13. ぼうえい の じゅんび
よろしくお願いします。
「……」
「ごめんなさいごめんなさい本当に無いんです握りこぶしを振り上げないで!」
無言でゆっくりと拳骨をかざすユーナから必死に距離を取る。
「真面目にやりなさい真面目に!大変な時なんだから!」
「だって本当に思い浮かばないんだもん!普通に考えて勝ち目無いよこんな状況!」
「こないだ100人近い数の賞金首盗賊団を、キミの悪知恵ひとつで潰してみせたじゃないの!」
「あれは敵が百人もいない数だったし油断してたところを狙って用意してあった仕込みをフルで使ってやっとこさでなんとか出来たんじゃないか!今回は2000人だよ2000人!」
しかも様子からして休憩中のだらけなんか期待出来ない、完全にやる気満々の2000人だ。
そんなの一体どうしろというのか。
たとえばこの町防衛の全指揮権を僕にくれて、なおかつ兵員全員鉄砲玉にしても良いっていうならやり様はあるのかもしれないけど、いくらなんでもそんなの無理だろう。
実は1つ、市民全員に武器を持たせて町から打って出て、クワンナ市に向けて進攻中(出来れば夜営中)の敵を奇襲して数で押し潰すというのも思いつきはしたのだけど、どう考えても現実的ではない。
「で……でもほら、前にアリサが言ってた……え〜と、城を攻める時は、敵の3倍の兵力が必要なんだっけ?敵は2千人っていうし、それならなんとか……」
ユーナの言葉には、アリサが首を横に振る。
「『必要』というわけじゃない。攻め方は城を確実に落とすためと味方の損害を減らすためにも、最低でもそれぐらいの戦力は用意したいものだという話だ。それに城方に装備や備蓄など可能な限り万全の準備が出来ていて、なおかつ兵の練度も攻め方と同等程度という前提の話だしな。今回は……」
敵は先の戦いの結果から見て、かなりの強兵と予想される。
それに対してこちらは実戦経験の少ない警備隊に低ランク冒険者、それから武装市民の寄せ集め。
さらにはこの寄せ集めをまとめ上げられるだけの将がいない。
加えて迎撃の準備もまともに出来ていない。
考えれば考える程絶望的な状況だ。
歴史の英雄譚に出てくるような凄い武将とかなら、こんな状況をひっくり返す戦術を思いつくのかもしれないけど、生憎と僕はそんなのではない。
せめてこの町の周囲が森とかだったらな。
簡単な罠をありったけ張り巡らすとか、油でもまいといて敵を誘い込んだところに火をかけて森ごと焼き払うとか出来たのかもしれないけど、残念ながらクワンナ市の周りはずっと平地が続いている。
軍を展開するには良いのだけれど、守るには難い場所だ。
落とし穴を掘るのにも厳しいものがある。
……待てよ、森?
敵を誘い込んで……
そうか、これなら……
何ならスカール公国で買ったあれも……
いやでも、う〜ん……
ふと思い付いた僕が急いでテーブルに広げられた地図を描き写している内に、会議の方はまとめにさしかかっていた様子。
「とにかく、急ぎ行動を」
「警備隊は半数を住民の避難誘導に当たらせ、他の全員を防壁に行かせます」
「商業ギルドは、すぐに今ある在庫を総ざらいします。武器に食料、材木にレンガ、ある限りの物を出させていただきます。ご請求については、また後程ご相談で」
「薬師ギルドからもポーションやその他の薬など、全て提供いたします」
「奴隷商人に連絡を取って、奴隷の供出を依頼してください。屈強な男に武器を持たせれば、とりあえずの戦力にはなります」
「手ぬるい!女や年寄りを含む全ての成人に可能な限り動員をかけるんだ!ボウガンを構えて撃つぐらいのことは出来る!」
「おい、急いで港に走って、集められる限りの船を集めさせろ。住民を乗せられるだけ乗せたら沖合に出すよう手配するんだ。最低限水の上に浮かべておけば、敵は手出し出来ん」
「冒険者ギルドは、この町に残っている冒険者全員に指名依頼を。それから、実戦経験のあるギルド職員にも動員をかけます」
皆が次々対応に走る中、冒険者ギルドのトーニーギルドマスターはそう言ってから僕達に向き直る。
「そういうわけなので、慌ただしくて申し訳ないのですが皆さんには冒険者を指揮して、この町の防衛に当たっていただきます」
「……はい」
市長からの要請に、『大地の黄玉』のタサワスがぼそりと肯定の返事を返す。
その顔は、相変わらず虚ろな表情を崩していない。
僕達は……冒険者を指揮して町の防衛、と言われてもなあ?
一応なのだけれど、この戦のいわば大将は、このクワンナ市の市長であるテイラー氏。
その下で軍の隊長代理であるディラン氏が実質的な戦いの総指揮を執る。
まだ年若く、軍に入ってまだ日も浅いみたいなのだけれど大丈夫かな?
そして冒険者や警備隊は、軍の下に付いて町の防衛に当たるとのこと。
僕達は部隊指揮官的な扱いになるのだろうか。
都市の防衛戦ということで、少々変則的な形での動きになる様だ。
以前あったゴブリンの大規模討伐戦の時の体勢に、少し似ているかもしれない。
とはいえ……現状は不安しかない。
「冒険者部隊のまとめについては、私達と『大地の黄玉』のどちらになりますか?つまり、立場的にはどちらが上に?」
「まとめ役……ですか。それは……やはり2級パーティということで、ここは『大地の黄玉』にお願いしようと思います」
「報酬については?」
「今は緊急時ですので、具体的には……ただ、必ずお働きに見合う支払いはさせていただきます」
アリサとユーナの質問に、汗を拭きながら答えを返すトーニーギルドマスター。
どうやらこういう状況の経験などはなさそうな様子だ。
こうした戦の知識などもあまり無い人なのかな。
それにしても、タサワス達は『ブラッドローズ傭兵団』との戦いに1度負けているわけなのだけれど、大丈夫なのだろうか?
まあ言い替えれば、1回戦っているので敵の手の内を知っているということになるのかもしれない。
とはいえ僕なんかは、軍人の経験があるアリサが指揮を執るのが良いのではないかと思うのだけど。
まあ僕達、ランクは高くてもこの町での実績となるとゼロなわけだから、古参の『大地の黄玉』の方に信用があるのは仕方ない。
ちなみに『大地の黄玉』で今会議に参加しているタサワスの他、先程の話で重傷を負ったと聞いていたベルとユーシラは、この町に帰って来てから薬師ギルドの懸命な治療を受けており、現状なんとか動けるぐらいには回復してきているという。
「それは私達は、『大地の黄玉』の指示に従って動くということになりますか?」
アリサの質問に、ギルドマスターが肯定の返事をしようとしたその時だった。
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