34. たまご の ゆくえ
よろしくお願いします。
冒険者姿の僕とアリサとユーナは良いとして、身なりの良い大臣達は門で衛兵に見咎められはしないかと心配だったけど、特に声をかけられることも無く僕達は町の外に出ることが出来た。
先程の戦いで僕達は皆薄汚れた風体になっていたので、お祭りを見物に来たどこかの貧乏貴族が宿を取れずに野宿する、とでも思ってもらえたというところか。
南門の外では、話に聞いていた通り大勢の人達が野宿をしていた。
荷馬車の荷台で寝ている人や、地面に布敷いてごろ寝の人、テントを張っている人など様々だ。
僕達は野宿を装ってアルカール大臣達に「ここは混雑しているので、あちらで休みましょう」なんて声をかけながら、雑踏から離れた場所に移動する。
周辺の警備をしていた兵士がちらとこちらに目を向けてきたけど、特に話しかけられるようなことは無かった。
人気のない所まで行くと、僕達はマジックバッグから馬車を出して馬をつなぎ直し、ゴードンさんとユーナが馭者台に付いて、そのまま街道を南へ向けて出発した。
僕達が暴れたのもあって公王様の周囲は今混乱してるだろうから、その間に少しでもこの町から離れるのが先決だ。
ゴードンさんが手綱を取り、夜ということもあって周囲を警戒しながらゆっくり目に走る馬車の中、アルカール大臣が僕達に頭を下げた。
「今日のこと、心から感謝する。おかげで私もアルバートも、それからゴードンとグレイスも助かった」
「いえ、屋敷にも被害が出てしまいましたし、何よりもこんな大変なことになってしまって……」
1週間の護衛のはずが、思いもよらないことになった。
僕の返事に、大臣は首を横に振る。
「それはまあ、やむを得まいよ。護衛の冒険者にどうにか出来るような規模の話ではなくなってしまったからな。君達は護衛として、間違い無く我々の身を守ってくれたのだ。何も言うことは無い」
「そう言っていただけるとありがたい限りです」
「それで、閣下はこれからどうなされるおつもりですか?」
アリサの問いを受けて、アルカール大臣は居住まいを正して僕達を見据えた。
「それなのだが、申し訳ないが追加の依頼をさせてもらいたい。私達を、南のスカール公国の公都ボーンズまで連れて行ってほしい」
「スカール公国へ、ですか?」
頷く大臣。
どうやら隣国へ助けを求めるつもりらしい。
スカール公国の力を借りて政権の奪還を目指すのだろうか。
いやでも、そんなことしたら最悪戦争になってしまうし、そこまでして他国が助けてくれるとも思えない。
それに先程公城のパーティ会場で、アルカール大臣は政権に執着は無いみたいなことを言っていた。
となると……
「亡命……ですか?」
僕の呟きに、アルカール大臣は首肯する。
「うむ。スカール公国にはつてがあるから、我々はそれを通じてグランエクスト帝国へ亡命を図る。君達には協力してくれる者の所へ行くまでの護衛を頼みたい。もちろん報酬は追加で支払う。ゴードンにグレイス、お前はどうする、どこかで降りるか?お前達まで我々に付き合うことはない」
大臣が声をかけると、馭者台と車内からは落ち着いた返事が帰ってきた。
「我が家は代々ヴィクトリア家にお仕えしてきました。ここまで来たのであれば、もう何処まででもお供いたしますよ」
「アルカール様もアルバート様も、お世話をする者が必要でございましょう?私ももう家族もいない一人身ですし、皆様とご一緒させていただきます」
2人の言葉を聞いてアルカール大臣は「そうか、苦労をかけるな」と呟いた。
なんでもアルカール大臣、いざというときのために資産をルフス公国だけではなく、スカール公国やグランエクスト帝国などにも分散して保管しているらしい。
そこまでの備えをしているとは、用心深いというか抜け目がないというか。
逆にそれぐらいじゃないと、一国の国政を担う役職なんてのは務まらないということなのだろうか。
大臣の追加依頼に僕は頷いた。
「依頼をお受けいたします。急ぎましょう、まずは一刻も早くエレストアから離れないと」
断る理由は無い。
というより、そんな選択肢は無い。
