18. てきせんへ の せっきん
よろしくお願いします。
「サテルさん、船動かすの上手いですね」
「まあ、子供の頃からずっとやってたからな……」
「全然漕ぐ音がしない。凄いですよ」
「正念場はここからだ。油断せずに行こう」
僕達4人はもう日の落ちた闇の中、サテルさんの操る小舟に乗って河の上を進んでいた。
警備隊員達はこれまでと同じく港の岸壁で守りを固めている。
そちらに敵の目を引き付けているその間に僕達が港から打って出て、夜闇に紛れて敵船に接近し船上の敵を襲撃するというのが今回の作戦だ。
小舟は、岸壁の隅っこにもやってあったものをかっぱらってきた。
港を守る警備隊員達には、僕達は潜行して奇襲をかけるということを伝えてある。
土壇場で作戦を伝えた警備隊員や、特に同行してもらうサテルさんからはもう半泣きで「小舟1隻で大船4隻の敵に殴り込むなど正気の沙汰ではない」と反対されたけど、「どのみち本格的に上陸が始まれば、今ある戦力では防ぎきれない」「敵は町の防衛戦力の主力を潰したことで慢心している」「攻め手の常として意識は町の方に向いている」「大きく迂回して、敵の後方から忍び寄れば隙がある」と説き伏せた。
曇った空には月や星の明かりなどは無く、また今夜は風も吹いていないので生ぬるい不快感が僕達を包んでいる。
波がほとんど無いので舟で忍び寄るにはやり難い状況なのだけれど、サテルさんの操舵は非常に上手く、小舟は櫂の音や水音をほとんど立てずに水の上を進む。
敵船には町への威圧も兼ねてか、かがり火が赤々と焚かれて水面を照らし出していた。
これなら目標を見誤る心配などは無い。
敵船はクワンナ港に向けてゆっくりと進んでおり、この分ならおそらくは後1時間かからないくらいで港に到達するだろうとのことだ。
なんとか敵に見つからずに近寄りたいので、僕達は全員黒布を被り、河を大きく迂回して敵船の後方から忍び寄っている。
矢の届く距離ではないので撃ち合いなどはまだ始まっていないけど、かがり火に照らされた船の上には、港の方に目を向けて監視をしている敵兵の姿が遠目に見える。
見た限りでは予想通り、敵兵の注意は町の方に向いていて、船の側面や後方などはあまり警戒をしていない様子。
こちらが町から打って出て、奇襲を仕掛けてくるという想定は無いらしい。
というよりも『ブラッドローズ傭兵団』は最初からクワンナ市の防衛戦力を削って町に封じ込め、野戦ではなく守城戦に持ち込むように手を打っているのだ。
実際クワンナ方は敵の思惑通りに冒険者や駐在軍の主力を失い、防壁に頼って籠城せざるを得ない状況に追い込まれている。
にしてもこういう場合、攻め方は大抵は時間がかかりがちになる攻城戦よりも、一気に勝負を決められる野戦の方を喜びそうなものなのだけれど、『ブラッドローズ傭兵団』は城攻めを得意とでもしているのだろうか?
だとするなら防壁は大丈夫だろうか。
まあ向こうは向こうで900人近い人数が詰めているわけだし、そう簡単に抜かれたりはしないと思うのだけど。
とにかく、今は目の前の敵だ。
「ちなみになんですけどサテルさん、あの敵の船、もし奪い取れたら動かすことって出来ます?」
「無理」
「ですよね」
ああいう大きな船というのは、基本的に複数人で動かすのが大前提。
もし操れるなら1隻乗っ取って他の船にぶつけてやろうかとも思ったのだけど、さすがにそれは無理そうだ。
僕達は息を詰めて敵船の後尾に接近した。
敵は30人乗りの船が4隻。
こちらは小舟1隻に4人。
いくら奇襲とはいえ、普通に考えれば戦うなど気が狂ったと思われてもおかしくないくらいの戦力差だ。
でも別に僕は、正気を投げ捨てたつもりなどは無い。
僕は最後まで生きることを諦めないし、猫は勝算の無い戦いはやらないのだ。
敵船にだいぶ近づき、船の上からは甲板に立つ敵の話し声が聞こえてくる。
戦いには備えているし港からの攻撃にも警戒はしてるけど、それでもなお余裕があるのが聞いて取れる。
もう既に勝利を確信している様子だ。
ただそれも今のうち。
こいつらを町へは上げさせない。
僕のマグロへの道程、邪魔した責任はしっかり取ってもらう。
まず狙うのは、一番船縁の低い船。
僕とアリサとユーナが敵船に乗り込み、サテルさんが帰り足の守りで小舟に残る手筈。
「よし、あれで」
僕達は、目を付けた敵船の後尾へ静かに舟を漕ぎ寄せる。
僕達が用意を整え、サテルさんが甲板の敵兵に注意しながら鉤竿を伸ばして、そっと船縁に引っかけた。
敵船と僕達の小舟が、ぴたりと腹を寄せる形になる。
船縁の高さは、僕が立ち上がれば頭一つ抜き出るくらい。
用意が出来ると、僕は後ろのアリサとユーナにハンドサインで合図。
さあいくぞ、3、2、1、今!
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。




