40. みな の けつだん
よろしくお願いします。
長ゼリフがあります。
肩を落として冒険者ギルドの会議室を出て、ホールに出た僕にユーナやアリサ、『風の流れ人』や『白と茶のシマリス』の面々が駆け寄ってきた。
「どうだったコタ?」
「大丈夫か?」
「何を言われたんだ?」
「ブラウン村は、封鎖されるんスよね?」
「あ〜え〜っと……」
そんな彼らに、僕は受付にちらりと目をやってから、軽く首を横に振ってみせる。
「とりあえず場所を変えましょう。ここでは話をしない方が良い」
このままギルドのホールで話をしていると、職員に聞かれる可能性がある。
そういうわけで僕達は皆で、僕達が滞在している宿の『森のキノコ亭』に移動。
食堂を借りて、今さっき僕がギルドでされた話を皆に話すと当然のこと、全員の顔が怒りに包まれた。
「……っ!何なんスかそれ!俺達あの村で死ぬ思いして、村人もやっと逃して!それなのに!」
「報酬が欲しけりゃ、ギルドの言いなりになれってことかよ……」
「コタロウさんが指示してくれなかったら、もしかしたら私達も今頃……そんな目に遭ったのに、それじゃ足りないってことなんですか?」
「冗談じゃないよ!そんなに知りたきゃ、自分達で行って見て来りゃいいんだよ!」
口々に悲嘆と、怒りの声を上げる『白と茶のシマリス』の面々。
「何か事情があるのかはわかりませんが、とにかくもっと情報を取って来いの一点張りでしたね。後は軍に再調査の結果を問い合わせればとも言ったんですが、それはなんだか嫌がってるみたいで」
そこは僕も、少し気になっているところではある。
ここの冒険者ギルドの人達は、軍が嫌いなのだろうか。
そんな僕の疑問には、ダンさんが答えてくれた。
「聞いた話なんだけどね。なんでもこの町のギルドは、昔大量発生した魔物の討伐について、軍と相当揉めたことがあったみたいなんだ。それ以来、軍とは慢性的に仲が悪いらしくてね。そして今現在ギルドは戦力が低下していて、ブラウン村の対応については軍に任せざるを得ない状態だ。多分だけど、少しでも多くの情報を提供して、軍に対する発言力を保とうとしているんじゃないだろうか」
「そういやここのギルドには妙に言われるよな。『軍には口を出させるな』とか『軍に頼ったら恥』とか」
皮肉げに笑うラルバさん。
確かに、この件はいわば冒険者ギルドの失態の尻拭いを軍にやってもらう様な状況だ。
ギルドが軍嫌いなら、頼らなきゃいけない現状は腹立たしいことこの上ないだろう。
「それに」と、続けてラルバさんがため息を吐く。
「なんかやたら偉そうにしてるしな、ここのギルド職員」
「他の所は、違うんスか?」
「ここまでってのは、見たことねぇな。ボーンズとか大きな町に行けば、けっこう丁寧な対応されるぜ?」
「ああ、やっぱりそうなんですね」
「他所から来た人で、受付で怒って帰っちゃう人とかたまに見かけるんですよね……」
「私達も言われたよね『5級ならそれぐらいやってくださいよ』とか『そんなんじゃ4級はあげられませんよ』とか、なんであんなに偉そうにするんだろって思ったことあったけど……」
愚痴っている皆。
確かにここのギルド、依頼の受注の時などに上から目線な対応をされたことがけっこうあった気がする。
依頼を完了して報酬を受け取る時なども「お金を払ってやってる」みたいな態度があからさまに出てたりして。
今回の追加依頼の話も「ギルドが要請してるんだから冒険者は従って当然」てな態度だったな。
事務方と現場の仲が悪いというのは冒険者ギルドに限らずよく聞く話だけど、それでもここまで顕著なのは正直珍しい。
「じゃあ、どうするんだい?まさか本当に、またブラウン村に?」
「行きませんよ」
尋ねてくるダンさんに、首を横に振る僕。
何度も言っていることだけど、再度ブラウン村に行くという選択肢は無い。
正直に言うけど、僕はあの禁断の森が怖い。
確かに今まで僕は、シャドウタイガーやらブラッドレクスやらの高ランクモンスターを倒してきた。
相手が生き物である以上、どこかに付け入る隙も、殺す方法も必ずあったし(ドラゴンみたいな規格外は例外で)、そこを突く形で今まで僕達は勝ちをもぎ取ってきた。
