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16. あくむ の まもの

よろしくお願いします。

アルカール大臣は僕達に気付くと中に招き入れ、「座りたまえ」と部屋にあった長椅子を示す。


僕達が長椅子に座ると、大臣は疲れた笑顔を浮かべながら口を開いた。


「待たせてすまんな。それに、見苦しいものを見せてしまった」


「いえとんでもない。誠に大変なことで」


「まあ政に関わることゆえ、あまり深くは聞かないでもらえると助かる。それよりもだ、アルバートは良い子にしておるかね?」




机に置かれた飲み物を含みながら話題を変える大臣。


どうやらそれが、僕達をこの部屋に呼んだ理由らしい。


「はい。アルバート様は毎日、とても熱心にお勉強に励んでおられます。たまにお庭などで運動をされる際には、私達もお付き合いを少し」


「冒険者の話にも興味があるみたいで、よく私達の旅や、魔物との戦いの話を聞かせてと頼まれたりします。ただ、ずっと家の中というのはやっぱり退屈みたいで、たまにお祭りに行ってみたいなんて言われることもありますけど」


アリサとユーナの答えに、苦笑いを浮かべるアルカール大臣。


「外に出してやれず不憫と思うこともあるのだがな。アルバートにはまだ早いだろう。もう2、3年程したら、護衛を付けて行かせてやるくらいに考えている」



5歳の遊びたい盛りに可哀想な気もするけど、ある意味仕方のないことではあるのだろう。


先日の誘拐未遂みたいなこともある。


お祭りみたいな雑踏の中を、明らかに身なりの良い子供が1人でふらふら歩いてるなんて、悪い奴らにとってはマグロが「さあ食べてください」と自分の大トロを焼いているようなもの。


お金持ちというのも、中々に窮屈なものだ。




「それはそうと、護衛に付いてもらってまだ2日目だが、何か変わった事は起きていないかね?」


大臣に尋ねられたので、僕はゴードンさんには報告済みであると前置きした上で、夜中に屋敷の前を通った奇妙な男達のこと、今町で暴れているチンピラ集団の『ダブル・ゼロス』のこと、アルバート様の誘拐をしようとした連中が、あっさり釈放されていたことなどを話す。


僕の報告を聞いて、怪訝な顔になるアルカール大臣。


「確かにそれは……おかしな話だな。夜中の通行人もそうだが、軍が軽犯罪の対応をしていないというのが私としては気になる。『ダブル・ゼロス』という者達の釈放についても報告は受けていない。明日にでもマウント将軍に話を聞いてみるか……」



「改めて聞いてみるとこの一件、警備隊はともかく、なんだか妙に軍の動きが鈍いような気がしますね」


隣で僕の報告を聞いていたユーナがぽつりと呟いた。


「……軍がわざと犯罪者を野放しにしていると?」


アルカール大臣の、険のある声に慌てて首を振る。


「い、いえ、そんなんじゃなくて、何か他に優先してやらなきゃいけないことでもあるのかなって、ふっとそんな風に思っただけです」


「それもあるからこそ、先程将軍と話しておられた他所からの支援を頼むという話にもなるのでしょうし」


ユーナとアリサの言葉に、表情を崩す大臣。



「ふむ、軍が今何かをやろうとしているなどという話も報告は受けていないが……その辺りも確認してみよう。……よし、わかった。建国祭も後4日だが、君達もそれまでアルバートの護衛をよろしく頼む。あとは何かそちらで質問などはあるかね?」


アリサとユーナからは特に訊くことは無い様子なので、僕が口を開く。


先程ちょっと聞こえてきた言葉についてだ。



「ドルフ王国の情勢なのですが……相当悪いのでしょうか?」


「ドルフ王国のことが、気になるのかね?」


訝しげな顔をするアルカール大臣に、僕達は元々アト王国の出身であり、故国の隣国ということで少々気になっていると説明する。


なるほどと頷いた大臣は「かなり悪くなっている様だ」と話を続けた。


「王国中の貴族達が第1王子派と第2王子派に分かれて、軍を構えて睨み合いをしている状況だ。大規模な武力衝突こそ起きてはいないものの、各地で小規模な小競り合いなどは既に起こっているらしいな。そんな状況ゆえ、国全体の治安もかなり悪化しているそうだ。アト王国をはじめとして隣り合っている国々では、既に軍を動かして国の境を固めていると聞く」


