32. ついげき の おわり
よろしくお願いします。
長ゼリフがあります。
「逃しはしません!!」
「グワァアァアウッ!!」
真夜中の貴族街の通りを疾走しながら、僕の放つククリの斬撃と、セーラ近衛隊長の繰り出す連続突きが交差する。
雨のような攻撃だ。
ククリを二刀流にして手数を増やしても捌ききれない。
「ぬうんっ!!」
「グ……ゥッ!」
横ではアリサがレッガー将軍と斬り結び、そして彼の剛力を防ぎきれずに弾き飛ばされている。
アルカール政務大臣の屋敷から出た後、僕達はすぐさま追い付いてきたレッガー将軍と、セーラ近衛隊長の攻撃をしのぎながら、なんとかしてその場を逃げ出そうとしていた。
ユーナの矢の援護を受けつつ2人から距離を取ろうとするけど、両人共どこまでも食らいついてきて振り切るチャンスが掴めない。
僕達を厄介な敵として、ここで確実に仕留めておくつもりなのか。
「思った以上に粘るではないか!だが!!」
僕達のかいくぐるレッガー将軍の大剣が、セーラ隊長の槍が、周囲の屋敷の門塀を打ち砕き、通りの石畳に大穴を開けていく。
夜中なのと貴族街なのとお祭りの最中で、周囲に人気が無かったのは幸いか。
通行人が戦いに巻き込まれて被害など出ようもんなら、それこそ目も当てられない。
周辺に兵士が展開している様子は無さそうだけど、アルカール大臣達は無事に逃げられただろうか。
大臣達も心配だけど、今はそれよりも僕達自身。
今の状況ははっきり言ってかなりの絶体絶命だ。
戦っているうちに、敵と僕達との間の実力差が如実に現れてきている。
敵の2人もそれには気付いているようで、表情に余裕が出てきているのが見て取れる。
今着ている高ランクモンスター素材の装備が無かったら、ここまで持ち堪えることすら出来なかっただろう。
とはいえ、しのげているのも今だけのこと。
このまま追撃が続けば、そう遠くない内に限界がくる。
レッガー将軍の気合い一閃、防ごうとしたアリサの大剣が真っ二つに叩き折られるのが見えた。
ユーナの矢ももう残り少ない。
進退窮まりながらも僕達は通りを走り抜け、最後に転がり込んだのは先日僕とアリサが『ダブル・ゼロス』と戦った、貴族街の外れの廃倉庫だった。
下見に来た時は持ち込まれた武器や酒や食べ物などで散らかっていた倉庫内だけど、今は警備隊に片付けられて床には何も残ってはいない。
そんながらんとなった倉庫の中、距離を取って対峙する僕達と将軍達。
この倉庫には裏口のようなものは無いみたいで、もう逃げ道は無い。
ユーナの矢筒は既に空で、残る矢は弓につがえている1本のみ。
アリサは未だに構えを崩してはいないものの、相手に向けた閃火玉の大剣は中程から折られ身体のあちこちには傷を負い、表情には消耗の色が隠せない。
そしてそんなアリサの肩に縋って荒い息を吐く僕。
そんな追い詰められた僕達を見据え、レッガー将軍とセーラ隊長が声を上げた。
「終わりだな!冒険者!!」
「我々相手にここまで戦ったことは褒めてあげましょう。あの世での誇りになさい」
セーラ隊長の言葉に、アリサは息を乱しながらも鼻で笑ってみせる。
「……笑わせるな。テロと盗人と、子供を殺すのに血眼になっているような連中相手に、一体何を誇れと言うか」
アリサの言葉に、眉をひそめる2人。
「大局を見る目を持たぬ冒険者には言っても詮無きことであるが、全てはこの国の未来の為である。根無し草の貴様達は知らぬのだ。この国を狙うグランエクスト帝国の侵略に、ラネット神聖皇国の介入に、何よりもローザリア王国の暗躍に、我らが長年、どれだけの辛酸を舐めてきたか。我等はこの国の未来のため、幾度も軍備の増強を政務大臣に進言した。強き国を作るよう求めた。だが、それが受け入れられることは無かった。残念だが、ヴィクトリア閣下は危機感が足りてはおらなかったのだ」
ぎり、とレッガー将軍が歯を食いしばる音がする。
「ただの観光を産業とした平和な国とでも思っていましたか?この国がそうなったのはごく最近のこと。そしてその光景は公王陛下をはじめ、王族の方々の流す血によって作り上げられたものです」
静かな口調ながらも、セーラ隊長の声ににじみ出る怒りの感情。
「生まれた姫は年端も行かぬ内に次々他国へと送り、時には罪無き部下を切り捨てて他国に阿り、そうやってこの国は命を繋いできた。気ままに日々を暮らすだけの貴方方には想像も出来ないでしょう、5歳にもならない身で親元から引き離されて、他国に嫁がされる姫の泣き叫ぶ声を、そんな姫を見送らねばならない王族の方々の悲嘆を。そしてそんな状況を知りながら、ヴィクトリア閣下は行動を起こさなかった。まずは民を富ませる、飢える国民を無くすと言いながら、苦しむ陛下や、王族の方々からは目を背け続けた。最早ヴィクトリア閣下に、王家の命運を委ねることは出来ません」