今の僕達はもう、このルフス公国の中ではお尋ね者状態だ。
今さらこの国の中を呑気にふらふらなんてしてられない。
水は僕とユーナが魔法で出せるし、保存食はマジックバッグの中にある程度の備蓄がある。
なのでもう町などには寄らず、捜査線が敷かれる前に一気に国境を越えてしまうのが良いだろう。
しかし、とここでアルカール大臣は表情を険しくする。
「結局、『マジャル・ハランド』は奪われてしまった。もしも考え無しにあれを使われたとしたら、それはこの国だけではなく、大陸の存亡に関わる事態になる。それだけはなんとしても阻止しなければならんが……」
……そうだそれがあった。
「あ〜っと……すみません、その話なんですが……」
「?」
おそるおそる言葉を発した僕に、アルカール大臣は怪訝な顔を向けてくる。
僕はそんな大臣の隣で、流石に疲れたらしくうとうとと眠そうにしているアルバート様に声をかけた。
「アルバート様、カマタマを出していただけますか」
「……ん?うん……」
「カマタマ?」
僕の言葉に頷いたアルバート様は、目をこすりながら懐から首にかけた小さな布袋を取り出す。
袋の中から出てきたのは、大きさは赤ちゃんの握りこぶしくらいで、銀色の金属で作られた台座に固定された楕円形の、漆黒の石だった。
出てきた石を見て、呆気に取られた顔になるアルカール大臣。
「私の目がおかしくなっているのでなければ……それは、『マジャル・ハランド』か?」
「は……はい」
「……なんでここにある?」
「こ……こないだ見せていただいた時に……ちょっと」
それはちょっとした出来心みたいなものではあった。
敵がカースドキマイラの卵を狙っているのではないかという想定があった僕。
万一屋敷が襲撃されて『マジャル・ハランド』の入った金庫が奪われる、なんて事態があり得ないとも言い切れないよなあ、なんてことをふと考えて、せっかく物が目の前にあるのだからと金庫の中身を入れ替えてみたのだ。
とはいえ勝手に僕が保管するのもどうかと思ったし、盗み目的と思われるのも嫌だったので、金庫から出した『マジャル・ハランド』は袋に入れてアルバート様の首にかけ、常に身に着けておいてもらうことにしていた。
アルバート様なら基本屋敷から出ないわけだから、どこかに行ってしまうことも無いだろうとは思っていたし、アルバート様なら『マジャル・ハランド』を怖がったりする様子も無い。
もちろん何事も無く護衛の期間が終われば、アルカール大臣に話して元に戻すつもりだった。
預かってもらう際、アルバート様と取り決めた合言葉は『カマタマ』
「カースドキマイラのタマゴ」を縮めて『カマタマ』だ。
ちなみに金庫の中に代わりに入れておいたのは、僕が実家の倉庫から持ち出して来た紫色の宝石。
売ればそれなりのお金にはなるのだろうけど、何か特別な効果や謂れがあるような物ではないし、またそこまで法外な価値のあるものでもない。
要は敵には偽物を掴ませたと、こういうことである。
僕の話を聞いたアルカール大臣、脱力したように肩を落としてため息を吐く。
「つまりはあれか?君達は先程の戦い、死力を尽くして空の金庫を奪い合っていたというわけか?」
「一応空ではなかったですし、どちらかというと皆様が逃げるための時間稼ぎがメインだったかなあと……」
もちろんあの場であの4人全員倒せればそれに越したことはなかったのだけれど、当然というかなんというか、そう上手くはいかないもので。
流石は一国の軍を預かる将軍だ。
真っ向勝負なんかしてたら、間違いなく僕達は敵わなかった。
「『マジャル・ハランド』が奪われずに済んで、これは当然喜ぶべきことではあるのだが……何故だろうな。今は腹立たしい気持ちの方が勝っている……」
「意地が悪すぎるのではないかとは、私達からも言ったのですが……」
横でアリサが、再び船を漕ぎ始めたアルバート様を抱きながら申し訳なさそうにしている中、アルカール大臣は、不満と安堵と呆れの入り混じった視線を、僕に向けるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。




