26. さくりゃく の よそう
よろしくお願いします。
僕達の話を聞きながら、無言で何かを考えていたアルカール大臣。
やがておもむろに動き出すと、馬車を走らせている馭者さんに声をかけた。
「ジェフ、何が起こったかは聞いたか」
「は、はい。こちらの女の方から……」
「残念ながら、私とアルバートはこの国の敵になってしまった。ジェフ、この馬車を屋敷の前で停めたら、お前はそのまま逃げるのだ。私の指輪を渡しておくから、売ればそれなりの金になるだろう」
そう言いながら大臣は、自分の指にいくつかはめられていた指輪を2つ程抜いて、馭者台の小窓から外に差し出す。
「お前は急いで家族とこの町を出て、他の町でそのままほとぼりが冷めるまで身を隠せ。このようなことになってしまい、すまなく思う。それから、今まで我がヴィクトリア家に仕えてくれたこと、心から感謝する」
「旦那様……!」
「私達のことは気にせず、自分の身を守ることを一番に考えろ。これまでの長い間、世話になった」
「は……はい」
色々なものを押し殺した返事を最後に、御者台からは何も聞こえては来なくなる。
皆が一瞬黙り込んだところで、ユーナが口を開いた。
「それにしてもコタ、キミの予想で、最悪なのが当たっちゃったね」
「ゴードンが言っていたあれか。話は聞いていたが……」
「まあ、1番肝心なところが外れてたわけだけど」
僕が昨日考えた、ローザリア王国がこのルフス公国を落とす手段の予想というのが3つある。
咄嗟になんとなくで思いついたものなので、色々と穴があるのは勘弁してもらうとして。
共通しているのはまずはこの町の無法者達や反社会的勢力を雇うなり煽るなりして、建国祭の最中にトラブルを大量発生させる。
実際のところはローザリア王国で壊滅状態になっていたストリートギャングの『ダブル・ゼロス』を使ったわけだけれど、そんな連中をどのようにして連れて来たのかはわからない。
そしてただでさえ大規模なお祭りで大忙しの警備隊や軍の現場が、その対処に追われて疲弊したところで行動を起こす。
1つ目。
武装した『ダブル・ゼロス』が警備の隙を突いてアルカール大臣の屋敷を襲撃し、大臣の命を奪うかもしくは重傷を負わせる。
最低でも屋敷に大きな被害を出す。
政治の指導者がそうした惨禍に見舞われれば、当然政府は多少なりとも混乱する。
そしてこの国の政府が混乱している隙を突いてローザリア王国が政治介入、もしくは王国の軍が侵攻して公都エレストア及び公城を制圧するというもの。
2つ目。
『ダブル・ゼロス』が大臣の屋敷を襲撃というところまでは一緒。
ただしメインの狙いを『マジャル・ハランド』をはじめとしたヴィクトリア家に保管されている宝物関係とし、この国を実質支えているアルカール大臣政権の醜聞作りと弱体化を狙うというもの。
方法としては、屋敷襲撃の際実行集団の中に工作員を数人混ぜておき、混乱に紛れて彼らが目標の奪取を担当する、みたいなところだろうか。
カースドキマイラの卵を手に入れたとなれば、周辺の国への威圧などにも使えるだろう。
僕が戦った奇声男や覆面の襲撃者などは、それを狙って動いていたんじゃないかという考えだ。
3つ目。
『ダブル・ゼロス』が大臣の屋敷……に限らず、どこか貴族の屋敷とか重要施設か何かを襲撃。
でもこの国の軍は、建国祭とそのトラブル対応に追われて手が回らない。
そこで治安維持のため、近隣の貴族か、地方に展開している軍を呼び寄せて人員補充に充てる。
先日レッガー将軍が言っていた「足りない人手の補充として近場の貴族の軍を呼び寄せる」というのがそれだ。
ローザリア王国がやるのは、この貴族や軍を事前に調略しておくこと。
応援で来たはずの軍隊が、エレストアに入った途端敵に早変わりして町を制圧。
後はローザリア王国が軍を送って政府を傘下に置くなり、傀儡政権を立てるなりするという寸法だ。
ただこの方法には1つキーポイントがある。
貴族の軍の調略もだけど、それよりも前から政府内に内通者がいるというのが前提になるということ。
しかもこの状況からすると、レッガー将軍が内通者ということになってしまう。
だからこの予想については、正直微妙なところだと思ってはいたのだけれど……
まさかローザリア王国ではなく、この国自体が敵に回っていたとは、さすがに思いもよらなかった。
軍はその全部が今回の企てに賛同しているのか、他にアルカール大臣の味方についてくれそうな人はいないのかとも思ったのだけれど、大臣の話によれば他の主だった将達はそのほとんどが、先日からのドルフ王国の騒動などもあってここエレストアを離れている状況なのだそう。
なるほど、そこを狙っての決起だったか。
「閣下とアルバート様は、これからどうされるんですか?」
僕の問いかけに、アルカール大臣がちらりとこちらを見る。
「そうだな……」
今現在僕達は、貴族街の一角にあるアルカール大臣の屋敷に向かっている。
こんな状況だから、このまま町を出てどこか他所で信用出来る人を頼るというのも、1つの手だと思うのだけど。
僕がそう言うと、大臣は首を横に振った。
「切羽詰まった状況というのは理解しているが、どうしても回収しなければならないものがある。先日君達に見せた『マジャル・ハランド』だ。あれとあの封印を解く鍵が悪意ある者の手に渡れば、それはこの国だけではなく世界の破滅につながる」
あああれか。
確かにカースドキマイラなんてのは記録を見るだけでも人の手に御せるようなものではないし、悪意があろうがうっかりだろうが、封印が解かれれば甚大な被害が出るのは明白だ。
いや、でもあれは……
僕がアルカール大臣に話しかけようとしたところで、先に大臣が言葉を続ける。
「それに先程のパーティ会場では、ヴァッテン隊長やマウント将軍、それに私の秘書のブライの姿が見えなかったのが気になる。思い過ごしならば良いが……」
もしも連中が『マジャル・ハランド』も狙ってるとしたら、今頃それを奪い取るためにアルカール大臣の屋敷に押し込んでいる可能性があるか。
もしそうならゴードンさんを始め、屋敷で働いていた人達にも被害が出ることになる。
とはいえ……
「閣下、あのですね……」と僕が言いかけたところで、馭者台からアリサの声がした。
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