セーラ隊長が、王族の人達を可哀想に思う気持ちは理解出来る。
でもそれは、この国に限った話ではない。
アト王国でもどこの国でも、そして王族でも貴族でも、多かれ少なかれ行っていることだ。
同盟や援助、そして婚姻などを通じて周りの国と仲良くする。
戦争になどならない関係を、有事の際には助け合える関係を築く。
それだってれっきとした国防だ。
それに、アルカール大臣がこれまで行ってきたことがあるからこそ現在の、この盛大なお祭りを開催出来るルフス公国になっているんじゃないのか。
「この政権奪取を期に、我が国は真の強国へと歩み出す。それが公王陛下のご意思でもあるのです」
自分のやっていることが正しいと心から信じているのだろうか、冷静な口調で語るレッガー将軍とセーラ隊長に、ユーナは変わらず軽蔑した目を向けている。
「それで、強い国になるために他所の国からチンピラ集団を連れてきて街の人達に迷惑かけまくった上に、たった5歳の子供を見せしめに殺すって?そんなことするような人達が、一体どんな国を作るっていうの」
「あの秘書の、ブライとか言ったか。奴の狙いはこの国の栄華などではなく自身の功名だ。大臣を斥けてその後釜に座って、称賛を浴びる自分を夢想しているだけだ。それは貴方達にもわかっているはずだ。本当に、あんなのが今よりも良い国、強い国を作れると考えているのか?」
煽るように言葉を重ねるユーナとアリサ。
「ロデン男爵も、それにあの無頼者達も最初から当てになどしてはいません!いざとなれば、私達がこの手で……!」と声を上げるセーラ隊長を、横からレッガー将軍が制止する。
そして、大剣を握る手に力を込めながら僕達に向き直った。
「匹夫に大夫の志はわかるまい。無駄話はここまでだ。時間を稼ぐつもりだろうがそうはいかん。最後の慈悲だ、何か言い遺すことがあれば聞いておいてやろう」
「バーカ」
僕の返事に一瞬呆気にとられた2人、でもその表情にはすぐに怒りの色が浮かぶ。
「……せっかくの情けも無駄だった様だな。良かろう、望み通り今ここで、引導を渡してくれる!」
「……!」
僕達が身構えると同時に、レッガー将軍とセーラ隊長がこちらに向かい走り出した。
ただでさえ実力差があるのに加えて、こちらは消耗しきっている。
このまま戦えばやられる。
あとは……!!
と、武器をかざして突進してきた倉庫の中央付近で、2人が踏み出したその足元が沈んだ。
「うお!?」
「な!?」
それはこの2日間かけて、アリサと僕でこの廃倉庫に作っていた罠、落とし穴。
本当ならこんな罠に引っかかるような人達ではないのだけれど、今は夜で周囲が暗いことと、戦闘中で僕達に意識が向いていたことで足元には注意が行かなかったらしい。
そろって大穴に転げ落ちるレッガー将軍とセーラ隊長。
すかさずアリサが手に持っていた折れた剣を、僕がククリを、それぞれ壁の柱に向けて投げつけた。
柱に結び付けられたロープが切断され、天井に張られていた網が落下する。
それは万が一にということで、アリサにも呆れ顔をされながら張っていた最後の仕掛け。
2人が落ちた穴の上に大量の土のうが降り注ぐ。
脱出も間に合わず、轟音と土煙と共に生き埋め状態になる2人。
やったか!?いやまだだ!
僕は残った体力を振り絞って、穴の周囲にクロウ共和国での盗賊討伐にも使った大型ボトルを2本設置。
続けて赤ボトルを取り出し着火して大型ボトルに叩き込む。
着火から爆発までに時間のかかる大型ボトルだけど、実は裏技がある。
赤ボトルや黄色ボトルなど、魔石の入った他のボトルを投げ込むと、投げ込んだボトルに入っている魔石の魔力が呼び水のようになって、爆発までの時間を短縮することが出来るのだ。
ただ少しでも逃げ遅れると、今度はこちらが大型ボトルの大爆発に巻き込まれることになるので、これを使うのは本当に最後の手段と決めている。
「逃げて!!」
僕のかけ声以下、3人で倉庫の正面出口へと走り出した。
後ろで何か重い物が吹き飛ぶような音と「小癪な、このような小細工で!」という怒声。
それを背中に聞きながら外へ飛び出すと同時に大型ボトルが発火、倉庫の中全面を覆う、炎と雷撃の入り混じった大爆発が巻き起こった。
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