24. こうどう の かいし
よろしくお願いします。
残酷な描写があります。ご注意ください。
また、長ゼリフがあります。
僕はベンチに腰かけたまま、じっと動かずに耳を澄ませてホールの中の様子を探る。
会場内では公王様とその公王様に付く貴族達が、口々にアルカール大臣を糾弾していた。
「ルフス公国建国当初より、この国の政は畏れ多くも公王陛下を差し置いてヴィクトリア家が一手に牛耳ってきた!だがそれもこれで終わる。この夜をもって貴家の時代は終わるのだアルカール殿」
「ヴィクトリア家など、所詮は帝国から流れて来た他所者に過ぎん。そんな者が、栄えある我が国の国政に関わっていたことがそもそもの間違いなのだ。長きに渡り政を思うままに操り私腹を肥やしてきたが、そのようなことがいつまでも許されるとは思わぬことだ」
「今までの我が国の政は歪に過ぎたのだ。その歪んだ体制を是正し、公王たる余が政を行う、正しき形に戻す時がついに来たということだ政務大臣殿」
「貴殿は、民草を甘やかし過ぎる。平民など、放っておいても勝手に生えてくる雑草のようなものだ。それを国を富ませるという名目の下、一体どれだけ国の金を注ぎ込むつもりなのか。国の礎は畏れ多くも公王陛下であり、我ら貴族がお支えしてこそこの国は成り立つのだ。貴殿のような誤った政など、いつまでも許されはせぬと知るが良かろう」
でもそれに対して、アルカール大臣はあくまでも淡々と言葉を返す。
「結構。代わりに誰かがやってくれると言うなら、私はすぐにでも政務大臣の座を譲り渡しましょう。私が就任している政務大臣という役職は、他ならぬ陛下によって任命されたもの。この場にて一言、お前の役目は取り上げるとご下命くださればそれで済みます。前々から仕事にかまけて息子と過ごす時間が少ないと感じていたところ。喜んで隠居させていただきますとも」
「残念ながら、そなたを隠居させてそれで終わりというわけにはいかないのだよヴィクトリア大臣。国民には、これからこの国が変わるということを明確に示す必要がある。旧きものを捨て、我がルフス公国が新たな道を進んで行くということをな。それがそなた達だ。今まで長きに渡って国政を私物化してきたヴィクトリア家、それに連なる者達であるそなたとそなたの息子の処刑を以て、我が国は次なる道へと踏み出すのだ」
公王様の言葉に続いて、「そうだ!」「その通りだ!」という声が増えていく。
アルカール大臣と、アルバート様を……処刑!?
いきなりの発言に驚く僕。
そんな、政権の譲渡で処刑までいくか!?
戦争とか軍事クーデターなどの際に、制圧した政府の責任者を粛清なんてのは確かに聞く。
けど、今回はそこまでのことだろうか。
あ、もしかしなくてもあれか、公王派の正当性を誇示するのと合わせて、これまで自分達がやってきた例えば失政やら汚職やらの責任を、全部まとめてアルカール大臣とアルバート様に押し付けてしまおうとか、そういう狙いかな。
外で聞いていた僕も驚いたけど、当事者であるアルカール大臣はもっと驚いたはず。
でも大臣は努めて冷静に返事を返す。
「誠に畏れ多きことですが陛下、私も政務大臣であると同時に1人の子供の父親であります。私の一命を以て、これまでの拙き政の責任を取れというのであれば甘んじてお受けいたしましょう。ですが、そのような茶番劇のために1人息子の命までもを差し出せなどというお言葉には、断じて承服いたしかねます」
アルカール大臣の返答。
それから一瞬間を置いて、会場内で一斉に激高の声が上がる。
おかげで静かに話しているだろうアルカール大臣や公王様の声は聞き取り難くなった。
合わせてがちゃがちゃと鎧の鳴る音もする。
アルカール大臣とアルバート様を拘束するために、兵士達が間を詰めているんだろう。
どうするか。
はっきり言ってもう猶予は無し。
合図を待たずに、もう動くべきか……!
