17. ぶき の ちゅうもん
よろしくお願いします。
僕は武器屋に行く途中で大きめの装飾品のお店を見つけたので、寄ってアディールから返されてきた短剣を売った。
家に置いといてもしょうがないのでリュックに突っ込んできた物だけど、人から返された物を別の誰かにあげるってのも失礼だし。
売値は銀貨2枚。
買値からすればまあこんなものかなって金額。
死んだ妻の形見なんですとお店の人に嘘吐いて泣き真似もして見せたけど、買い取り額はそれ以上は上がらなかった。
よくいる手合いなのかもしれない。
小腹が空いたので屋台で、肉の串焼き5本と野菜の串焼き7本と茹でた腸詰め6本とスープ2杯とジュース1杯などを買って食べながら歩いたので、そんなこんなで武器屋に着いたのは夕方頃。
え、食べ過ぎ?
そんなことしてるから遅くなる?
しょうがないじゃんお腹空いてたし。
そんな時に美味しそうな匂いさせてるのが悪いんだ。
にしてもこの町は内陸にあるので、食べ物はやっぱり肉が中心。
魚も一応ある様だけど川魚が中心で、流通している量も種類もはっきり言って少ない。
魚食べたいなあ。
肉も好きなんだけどやっぱり魚が食べたい。
魚魚魚。
マグロはどこだ。
アジを所望する。
誰か僕にヒラメをくれ。
なんならトビウオでも良い。
がつん。
よし、少し落ち着こう。
手ごろな壁に打ち付けてたんこぶの出来た頭をさすりながら、僕は改めて目の前の武器屋を見る。
武器屋というより鍛冶屋だろうか。
表通りからは少し外れた所にあって、正直あまり繁盛しているようには見えないけど、こういう店が実は狙い目。
手が空いてる分、こちらの要望にけっこう応じてくれたりするのだ。
表通りにある大きくて客でごった返してるような店だと、既製品を売るのがメインになるので、あまり細かい注文は受けてくれないことが多い。
店に入ると、奥のカウンターから低い声でいらっしゃいと声がかかった。
薄暗い店内の壁には、剣や槍を中心に様々な武器が展示されている。
カウンターにいるのは、強面でがっしり体型のおじさん。
店主さんかな?
「すみません、剣見せてもらってもいいですか?」
「ウチは日没で閉めるがそれまでならいいぞ」
僕はおじさんにありがとうと言って、展示されている剣を眺めた。
うーん、やっぱり片手剣は長剣が基本か……
短剣……僕の戦い方だとちょっと微妙……
大型ナイフだったら……それでも短すぎるなあ……
「お前さんは冒険者か?剣の探し物かい?」
剣と短剣を見比べながら唸っている僕に、店主さんが話しかけてきた。
「片手剣の短めの物がないかと思って。今はこれを使ってるんですけど、僕の戦い方だと少し長すぎるもので」
僕は店主さんに持っていた長剣を差し出した。
店主さんは剣を軽く確認してから僕を見る。
「ふむ、手入れはされてるみたいだが……どれぐらいの長さのがいいんだ?」
「刀身が僕の肘から手首くらい。あと、刺すより斬るのに向いているもの」
「半端な長さだな。剣にしちゃ短えし、ナイフにしちゃ長え。短剣なら長さ的にはいいが、あれはどっちかというと刺すための剣だしな。そんなおかしな剣は……ああ、あるとすりゃそこだな」
店主さんが示したのは山刀の棚。
野山で草や木を切ったり、獲った獲物の皮を剥いだりするのに使う多目的用の刃物だ。
へー、山が近いからこういうのも売ってるのか。
うん……これくらいの長さなら良い感じ。
僕は何本か長さを確認して、気に入った1本を店主さんに差し出した。
「こんな感じのを武器として作ってもらうことは出来ますか?」
店主さんは山刀を受け取ってしげしげと見る。
「草木を刈る刀を武器にねえ……あまり聞かねえ話だが、武器用の素材で作りゃいいのか?」
「あと刀身をもう少し幅広く厚めにして、刃を内側に浅い『く』の字の形に曲げてほしいです」
僕は「こんな感じで」と紙にイラストを書きながら説明した。
「ふーむ、見たこともねえ形だな。まあ急ぎの仕事もねえしかまわねえんだが……予算は?」
「金貨10枚。足りなければもう少しいけます」
「金貨10枚か、今ウチにある物だと黒曜鉄か黒曜鋼だな。黒曜鉄ならひとつ金貨3枚、黒曜鋼ならひとつ金貨5枚でやってやる。黒曜鋼の方が上質にはなるが、黒曜鉄でも十分武器として使えるし、普通の鋼よりも頑丈だ。魔物の素材とかがいいなら取り寄せに時間がかかるし、値段も取り寄せてからの相談になるが」
「黒曜鋼で2本お願いします」
僕は即答した。
命を預ける物なんだから、こういうのはケチってはいけない。
一方で魔物の素材となると、どういう物があってどれが良い物なのか、僕にはまだよくわからない。
ちなみに何故こんな変わった形をリクエストしたのかというと、猫が爪で切りつけるのと似た感覚で使えないかなと思ったから。
剣術を習った今でも、1番しっくりくるのはやっぱりあの感覚なのだ。
以前からこういう剣が良いなというのは考えてはいたのだけど、実家にいた時は周囲から騎士としての剣を求められていたというのと、自分で剣をオーダー出来る程のお小遣いももらえてはいなかったので手が出せなかった。
今の僕は冒険者だからどんな武器を使おうが自由だし、お金にも余裕がある。
2本注文したのは予備と、場合によっては両手に持つ、いわゆる二刀流で使うこともあるかと考えたため。
最初は草刈り鎌を武器にアレンジして二刀流~とか思ったけど、どう考えても使い難いので止めた。
あんまり爪爪言ってると、今度は逆に今世で学んだ剣の技術を活かせないし。
にしても改めて見るとこの形、こんな感じの武器を確か前世の映画か何かで見たような?
