24. まもの の しょうたい
よろしくお願いします。
長ゼリフがあります。
「え?」
ラルバさんの言葉に、皆の視線が彼女を向いた。
それに対してラルバさんと、同じようにして俯いていたダンさんが顔を上げる。
その2人の表情に浮かんでいたのは、はっきりと、恐怖。
そういえばラルバさんとダンさん、昨晩僕達と一緒にあの魔物を確認してから、何だか様子がおかしい。
あの魔物を近くで見た際やけに驚いていたというのと、夜が明けてから2人で何やら小声で相談していたのだけれど、それ以降一言も言葉を発していないのだ。
そんな2人が顔を上げて、そしてダンさんが話し始めた。
「今まで僕達の中で整理が着かなくて……というより、今もまだ着いていないんだけどね。昨日の夜、僕達が隠れていた離れにかなり近付いて来ていた魔物……が1人いただろう。あいつが持っていた剣、というか装備品に、僕達見覚えがあるんだ」
それは、テアレラの町の冒険者ギルドを拠点にしていた『銀の槍』という4級パーティで、ダンさんの知り合いのガナトラさんという人。
その彼なのだけれど、先日ようやくまとまったお金が貯まって、ずっと欲しかった業物の剣を手に入れることが出来たのだと喜んでいた。
ダンさん達の所にも自慢しに来たので、よく覚えていたのだそう。
そしてその業物の剣を、僕達が間近で見たあの魔物が持っていたとのこと。
剣の鞘や柄に特徴的な装飾があったので、どうやら見間違いということもなさそうだ。
そして剣だけではない。
あの魔物が着ていた軽鎧もまた、ガナトラさんが着ていたのと同じ物だとのこと。
ということはつまり……
「あの魔物がその、ダンさんの知り合いの人を殺して、剣や鎧を奪ったっていうことですか?」
ケウラさんの言葉に、ラルバさんが首を横に振る。
「いや違う、そうじゃねぇ。あの顔、だいぶ崩れて変わってたけど……間違い無くガナトラだった。ガナトラ本人だ。あいつ……ツタ人間になっちまったんだ!」
溜めていたものを吐き出すようにして言うラルバさん。
ツタ人間か。
言い得て妙だけど、まあそうとしか言えないよな。
それにしても、遠征隊に参加していたそのガナトラさんという人が、あんな姿に変わってしまったというのか。
ここで『白と茶のシマリス』のエイミーさんも「あの……」と手を挙げる。
「実は私も、あの魔物の中に知っている人がいて……」
彼女が言う人は、ランク3級パーティのキースという人。
以前その人からナンパされたことがあったので覚えていたらしい。
身に着けていた装備品は、その時と同じ物で確かに見覚えがある。
顔立ちも醜く変形はしていたけど、面影は残っていた。
ただしあまりにも突拍子も無い話で、自分でもまさかという気持ちが強かったため、今まで言い出すに言い出せなかったのだそう。
確かに正直、にわかには信じ難いことではあるけれど、一方で遠征隊が禁断の森に入った後からツタ人間が大勢ブラウン村に現れ出したという事実を鑑みれば、腑に落ちるところが無くもない。
元々禁断の森に潜んでいた魔物が遠征に刺激されて森から出て来たのではなく、森に入った遠征隊の人達があの姿に変えられてしまったということか。
「禁断の森に入った人は、ツタ人間になってしまう……?」
僕の言葉に、その場にいた全員がぎょっとした顔でこちらを向く。
「あの森には何かそういう、毒のある草か何かがあるということですか?遠征隊は皆その毒にやられて、あんな姿になってしまったと?」
「いやでも、それだったら助かった人がいても良いんじゃないッスか?何人か毒にやられるのを見ればやべえってわかるはずだし、200人もいたのが1人残らずやられるなんてことあるッスかね?」
おそるおそるという様子で尋ねてきたエアーナさんに、サムさんが反論する。
そこだ。
何か人をツタ人間に変えてしまう毒を持った植物でもあるのか、それともそういう能力を持った魔物がいるのか。
どちらにせよ200人からいた遠征隊の内、テアレラのギルドマスターただ1人しかその脅威から逃げ延びることが出来なかったというのは、一体どんな状況だったというのか。
遠征隊の中には高ランクの冒険者だっていたのだ。
そんな彼らが一網打尽にやられてしまうとは。
いずれにせよ禁断の森には、それだけの危険な何かが潜んでいるということは間違い無い。
そしてこの村の人が何人かツタ人間に森へ連れ去られているらしいのだけど、おそらくはその人達も、遠征隊と同じ運命になっていると考えて良いだろう。
禁断の森に入った人は、原因はわからないけどツタ人間になってしまう。
そしてツタ人間になった人は、これも理由はわからないけど夜な夜な森から出て来て、外の人間を森の中に連れて行こうとする。
昔のこの村でも、これと同じ様な事件があったんだろうか?
これがあったから、昔のブラウン村の人達は森を入ってはならない場所として、今まで誰も立ち入らせなかったのだろうか?
ともかく、これはいよいよ僕達はあの森に入るわけにはいかなくなった。
これ以上禁断の森についての突っ込んだ調査は危険が大き過ぎる。
アリサやユーナ、『風の流れ人』や『白と茶のシマリス』の面々の顔色を見るに、どうやら皆同意見と考えて良さそうだ。
というわけで僕は、ケウラさんとエアーナさんに向き直った。
「聞いての通りです。今回の一件は、やはり僕達の手には負えるものではないと考えられます。後は可能な限りの情報を集めた上で、このブラウン村からは撤退としたいと思いますので、その旨よろしくお願いします。その後は政府か、軍の方で対応していただくのが良いと思います」
「そう……ですか、やむを得ませんね。ただ、ギルドへの報告もありますので、出来る限りあの……ツタ人間の情報については集めていただきたく、お願いします」
「私からも報告は上げますが……軍で対応と言われても、一体何をどうすれば良いんでしょうか?」
そう言って困ったように頭をかくエアーナさん。
そんな彼女に、僕は考えをまとめながら答える。
「今は思いつきの段階で確証みたいなものはまだ無いんですが、少なくとも今まで何百年かの間、このブラウン村はあの禁断の森に呑み込まれることなく、一緒に生きてこれています。ということは、あのツタ人間の徘徊もいつまでもは続かないと考えられるんじゃないでしょうか。となれば、例えば一旦この村から住民を避難させて、森からツタ人間が出てこなくなるのを待つとか、いっそのこともうこの辺一帯を領主様の命令で立入禁止にしてしまうとか……」
でも完全に放置してしまうと、それこそ森が広がってきてしまう可能性もあると思うので、その辺りどうやって森と付き合ってきたのかはブラウン村の人達に確認する必要はあるだろう。
「なるほど……それにしても、思っていた以上に大事になってしまいましたね」
今後の事を考えてなのか、早くも疲れた表情になっているエアーナさん。
まあ無理もないか、実質この件を軍に丸投げしますって言ってるんだし。
そうしているところに、食堂の入り口から声がかかった。
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