39. ついか の ようせい
よろしくお願いします。
長ゼリフがあります。
ヘイトとまではいかないと思いますが、若干イラッとするかもしれません。
「どういうことですか?」
現在僕はテアレラ市の冒険者ギルドの会議室で、支部の職員達と向かい合っていた。
冒険者ギルドに報告書を提出した翌々日、ギルドに集まった僕達は代表者として僕1人が会議室に呼ばれて、そこでワック副ギルドマスターと職員数名に囲まれて、追加依頼の要請を受けている。
先日ブラウン村に同行したケウラさんは、今日は同席していない。
職員達を真っ直ぐに見つめる僕に対して、副ギルドマスターは上目遣いがちに応えを返してくる。
「報告書については……読ませていただきました。その上でなのですが……冒険者ギルドとしては『禁断の森』の脅威について、さらに詳しい情報を集めたいと考えておりまして……1度確認している皆さんには、さらなる調査をお願いしたいと思っているのです。つきましては是非もう一度、ブラウン村に行っていただけないかと……」
再調査とな。
でもさらに詳しい情報なんて言われてもな。
「具体的には、どこまでの情報を?」
「ブラウン村に現れるという……ツタ人間、ですか?それから、禁断の森に生息しているというツタと。これが遠征隊が行方不明となった原因の可能性が高いということについては、報告書を拝見しました。これが事実であるということならばですね、このツタとツタ人間の弱点といいますか、対処法のようなものを探ってきていただければと……」
「あれとの接触が非常に危険であるということは、報告書に書いたはずですが」
「そこは……皆さんは高ランク冒険者ですので、なんとか上手いことやっていただいて……」
「報告書にもある通り、ブラウン村は現在非常に危険な状態にあります。そして僕達が現地で確認した限りでは、ツタ人間や禁断の森への有効な攻撃は認められませんでした。森に火を付けても燃えません。ツタ人間には矢も、おそらくは槍等も通用しません。負傷させられれば傷口からツタ人間化してしまうので、接近戦は絶対に避けなければならない。そんな相手に手出しをするのは危険が大き過ぎます。ここで僕達がもう1度ブラウン村に行っても、得られるものは無いと考えます」
再調査については断る旨を伝える。
そんな僕に、大柄で気の強そうな職員が身を乗り出してきた。
「有り体に申し上げますがね。出してもらった報告書の内容、正直あまりにも突拍子もない話で、我々としても中々信じられない部分があるんですよ」
「現地で起こった事については、同行していただいたギルド職員のケウラさんも見ていますが、あの人に確認はしていませんか?それに僕と同じ3級冒険者を含めた200名からの遠征隊が壊滅していることからも、それだけの脅威がブラウン村にあるというのはご理解いただけてますよね?」
「ケウラには……話を聞いていますし、危険があるということについても重々承知してますよ。その上でお願いしているんです。新種の魔物が出たなら、今後や他の冒険者のためにも弱点を探るのがあなた達の義務でしょ。ちょっと森に入って様子を見るぐらいなんとかなりませんか」
なんだ、結局のところまた禁断の森に入れって言っているのか。
この上僕達が森に入ったところで、ツタの餌食になるだけだろうに。
ちなみに、僕達がブラウン村へ出発する前にギルドに戻ってきているカワーグギルドマスターに話を聞くという手もあるはずなのだけれど、それについては言葉を濁されるばかりだった。
まだ自室に閉じこもっている状態なのかもしれない。
「禁断の森に入ることについては、最初に依頼があった時にお断りしたはずです。それに近日中に軍から調査隊が派遣されると聞いていますので、その結果を問い合わせていただければ、報告書の裏付けは取れるでしょう。なんならその軍の調査隊に、確認の職員か冒険者を同行させるという手もあると思います」
軍の再調査については、禁断の森やツタ人間などには一切の手出しをせずに、僕達やエアーナさんからの報告内容の証拠固めに留めるという話を聞いている。
僕がそう言うと、一瞬口ごもる大柄な職員。
けれどすぐに僕をきっと見据えて、再び口を開く。
「軍は……いや、いくらですか?」
「は?」
「いくら欲しいんですか?いくら渡せばやってもらえるんですか?金貨5枚ですか?7枚ですか?それとも大金貨ですか?」
何を言ってるんだこの人は?