なんて名前だっけ……く……く……栗?
……ククリか!
ククリ刀だ!
せっかくだし名前か何か付けようか?
……めんどくさいしククリでいいや。
新しい剣は出来上がるまでに半月程かかるそうなので、前金で金貨5枚払って、ついでに研ぎ石など手入れ用の道具一式注文して店を出た。
駆け出しの冒険者なんかは特に、メンテナンスは店任せ。
もしくは手入れなんかしないなんて人が多いそうで、手入れ道具を買う冒険者は珍しいとのこと。
店主さんは驚く反面どこか嬉しそうだった。
僕は前世の時から武器の手入れには熱心な方だ。
世の猫達はよくソファで武器の手入れをして家族を泣かせたりするそうだけど、僕はそんなことをしたことは無い。
もういい時間だったので宿に戻って夕食。
普通の料理屋と同じでお金を払って食事を出してもらう。
値段は1食銅貨1枚。
いわゆるメニューみたいなものはない。
その日の仕入れによって出来る物も変わるので、そこは当然といえば当然。
酒場を兼ねているような宿の食堂なら、選べるメニューもあるしお酒も置いてたりするけど、この宿はそういうのはない。
ただし外から持ち込んで食堂で飲み食いするのは自由。
今日の夕食はパンとシチュー。
やっぱりこういう所で出される料理は煮込み料理が多い。
なんせ手間をあまりかけずにそこそこ美味しい物を、それも1度にたくさん作れるのが大きい。
ただ昔実家で聞いた話では、場所によっては恐ろしい料理が出てくる所もあるんだそうな。
どんな風に恐ろしいのかは、教えてくれた人がそこまで話した所で、脂汗を流して固まってしまったのでわからない。
世の中には、知らない方が良いこともあるってことなんだろう。
それにしても教えてもらったとおり、ここの料理は美味しいなあ。
おかわりってありなのかな?
え、さっき屋台で大量に食べといてまだ食べるのかって?
何を言うのです、あれは別腹に決まってるじゃありませんか。
食事の他には黒銅貨を何枚か払えば、身体を拭くためとか洗濯のための水やお湯をもらえる。
僕はとりあえずは必要無いので、食事が終わったら部屋に戻って、生活魔法『クリーン』で身体と服をきれいにした。
この魔法、名前の通り対象物の汚れを落とす魔法。
この世界には日常的な入浴やシャワーの習慣が無いことを知った僕が、必死こいて探し回って習得したもの。
王族や大貴族、大商人のような相当お金持ってる人達じゃないと、毎日のようにお風呂に入るなんてとても出来ない。
大きな町であれば公衆浴場なんてのもあったりするんだけど、あくまでも汚れを落とすための場所であるのと、1週間ぶりとか1ヶ月ぶりに汚れを落とす人が大勢入りに来るから、はっきり言ってお湯もかなり汚れてたりするのだ。
『クリーン』はもともと『汚れ落とし』とかいう名前だったらしいけど、僕はこう呼んでる。
かなり難しめの魔法で一般にはあまり出回ってないくらいだったけど、かじりついて勉強してなんとか覚えることが出来た。
おや、何かおかしいかな?
猫は元々綺麗好きだよ?
水に濡れるのは今でもあまり好きじゃないけど。
僕が他に使える魔法は『種火』と『水』
『種火』は指先にライターくらいの火を灯す魔法で、『水』はバケツ1杯分くらいの水を出す魔法で飲み水に使える。
「こんなの誰にでも出来る」と攻撃魔法や回復魔法より格下の扱いをされることの多い生活魔法だけど、実際これがなきゃ今の世の中生活は回らない。
それに先の盗賊戦を見てもわかる通り、僕なんかは使い様によっては十分戦闘にも役立つと思うんだけど、皆あんまりそういう考えは無いらしい。
剣とボウガンの手入れを終えたら、特にすることもないのでベッドに横になる。
さあ、明日からは薬草採集だ。
お読みいただきありがとうございます。
また、評価、ブックマーク、ご感想等いただき誠にありがとうございます。
今回コタロウが注文した武器は、正しくは現実のククリナイフとは異なる物なのですが、前世で見た映画(バイ○ハザード3)の記憶を基に名付けているということでご容赦願います。
猫は肉食動物なので、本来なら魚が特に好みというわけでもないのだそうですが、日本ではキャットフードや猫用おやつなども魚味になっていることが多いということで、コタロウも食べ慣れた魚が好物となっています。
実際うちの子も、家の食卓に刺身が上がると目の色を変えてますので。