だけど今回のあの森に関しては、いくら考えても攻略の算段が浮かんでこない。
勝ちの目が見えてこない。
ツタ人間の殲滅も、森を外側から削る方法も、火で焼き払うのも、思い付く方法は全部潰された。
広域を一挙に殲滅出来るような、強力な攻撃魔法でも使えればいけるのかもしれないけど、そんな人は一国の軍のトップらへんに1人いるかいないかだ。
知れば知る程、手出しが出来なくなる。
池か沼の水面を、剣で斬りつけているみたいな感覚。
命の危険にさらされた時に感じる恐怖とは何か違う。
違うけど1つだけわかる。
僕は、あの森が恐ろしい。
恐ろしいものには近づけない。
「それじゃ、どうするんだい?」
「僕達は、すぐにこの町を出ます」
おそらくはこのままここテアレラに滞在を続けたところで、ろくな事にはならないだろう。
仮にギルドの言うことに従って、なんとか上手いこと再調査を達成出来たとしても、さらに次々と無理難題を押し付けられる可能性が高い。
使い潰されるのは目に見えている。
なら取れる方法はただ1つ、逃げる。
どのみちいずれこの町を出て、南のグランエクスト帝国に向かう予定だったのだ。
国境までは街道を南へ2日程らしいので、町を出たらそのまま一気に帝国へ抜ける。
「皆さんは、どうしますか?」
そして状況は、『風の流れ人』と『白と茶のシマリス』も同じ。
ギルドの様子からして、僕達が逃げれば追加調査の依頼はそのまま彼らに回されるだろう。
僕の言葉に、皆は顔を見合わせた。
「うん……そうだな、アタシらも、ここを出るわ」
「……そうだね。ボーンズにでも行こうか。あそこなら、とりあえず食いっぱぐれは無いだろうしね」
先に顔を上げたのは、ラルバさんとダンさん。
そしてその2人に、サムさん達も声をかける。
「あの……俺達も、一緒に付いて行っていいっスか?」
「僕達は良いけど……君達はそれで大丈夫?」
問い返すダンさんに、4人は少し迷う素振りながらも頷いた。
「どのみちこの町で冒険者は続けられないし……ボーンズで食いつなぎながら、ほとぼりが冷めるのを待つっス」
「仕事したのに、報酬もらえないってんじゃなぁ……」
「たとえ今回は我慢しても、きっとまた同じ様なことになりますよね……」
「なんかもう……ヤダ。今ギルマスの顔見たら、そのままぶん殴りそう」
そんな4人に、ダンさんとラルバさんは苦笑しながら頷いた。
これで決まりだ。
僕達は全員この町を出る。
この町のギルドは見限る。
僕達は今日1日でこの町での用事を済ませ、明日の朝一で町を出ることにする。
後日テアレラ市のギルドから何か嫌がらせじみたことがあってもいけないので、皆にはギルド本部へ向けて支部の苦情を出す方法を教えて、今回の事件の証拠となる書類を渡しておいた。
最後に『風の流れ人』と『白と茶のシマリス』の人達には、僕達から1人頭金貨を1枚ずつ支払った。
さすがにこのまま一切の収入無しというのも可哀想だ。
僕達はなんやかやで懐にはまだ余裕があるので、このくらいならなんとかなる。
臨時収入もあったし。
こうして、何度も頭を下げる『白と茶のシマリス』や『風の流れ人』の皆と握手を交わして、僕達はお別れした。
皆ボーンズ市に行ってからも、元気に冒険者を続けられたら良いな。
◇
「副ギルドマスター、こちらをお願いします」
「ケウラさん、これは……退職届ですか?」
「はい。今日までそちらの指示でお休みをいただいてましたが、これをもちまして辞めさせていただきます」
「理由を伺っても?」
「休んでいた間の話は……聞きました。冒険者を使い潰すようなこのギルドの方針には、私はついては行けないと思いましたので」
「なるほど、わかりました。では今日で退職ということで、お疲れ様でした。ああ、そういえばあなたの実家はリントンのウィリアム商店でしたね。先日調査隊が立ち寄った際の物資補給の代金ですが、まだ調査は継続中ということで、支払いは待ってもらうようにあなたから言っておいてください。急ぐ様なら、あなたから立て替えておいてくれても結構です」
「そんな……っ!いえ、それでかまいません。どうもお世話になりました」
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