「わかってるんですよ、金が欲しいんでしょ?わざとごねて、報酬額を吊り上げようとしてるんでしょ?多少危なくてもたかが森じゃありませんか!大丈夫ですよちょっと入るくらい、実際帰ってこれてるんだし。それとも怖気付いたんですか?ならそう言えば良いじゃないですか!危ないだの何だの御託並べてますけどね、その危ないことやってもらうから、あなた方冒険者に安くない報酬払ってやってるんでしょうが!」
気色ばむ職員。
そんな彼を、副ギルドマスターや周囲の職員は制止する様子は無い。
他の職員達も、彼と同意見ということか。
そんな彼らを見て、僕の頭の中が一気に冷めた。
この人達は、現状の危機感がまるで無い。
200人もの冒険者に加えて、ブラウン村の住民やバラーズ商会の会頭までもが犠牲になっているこの大惨事。
森に手を出せばこっちが危ないのだと報告書に書いた上に、この場でも何度も言っている。
報酬の吊り上げも何もあるものか。
「お金の問題ではありません。危険の問題だと最初から言っています。それとお金の話をするなら、まずは今回の調査についての報酬をください。続きの話はそれからで」
「それについては、再調査の後まとめてということでお願いしたいと思います」
「はあ?」
副ギルドマスターの後ろに控える職員に一瞬何を言われたかわからなかったけど、我に返ると大急ぎで考えをまとめる。
つまりは何か?追加の調査依頼を受けて、さらにこの人達が満足する結果を持ってこない限り、報酬は一切払わんぞとこういうことか?
「……依頼達成とは、認められないということですか?」
今回僕達は、依頼を受けた通りにブラウン村まで行って、遠征隊がどうなったかを確認してきた。
村人を避難させ、軍にも報告を上げて、危険が解消されるまでの間村は封鎖してもらうよう要請も出している。
事態の収拾が成ったかどうかは判断が分かれるかとは思うけれど、少なくとも要望の1つについてはこなしたと考えている。
なのに報酬は出ないと?
「い、いえ……そうではなくて、今回お願いしているのは1度目の依頼に付随するものになりますので、その都度お支払いするよりはまとめての方がよろしいかなと……」
「まとめなくて結構です。まずは今回の調査の分の報酬をください」
僕の口調が強くなったこともあってか、慌てたように弁解する職員達。
「いや、ですからね……!」
と先程の大柄な職員がまた強い声を上げようとするも、話になりそうにないので僕はそちらは無視を決め込む。
「ちょっと、聞いてるんですか!?」とか何とか喚いているけど知ったことじゃない。
そんな中視線を泳がせて何やら考え込んでいたワック副ギルドマスターが、若干強めの視線を真っ直ぐに僕へ向けてきた。
「当ギルドは現在冒険者の数が少なくなっており、数多く寄せられている依頼に人手が足りなくなっている状況です。他の冒険者にお願いするのも難しいところですので、ここは是非とも、1度ブラウン村の件に対応していただいている皆さんに、追加での調査をお願いしたいと思います。コタロウさんにはなんとかその旨、他の方々へお伝えをしていただきたい」
「お断りします」
「お受けいただけない場合は、冒険者ギルドとしてもそれなりの対応をせざるを得ないことになります。なんとか、お願いします」
「それなりの対応というのは?」
「……」
こちらの質問にはっきりとは答えず、ただ僕を見つめてくる副ギルドマスター。
断った場合は、この町のギルドの使用停止とか、そんな感じになるのかな。
最悪、全ギルドの使用停止とか冒険者証の剥奪とかなんてことも想像出来るけど、この町の副ギルドマスターにはどれだけの権限があるのやら。
いずれにしてもこの人達、「はい」か「YES」以外の回答を聞くつもりは無さそうだ。
さてどうするか。
「……もう1度確認しますが、報酬については?」
「再調査完了後に、まとめてということでお願いします」
「……」
これも変わらずか。
にしても、なんでそこまでして再調査にこだわるのやら。
黙っている僕に、副ギルドマスターは身を乗り出して言葉を重ねる。
「大変だというのは重々承知なんですが、ここは一つ、踏ん張っていただけないでしょうか……」
「……」
大変なのは重々承知……か。
口ではああ言ってても、あんまり承知しているような気配はしないなあ。
まあどちらにせよ、これ以上は無理。
この職員達は、こちらの言い分を聞くつもりがまるで無い。
どういう事情があるのかは知らないけれど、冒険者はギルドの要請、という名の命令に従うのが当然という腹だ。
話はここまでだな。
そう考え、僕は顔を上げて口を開いた。
「一旦持ち帰らせていただいても良いですか?他の人達にも話をしてみないと」
「……出来れば今ここで、お返事をいただきたいのですが?」
「他のパーティのことまで、僕が勝手に決めるわけにはいきません。せめて一晩、時間をいただきたいです」
「……わかりました。良いお返事を期待しています」
「ではよろしく」
出来るだけ素っ気なく聞こえるように言い残して、僕は会議室を出た。
職員さん達が色々な感情のこもった表情で見てくる中、大柄な職員は最後まで僕に、一際強く怒りの視線を向けてきていた。
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