17. あくま の たまご
よろしくお願いします。
屋敷の最奥にある古めの感じがする扉。
大きさや装飾などは他の部屋の扉と何ら変わらず、唯一違っているところは目の高さの位置に目立たないようにして、小さな紋章が描かれているところ。
僕達を伴ったアルバート大臣はそんな扉の前に立ち、左手の中指に嵌めた指輪をその紋章にかざす。
すると指輪と紋章が小さく光を発し、そして扉がするすると引き戸のようにして開いた。
凄い、自動ドアみたいだ。
驚く僕達に大臣は、この扉は魔導具であり、専用の鍵を使わなければ絶対に開かない作りになっているのだと説明してくれる。
ちなみに鍵は3つあり、1つはアルカール大臣、1つは執事のゴードンさんが所持。最後の1つは公城に保管されているのだそう。
部屋の中に入ると、そこはこれも魔導具の効果なのだろうか、部屋全体を見渡せるぐらいの薄ぼんやりとした明かりが灯っていた。
部屋の中にはいくつもの棚が整然と並べられ、その棚にはたくさんの古めかしい書物や、なんだかよくわからない箱などが収められている。
保管物には手を触れないようにと言い置いて、大臣はすたすたと中に入って行った。
後を付いていくと、大臣は部屋の片隅にある一抱えくらいの大きさの、黒い箱の前で立ち止まった。
薄暗い中ではあるけど、箱は見たところ金属製の様に思える。
ということはこれは金庫のような物なのだろうか。
箱には扉が付いており、その扉にはこの部屋のドアにあったものとはまた別の形の紋章が描かれている。
大臣が胸元から1つの宝石の付いた首飾りを取り出して紋章にかざすと、先程の入口ドアと同じ様に首飾りと紋章が光り、そしてかちゃりと音を立てて箱の扉が僅かに開いた。
この金庫も魔導具であり、この部屋の扉と同じく専用の鍵が無いと開かない仕組みになっているらしい。
金庫の扉を開けて、アルカール大臣が「ほら、これだ」と取り出した物は、大きさは赤ちゃんの握りこぶしくらいで、銀色の金属で作られた台座に固定された漆黒の石だった。
楕円形をしているのが、なるほど卵のようにも見える。
「これが……カースドキマイラの?」
「うむ、ヴィクトリア家は元々はグランエクスト帝国の出身になるのだが、その時代からの我が家の家宝だ。大昔に出現したカースドキマイラの1体を捉えて、封じることに成功した物と伝えられている」
「持ってみるかね」と、僕に宝玉を差し出してくるアルカール大臣。
……ていうかこの人、そんな大変な物を無造作に扱い過ぎなんじゃないだろうか。
とはいえ、誰よりもこの宝玉について知っているであろうアルカール大臣がこうして触れているということは、とりあえずの危険などは無いと考えて良いのだろうか。
僕は前に進み出て、おそるおそる大臣から『マジャル・ハランド』を受け取った。
手に持った宝玉はひんやりとした手触り。
重いかとも思ったのだけれど、意外とそうでもない。
以前遭遇したオブシウスドラゴンやブラッドレクスのように、強大な魔物を目の前にしているという様な感覚は無い。
でも……
「どうコタ?何か感じたりする?」
横でのぞきこんでいたユーナが声をかけてきた。
「……うん。本当になんとなくなんだけど、何て言うか……首の後ろがざらつくような、そんな感じがしてる」
「触ってみる?」とユーナに差し出すと、彼女は少し震える手でそうっと受け取って「私は、何も感じられないかな……」と呟きながらためつすがめつしている。
「あの、失礼な質問とは思うんですけど、本物……なんですか?」
やがて顔を上げたユーナの質問に、アルカール大臣は真面目な顔で頷いた。
「私も、実は昔これの真贋を疑ってな、城の鑑定士に頼んで見てもらったことがあるのだよ。結果は、紛れも無い本物だった。その時は私よりも、見てくれた鑑定士の方が震え上がっていたな」
「本物……じゃあ本当にこの中に、カースドキマイラが……」
と独りごちて、ユーナは手の中の宝玉に目を戻す。
続いて、そんなユーナを見ていたアリサが声を発した。
「危険などは無いのですか?封印が解けて、カースドキマイラが復活するなどということは」
「ああ、問題は無い。それについても真贋の鑑定の際に合わせて確認している。何事も無ければ、後1000年程は封印が保つそうだ。もちろんわざと封印を解くなどすれば話は別だがな」
「わざと封印を解く……ですか。そんな方法が?」
例えば宝玉を叩き付けて壊すとかだろうか。
「我が家には、封印を解くための鍵もまた一緒に伝えられているのだ。この部屋やこの箱を開く鍵のようなものだな。そちらについては、まあ見ずとも良かろう。その鍵を使わない限りは、封印が解けることは無い」
なるほど、その鍵もまたこの屋敷のどこかかに保管されているか、もしくはアルカール大臣が普段から身に着けているというところか。
宝玉の中のカースドキマイラが周囲の魔力を吸い取って封印を破る、なんてこともまず無いと考えて良いそうな。
とはいえ怖いものは怖いということで、3人でおっかなびっくりと『マジャル・ハランド』を見ている様子が面白いらしく、アルカール大臣とアルバート様は笑いながら僕達を眺めている。
そうしていると、部屋の入口からゴードンさんの静かな声がかかった。
「アルカール様、少しよろしいでしょうか?」
「ああ、どうした?」
呼ばれて入口の方へ行ったアルカール大臣が、ゴードンさんと二言三言話すと戻って来て僕達に告げる。
「すまないが、私は少し席を外させてもらう。すぐにゴードンが来るが、君達は見終わったら必ずゴードンに声をかけて、金庫と扉の鍵を閉めさせてくれ。アルバート、ここを頼むぞ」
そう言い残して、アルカール大臣は足速に部屋を出て行った。
短い間でアルバート様もいるとはいえ、部外者の冒険者3人宝物庫に置いて行って大丈夫なんだろうか?
僕達が信用されているのであれば、それは嬉しいことなのだけれど。
まあ大臣の目が無くなったとはいえ、盗むなんてことは当然しない。
どら猫は魚を盗むなんて言うけど僕はそんなことしないし、実際猫が魚を盗んだ場面など見たことが無い。
3人共見終わったので、こちらを見ていたアルバート様に『マジャル・ハランド』を差し出す。
「アルバート様、凄い物ですねえ」
「う〜ん、皆そう言うんだけど……よくわかんない」
まあ見た目はただの石だし、まだカースドキマイラの恐ろしさなんていっても実感はあまり無いか。
……まてよ?カースドキマイラの危険さの実感が無いということは、そういう人達から見たらこの宝玉、単に強力な武器でしかないということになるんだろうか?
もしかして、先日のあの覆面の襲撃者、これと何か関係があったりして?
アルバート様を誘拐して「返してほしけりゃカースドキマイラの卵をよこせ」とか?
そうして『マジャル・ハランド』を手に入れたら、それを使ってテロとか軍事利用とか。
仮にローザリア王国が『マジャル・ハランド』の奪取に動いているのだとしたら、それは確かに将軍自ら動くだけの理由になるのかもしれない。
となると……
ふと考え込んだ僕に、皆が「どうしたの?」と声をかけてくる。
そんな皆に「大丈夫」と返して、僕はアルバート様の前にしゃがみ込んだ。
「アルバート様、ちょっと良いですか?」
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