10. ちぞめ の ばら
よろしくお願いします。
しばらく会議が続きます。
警備隊長の話で、騒然となった会議室内。
今になってわかったのだけど、この席にいるのはクワンナ市長に警備隊長に駐在軍の隊長代理、それから冒険者ギルドや運輸ギルドや商工ギルド、薬師ギルドなどのギルドマスターといった、この町の重鎮のお歴々だった。
僕達が初めて顔を見ることとなったクワンナの冒険者ギルドのギルドマスターは、口ひげを生やし、白いものが混ざった髪がかなり薄くなった小太りの年配男性。
名前はトーニーというらしい。
ハンカチで一生懸命額の汗を拭いている。
とはいえ今は皆、この緊急の事態に激しく取り乱して、口々に大声を上げている。
「一体どうするんだ!この町に、盗賊の大軍が攻め寄せて来たら……!」
「落ち着け!まずは現状の戦力の確認をしなければ……!」
「市長の権限で、直ちに市民の徴兵を!」
「領主様への報告はどうなっているのですか!?」
「既に伝令は出している!」
「援軍はいつ頃……!」
「そんなものはまだわからん!!」
喧々囂々(けんけんごうごう)である。
テーブルを囲んで言い合いを続ける一同の話を聞いて、とにかくわかったのはこの町の現状の戦力。
ここクワンナ市の人口がおよそ1万人。
戦力としては、まず市中及び港湾の警備隊を総動員して約600人。
留守番でこの町に残っていた駐在軍が約100人。
それから冒険者が同じく約50人。
ただし警備隊は町中の治安維持が主任務なので本格的な実戦の経験のある者が少なく、軍は先日の討伐に主力を出してしまっているので、現在町に残っている軍人は入隊してまだ日の浅い者が多い。
冒険者も主力となる4級以上の者は、その大半が討伐隊に参加して未帰還の状態。
逃げ延びて来た者も重傷を負っている。
現在この町にいるのは5〜7級の低ランク冒険者がほとんどで、3級以上にいたっては僕達『爆影虎』と『大地の黄玉』だけなのだそう。
僕達がこの会議に呼ばれたのは、そういうわけだったのだ。
後は先程話が出た通り、成人男性を中心に市民に動員をかける。
即応で大体150〜200人、追加で400〜500人、長期戦となれば1000人強くらい集まるのを見込んでいるらしい。
スムーズに即応戦力を集められたとして、頭数だけみれば当座で800〜900人。
これで町の門を閉じて籠城戦をやったとして、同じく1000人規模の盗賊団と戦って勝てるかっていったら……微妙なところ。
なにせ敵は、どうやら相当実戦経験が豊富な連中だ。
でも、領主様からの援軍が来るまで持ちこたえるだけと考えるなら、まあいけるかな?
いやそれにしても、盗賊団で1000人規模っていうのは多いな。
1000人なんて、それこそ軍隊レベルだ。
これまで僕達が戦った連中でも多くて100人いないぐらいだったし、そんな大勢力の野盗なんて昔話ぐらいでしか聞いたこと無い。
それだけじゃない。
今回の相手、単なる野盗とは思えないぐらいに強い。
話を聞いた限りでは、敵の首領の強さは2級冒険者と同等かそれ以上。
ただの盗賊ではないのかもしれないと思ったのだけれど、これについては討伐隊の生き残りの証言から判明した。
クワンナに逃げて来た人の話では、襲撃を受けた集落に、薄い緑地に真紅の薔薇を染めた旗が翻っていたのを見たという。
駐在軍の隊長代理と運輸ギルドのギルド長が、この旗を知っていた。
その旗の持ち主、それはグランエクスト帝国の西部で活動していた傭兵団で、名を『ブラッドローズ傭兵団』という。
団長の名前はオルガ。
団員2000人を抱える帝国内最大規模の傭兵団で、いくつもの戦場で名を馳せた相当な凄腕の連中らしい。
つまり、今クワンナ市の周辺に出没している武装集団は、盗賊団ではなくて傭兵団。
傭兵団がまるごと野盗に商売替えか何かして、ここに攻めて来ているということなのか。
ちなみに、たまに話に出る僕が実家にいた時に面識のある傭兵団は『ライオンズシックル傭兵団』という名前。
今回攻めて来ている傭兵団とは別口ということで、ちょっとほっとした。
とはいえ敵が名うての傭兵団と判明して、会議室内がさらなる絶望感に包まれる。
強いのも当然のことではあった。
相手は単なる無法者の集まりではなかった。
戦争のプロだったのだ。
それに対してこの町の戦力は、訓練はしてても主任務は治安維持の警備隊に、訓練の浅い軍人に低ランク冒険者と、かき集めた市民の寄せ集め。
……うん、やばいね。
室内が重い空気に包まれる中、誰かが言った「もしかしたらここには攻めて来ないで、このままどこかに行ってしまうかも……」という意見に皆が食い付いた。
「そ、そうだ!傭兵なら無理な戦いなんかはしないだろう。こんな防壁のある町よりも、弱い村や集落を狙うんじゃないか?」
「じゃあ、ここには来ない可能性が高いのか!?」
「近隣の村や集落には少し我慢してもらうとして……」
「我慢とは何だ!略奪されるんだぞ!そんな簡単に言うもんじゃない!」
「ここが襲われるよりましだろう!」
またも騒然となる会議室内。
まあ確かに盗賊でも傭兵団でも、略奪なんてするのは弱い所からというのがセオリー。
そう考えれば、まがりなりにも城壁があって数百人の警備隊がいるこの町に攻めて来る可能性は低い……のか?
ところで、先程大声を出した後は再びテーブルの隅に座っている2級冒険者のタサワスは、虚ろな顔をして俯いているばかりで口を開く様子が無いのだけど、何も意見は無いのだろうか。
敵がこの町には来ないかもしれないという予想に皆の意見が傾き、会議室内の気配が次第に緩んだものに変わっていく。
しかしそんな彼らの希望的な予想を、横からアリサの声が遮った。
「いや、それは無いでしょう」
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