21. かり の しょうさん
あけましておめでとうございます。
今年もコタロウをよろしくお願いします。
まさか普通に門の外へ出て行くとは思わなかったんだろう。
はっと我に返った副隊長さんや衛兵さん達の「おい、何をやってる!?」「バカか!?戻れ!」という声が聞こえてくる。
けど僕はそれには応えず、平原をこちらに向かってくる黒い影を見据えた。
それが目に入った瞬間、ぞくり、と背筋が総毛立つ。
まだかなり遠くにいるけど、この距離でもわかるその恐ろしい力。
バカか?って言われたけど確かに半端じゃなく怖いし、正気の沙汰じゃない自覚はある。
それでも……!
僕は衛兵さん達が飛び出してきて僕を止めようとする前に、身体強化を最大限に、シャドウタイガーに向かって歩き出す。
歩きから早足へ。
早足から駆け足。
そして駆け足からダッシュ!
シャドウタイガーも僕に気づいたようで、こちらに向かって走り出すのが見えた。
一気に縮まる彼我の距離。
疾走する中、遠目に一瞬かち合う僕とシャドウタイガーの視線。
そのトラの目に浮かんでいたものは、殺意でも敵意でもなく、嘲弄。
ああ、あいつ、僕のことを獲物と思っているな。
弱い獲物がトチ狂ったか、わざわざ喰われに出て来てくれたと。
なら同じ猫科のよしみで教えてやる。
猫は、勝算の無い戦いは決してしないと!
そう、こいつを仕留められるチャンスが有るとするならそれは今。
こいつが人間を舐めくさっている、今!
僕は走りながら、腰から右手にククリを引き抜く。
もう片方の左手は背中に隠す。
こみ上げてくるものを、強引に飲み下す。
恐怖にすくむのは後回し、今は相手の動きに集中しろ。
まだ遠くにあった黒い影のような姿が、一瞬ブレたように見えた次の瞬間、シャドウタイガーは僕のすぐ目の前に迫っていた。
まだ数百mは離れてたと思ったのになんていう速さ!
でも落ち着け。
勝負は一瞬。
確かに敵は速い。
でも猫科の戦い方、弱点、何を嫌がるかなら僕が誰よりも知っている。
トラの戦いは猫と同じで原則奇襲。
でも既に相対している今回それは無い。
真っ正面から突進して来て……ジャンプ!
そしてそこから両前脚の爪で相手を掴まえ、首を狙って噛み付き喉笛を喰い破る!
そして僕が狙うのはその瞬間!
シャドウタイガーの爪が僕に届くかのその時、僕は背中に隠した左手で腰のマジックバッグから先日作った火炎ビンを取り出し、火を付けずに相手の顔面に叩きつけた。
猫がトラになっても濡れるのが嫌なのは変わらない。
たとえ風の魔力の防御で自分には届かないとしても、水を嫌うのは本能的。
何よりもこれだけの至近距離から喰らえばかわせまい!
腕に空気がまとわりつくのを感じる。
まるで網か何かに絡め取られたかのような抵抗感。
これが風の魔力の防壁か。
でも、まだ動ける。
既に防御の内側に入っているからなのか、腕の先は動かせる!
腕に全身全霊の力を込めて、空気の抵抗を押し切る。
抵抗感が不意に無くなった。
全ては一瞬の出来事。
シャドウタイガーの顔面でビンが砕け、中の油が飛び散る。
全部とはいかないまでも多少の飛沫が敵の顔にかかった。
シャドウタイガーが思わず顔を背けたその僅かな隙に、僕は上体を思いきり反らし、身体を地面スレスレにまで落とす。
空を見上げる顔の上を、敵の巨大な爪が、続いて前脚が通り過ぎて行く。
僕はそこから右手に持ったククリを、トラの身体で1番柔らかい部分である腹に突き立て、そのまま一気に薙ぐ!
飛びかかった勢いのまま、真一文字に腹を切り裂かれるシャドウタイガー。
血と臓物を撒き散らして地面に激突し、絶叫を上げながら転げ回る。
震えながら1度立ち上がろうとはするものの、すぐにその場へ崩れ落ちた。
倒れたまましばらく痙攣していたけど、次第にその動きも弱々しくなり、やがてそれも動かなくなった。
お読みいただきありがとうございます。
また、評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
コタロウの「猫は勝算の無い戦いは〜」という発言ですが、もちろん例外もあります。
コタロウはオスなので実感が無かったのですが、母猫は子供を守るためであれば、たとえどんな相手であっても命をかけて戦います。
そして猫やトラが濡れるのを嫌がるというのも、実は個体差がある様ですね。
うちの子は雨はわりかし平気でしたが、シャンプーの時などはいつも大暴れをしています。