そんなことを思っていた僕の耳に、ホールの中からの小さな声が届く。
そしてその声が聞こえてきた瞬間、僕は勢い良くベンチから立ち上がった。
それは、アルバート様が小声で歌う歌。
僕が教えた前世の歌。
朝の空気の中、池やその周囲に咲いた花の周りをミツバチが飛ぶ歌。
短い歌ではあるけど覚えやすい。
僕の前世の歌にも興味を示したアルバート様にはこの歌を覚えてもらい、もしも何か変事が起きた時、アルバート様やアルカール大臣の身に危険が迫った時は、この歌を歌うようにお願いしてある。
多少小さな声であっても、僕の猫聴覚なら聞き取れる。
そして周囲が喧騒に包まれていたとしても、メロディーに乗せた歌声というのは案外耳に届いたりするものだ。
だから僕はじっとベンチに座って動かず、何もしていない体でホールの中の音に注意を払っていた。
そして今、アルバート様がパーティ会場でこの歌を歌っている。
僕達に、助けを求めている!
僕は立ち上がりざま隣のユーナに「青ボトル!」と叫び、言葉の通りにマジックバッグから青ボトルを取り出して、ちょうど僕の目の前にいた兵士に向かい投げ付けた。
突然動き出した僕達に、驚き動揺する兵士の顔面で青ボトルが爆発。
皮膚を溶かす薬を顔に浴びて、兵士が絶叫を上げて地面に転がる。
武器のほとんどを馬車に残して来ている僕達だけど、火炎瓶数本は衛兵にさっと見せて「飲料水」と誤魔化して持ち込んでいたのだ。
続いて僕は爆発を避けて跳び退いているユーナに「黄色ボトル!」と叫び、取り出した黄色ボトルを地面に叩き付けた。
目を庇うと同時に、ボトルから放たれた閃光が視界を真っ白に埋め尽くす。
光をもろに覗き込んだ周りの兵士や護衛達の悲鳴の中、僕は「オレンジボトル!」と叫び、ユーナが手で口を庇うのを横目に見ながら兵士達の足元に向けオレンジボトルを投げる。
視界が潰れているところにさらに唐辛子入りの辛い煙を吸い込んで、周囲にいた人達が顔を押さえて咳き込んでいる。
これでしばらくは動けまい。
離れた場所にいて閃光や煙を逃れた兵士達が駆けつけてくる前に、僕は「赤ボトル!」と叫んで、着火した赤ボトルをホールの大窓に叩き付けた。
ホールの外壁で爆発が起こり、窓があったところに大きな穴が開く。
開いた穴から僕とユーナがパーティ会場に飛び込んだのとほぼ同時に、ホール入口の大きな扉が轟音と共に弾け飛んだ。
見るとそこには城の衛兵1人を小脇に抱えて、丸太か何かのごとく振り抜いた格好のアリサの姿。
後ろにはなぎ倒された兵士達が転がっている。
先程の爆発の音を聞いて、彼女もすぐさま動いていたらしい。
ていうか、大剣もメイスも無いからって、近場にいた兵士を捕まえて武器にしたのかあの人は。
アルカール大臣とアルバート様の下に駆け寄りながら、僕は横目で公王様の方をちらと見る。
突然の出来事に愕然とした表情を浮かべているその顔立ちは、整ってはいるもののそこまで何か惹きつけられるような感じはしない。
「閣下!」
「コタロウ殿!」
「逃げますよ!!」
「きっ、貴様ら、陛下のごぜ「黄色ボトル!」」
公王様の側にいた貴族が口を開くも最後まで言わせず、僕は叫ぶと同時に着火した黄色ボトルを床に叩き付けた。
抱えていた兵士を投げ捨てたアリサがアルカール大臣を、ユーナがアルバート様を庇うと同時に起こる光の爆発。
周囲で悲鳴が上がる中追加で床にオレンジボトルを叩きつけ、僕達はアルカール大臣とアルバート様を抱えて、会場内から一目散に逃げ出した。
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます




