9. とうばつ の けっか
よろしくお願いします。
事態が動いた。
それは僕達がクワンナ市に滞在して1週間を過ぎたある日のこと。
ここクワンナの町から南に2日程行ったところにあるマエッカという漁村が、盗賊に襲撃されたとの知らせが入って来たのだ。
今の状況からして、最近クワンナ市の周辺に出没していた集団と同じ連中である可能性が高い。
マエッカ村から知らせに駆けつけて来た人の報告では、襲撃してきた盗賊団はそのまま村に居座り、男は虐殺、女達には乱暴狼藉を働いているという。
敵の数は150人前後程。
以前僕達がクロウ共和国で討伐した『黒ヤスデのゲクス一味』よりも規模の大きな盗賊ということか。
これまではちらほらと見え隠れすることしかしなかった盗賊団が、遂に直接的な動きを見せた。
この事態にクワンナ市の冒険者ギルドは、すぐさま冒険者を召集する。
クワンナ駐在軍の主力部隊450人と、盗賊の討伐依頼を受注していた2級パーティ『大地の黄玉』を含む4級以上の冒険者約100人が、討伐隊としてクワンナの町を出発。
大勢の市民から歓声を受けて、町の東門までの大通りを歩く討伐隊を、出店の串焼きを頬張りながら見送った僕達だった。
それから5日後のこと。
その日の昼頃に盗賊討伐の状況確認で冒険者ギルドに顔を出した僕達は、受付で冒険者証を提示するなりギルド奥の会議室に連行されて、そこでとんでもない報告を聞かされることとなった。
会議室に入ったのはランク3級以上ということで、僕とアリサとユーナの3人。
サテルさんは通されてはいない。
広い会議室の大テーブルにはこの町とその周辺を描いた地図が広げられ、男性と女性が合わせて十人程無言で座っている。
その後ろの壁際には、おそらく秘書とか付き人なんだろう人達が並んで立っていた。
それぞれが難しい顔や戸惑った顔、中には悲壮な表情を浮かべている人もいる。
そしてそのテーブルの隅には、虚ろな目をして俯いている『大地の黄玉』パーティのタサワスが座っていた。
討伐から帰ってきてたのか。
案内のギルド職員から皆に3級以上の冒険者であることが伝えられて、テーブルの隅に用意された席に着いた僕達。
まず何が起きているのか教えてほしいと尋ねると、上座に座っていた身なりの良い初老の男性が重々しく口を開いた。
彼はどうやらこの町の警備隊隊長らしい。
そんな彼が話してくれたのは……
「『大地の黄玉』が負けた?」
思わず声を上げた僕に、タサワスが声を上げて反論してくる。
「ち、違う!俺達は負けてない!奴らが卑怯な手を使ってきて、それで他の皆も被害が大きかったからやむを得ず撤退をしただけだ!」
それを世間一般では負けたと言うのではないだろうか。
詳しい状況を聞いたところでは、なんでも今朝早くに『大地の黄玉』の3人を含めた討伐隊の生き残りの冒険者と軍人十数名が、満身創痍の状態で町に駆け込んで来たのだという。
戻って来た人の証言では一昨日、討伐隊は特に予定の遅れなども無く襲撃を受けたマエッカ村に乗り込んだのだそう。
盗賊の数が150人程と聞いていたのに対し、討伐隊は軍と冒険者合わせて約550人と数に勝り、さらに2級パーティがいることもあって、彼らは楽勝をほぼ確信の上で現地に入った。
盗賊の撃破というよりも、どちらかというと逃げる敵を討ち漏らさないことを念頭に置いた態勢だったらしい。
しかしそこで待ち構えていた盗賊団は1000人を超える程の大勢力で、しかも全員が相当な手練ぞろい。
討伐隊は行く手に少数の陽動をちらつかされて、チャンスとばかりに踏み込んだところを包囲され、矢と攻撃魔法の一斉射を浴びせられ大混乱に陥った。
頼みの綱の『大地の黄玉』は、タサワスに敵の首領と思われる男が対峙。
これが相当な使い手で、2級冒険者であるタサワスとも互角の打ち合いを展開した。
そして首領がタサワスの足止めをしている間に、魔法使いのベルと僧侶のユーシラに敵の攻撃が集中。
結果ベルとユーシラは重傷を負い、それに気を取られたタサワスも手傷を負わされて撤退した。
ただでさえ数で劣る上、包囲下で劣勢だったところに討伐の核だった2級パーティがやられたことで、動揺した討伐隊は総崩れ。
軍の隊長も討ち取られ、討伐に参加していた550名程の内『大地の黄玉』を含め十数名程が、その場から逃げに逃げてクワンナまでたどり着くことが出来たとのことだ。
「俺は負けてない!敵が卑怯な真似をしてきたからだ!それに他の皆が動揺したりしなきゃ、俺達が……!」
「タサワス殿、落ち着いてください!」
唾を飛ばしてわめくタサワスを、他の人達が必死になだめている。
「1000人以上って……!」
そんなタサワスには目もくれず、愕然とした表情で呟くユーナ。
確かにとんでもない数だ。
最初に報告されていた数の10倍以上。
聞いた時は僕も一瞬、耳を疑った。
数もさることながら敵の盗賊、2級のパーティを下すというのは強いな。
ただの野盗ではないということか。
「事前の偵察ではわからなかったんですか?敵は当然隠れてはいたでしょうけど、1000人もいたなら潜んでいても気づけそうなものですが」
「偵察なんて、そんな弱腰な……」
僕の質問に、かすれた声で答えるタサワス。
「偵察が弱腰?」
「俺達は……2級パーティなんだ。たとえどんな敵が現れたとしても、力の限り打ち破るのみだ。強者とは、そういうものなんだ。そう思わないかい?」
「つまり偵察もしなきゃ、敵の実際の戦力や村の現状や地形などの確認なども特にしなかったと」
「あ、ああ……」
なるほど、そういう考え方の人か。
それなら、情報収集を重要視するサテルさんとそりが合わなかったのも頷ける。
ただ、それで見事に罠にはめられてやられていれば世話はない。
もしサテルさんが『大地の黄玉』に残って討伐にも参加していれば、当然事前の偵察と盗賊の情報収集の必要を主張していただろう。
その場合はもしかしたら、盗賊には勝てないにしても生存者が増えるなど、結果も変わっていたのだろうか。
まあ、今さらの話ではあるのだけれど。
「……妙だな」
そうしてこれまでの経緯を聞いていると、隣でアリサがぽつりと声を漏らすのが耳に入ってきた。
「妙って、何が?」
僕が小声で尋ねると、アリサはちらりと僕を見る。
「盗賊の討伐隊に対する対応、特に『大地の黄玉』への対処がやけに適確だ。まるでどういう相手が討伐に来るのか、事前にわかっていた様な」
「……2級パーティってことで、名前が売れていたのが災いしたとか?」
「あるいは……」
アリサの小さな呟きは、会議室内を覆う怒声でかき消された。
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