門からは、東門や北門から来たのだろう敵の増援が、続々と町に入ってきている。
そしてその門前には馬に乗り、他の戦っている兵達よりも身なりの良い一団がいた。
あれは……様子からして『ブラッドローズ傭兵団』の幹部達かな。
一団の中心には、真っ赤な鎧を身にまとい、トラの魔獣スールーガに騎乗して、大剣を背負った大柄な男が周囲の兵達に指示を出しているのが見える。
もしかしてあいつが『ブラッドローズ傭兵団』の団長のオルガだろうか。
あいつをなんとか仕留められれば、この劣勢もひっくり返すことが出来るかな。
取り巻きも含め、馬や騎獣に乗られているとかなり面倒くさいので、なんとか地上に引きずり下ろしたい。
後は……
僕は隣で戦況を見ていたアリサに尋ねてみた。
「アリサ、門の所にいる、赤い鎧の男」
「ああ、あれが敵の団長みたいだな。オルガといったか」
「あいつさ、1対1の状況に持ち込めたら、アリサ勝てる?」
「1対1か?遠目の判断だが、おそらく奴は相当な使い手だぞ」
そう言ってアリサはもう1度、一瞬だけ敵の様子を見るとすぐに身を隠して考える。
あまり凝視すると、敵に視線を気取られる可能性がある。
「……奴はまだ武器を抜いていないから何とも言えないが、『大地の黄玉』のタサワスと同等か少し上の腕と仮定するなら、やりようによってはなんとかいけるかもしれん」
アリサの見立てでは敵の団長、おそらくは元騎士なのではないかとのこと。
立ち居振る舞いや部下への指示出しに、どことなくそうした素振りが見受けられるらしい。
「じゃあ、お願い出来るかな。ちょっとアウェーな状況になるけど、いざって時は援護するから」
「アウェー?」
怪訝な顔をするアリサと他の皆に、僕は思いついた作戦を説明する。
まあいつも通りといえばいつも通りのことなのだけれど、説明を聞いているうちにどんどんと引きつっていく皆の顔。
「お、おお……」
「なんて言うか……やり過ぎ……なんじゃ……」
「この町を守るために、何でもする覚悟があるって皆さん言いました」
「それは……言ったし、その覚悟もあるが……」
「し、しかし……」
「一方的に攻め込んで来て、住民まで皆殺しにしようとしてるような外道連中相手に、一体何を遠慮する必要がありますか。それよりも、急がないと味方が死にますよ」
「それは……」
「だが、そんなのが実際上手くいくのか?」
「わかりません」
「わからないって……」
「ただ、少なくとも僕に思いつく、可能性がある方法といったらこれぐらいです。まともにやって勝てる相手じゃない。このまま戦ってれば負けます。味方は全滅し、逃げ遅れた市民は略奪され虐殺され女子供は凌辱され皆さんの家族もまた……」
「……」
「……わかった、やろう。少しでも可能性があるなら、もうそれに賭けるしか無い」
部隊長さんが頷き、それに続いて1人、また1人と他の人達からも首肯が返されてきた。
よし、了承は得られた。
それじゃ早速作戦開始を……
そんな中、1人黙って思案の表情を浮かべていたユーナが、ふと顔を上げて口を開いた。
「コタ、アリサ、多分違う」
「え?」
◇
「斥候から報告!『ゲザン船団』壊滅!船は2隻轟沈!他2隻大破炎上!4隻全て航行不能です!」
「何だと!?」
「報告!住民が市庁舎を出ました!集団で港に向かっています!」
「舟で河に逃げるつもりか、クソが!……もういい!逃げる奴は放っとけ!手空きを町の守備兵の掃討に回らせろ!どのみち住民全員は舟に乗れねぇし、乗れてもそう遠くには行けやしねぇ!町の制圧が済んだ後でじっくり片付けてやる!!」
「了解!」
「……冒険者と軍の主力は潰したはずだってのに、まだここには凄腕がいたみたいだねぇ」
「ああ、だがどのみち戦の大勢はこっちのもんだ。後はこのまま押し切って守備兵を皆殺しにしちまえば、もう巻き返しは出来ねえだろう」
「気は抜くんじゃないよ。なんだか妙な気配がする」
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
この世界の運輸ギルドや商業ギルドは、冒険者ギルドと違って全国組織ではありません。
各地のある程度大きな都市にそれぞれ独立したギルドがあり、近隣のギルドとは協力・連携体制を取っているという形になります。
冒険者ギルドのように全国で統一した組織にしようという声もありますが、現状具体的な話にまでは進んでいません。
魔物や盗賊といった共通の敵を持つ冒険者と違い、商人はお互いが仲間であると同時にライバル同士でもあるので、そうしたいわば群雄割拠の商人達をまとめ上げられる人がいないというのも、大きな理由の1つです。
米軍の特殊部隊などでは、侵攻した先の地元住民を味方につけるため、語学の勉強に力を入れている所もあるのだそうで。