「そうですか……」


ここルフス公国もドルフ王国とは僅かに国境を接しているので、現在はその地点に先程話に出たレッガー将軍配下の軍を配置して、いざという時に備えている。


また、ドルフ王国と広く国境を接する隣国のローザリア王国からは、中央諸国連合の同盟に基づき支援の要請なども来ているのだそう。


ドルフの王様崩御に伴う政変の余波は、かなり深刻に影響を及ぼしている様だ。


まあ僕達に出来ることは無いのだけど、一応気には留めておこう。




あとは……


「単純な興味なので何か障りがあれば結構なのですが……先程将軍とのお話の中に出てきた『マジャルハランド』とは何でしょうか?」


話の中では『蚊を殺すのに『マジャルハランド』を使うような』という言い方をしていた。


何か強力な武器というようなニュアンスだ。


そんな僕の質問に、アルカール大臣は事も無げに答えた。


「ん?ああ、『マジャル・ハランド』というのはこの国……というよりも、このヴィクトリア家に伝わる家宝のような物でな。有り体に言ってしまえばカースドキマイラの卵だ」



「……カ!?」


「!?」


「な!?」


アルカール大臣の言葉に、思わず驚きの声を上げる僕達3人。




カースドキマイラというのは、昔の文献に記されている大きなトカゲの姿をした魔物。


この世界では、ドラゴンと並んで伝説扱いされている魔物のひとつだ。


ランクは特級認定。


国を滅ぼす力を持つとされている魔物。


大きさは小柄な成人女性くらいとそこまで大きいという程ではないけど、単体でも非常に強力な戦闘能力を持つ。


具体的な能力については文献によって様々。


自在に空を飛ぶ、地中に潜る、水の中を泳ぐ、炎のブレスを吐く、毒の息を吐く、風の刃で何もかも切断すると、もはやお前は一体何なんだと言いたくなるぐらいの錯綜っぷり。


これに関しては、おそらくかなりの誇張があるんじゃないかと言われている。



ただしどの文献にも共通して載っていて、この魔物を特級認定たらしめている能力、それがあの台所などに出現する黒い虫をも上回る繁殖力と、そして呪いとまで言われる程に強力な伝染病をまき散らす能力。


この伝染病に感染したが最後、身体中の穴という穴から血を吹き出し、全身が腐り果てて死に至る。


この魔物の爪や牙で傷を負わされればそこから感染し、そして感染した者から他の者へも感染する。



この魔物は今から1000年程前に1度出現しており、その際はこの大陸の中央部が大繁殖したこの魔物で埋め尽くされ、その地にあったいくつかの国が呑み込まれたと記録に残っている。


大陸中の国が連合軍を組んで、やっと討伐したらしい。

本当かどうかわからないけど、その戦いにはドラゴンも参戦していたなんて話もあるそうな。


その大繁殖地となった大陸中央部は現在、魔獣車でも渡るのに数ヶ月かかると言われる程の広大な砂漠と荒地になっていて、大陸の西と東を隔てる大きな壁となっている。




そんな恐ろしい魔物の卵が、今この家にあると?


愕然としている僕達3人を見て、アルカール大臣は面白そうに笑う。


「正確には、カースドキマイラを封じている宝玉だな。何なら見るかね?」


「「「は!?」」」


大臣の言葉に、さらなる声を上げる僕達。



そんなとんでもない物を、僕達に見せてくれると?


冗談でもなく?


一瞬呆けていた僕。


はっと我に返ると、慌てて大臣に言葉を返す。


「み……見せていただけるのでしたら、後学のためにもぜひ!」


「お、おい!」


勢い込んで答える僕に、アリサが咎める声を出した。


「だ……だってそんな凄い物、今見せてもらわなきゃ今後多分一生見れないよ?それに閣下のご様子じゃ、とりあえず危険は無さそうだし」


「かまわんよ、安全についても問題は無い。見たいのなら付いてきなさい」


そう言って書斎を出て行くアルカール大臣。


慌てて追いかける僕と、さらにその後を戸惑いながらアリサとユーナが続いた。




部屋を出たところで、不意に大臣に声がかかった。


「父様!」


見ると、ゴードンさんを伴って廊下を歩いて来るアルバート様。


「アルバートか。ここ最近は帰りが遅くなってすまんな。私はこれから、彼らに『マジャル・ハランド』を見せに行くところだ。お前も来るかね?」


「はい!」


と元気良く答えて、アルバート様は僕達の横に並んだ。



「よろしいのですか?」


「ああ、かまわんだろう」


「かしこまりました。それでは何かございましたらお声がけください」


アルカール大臣と簡単に言葉を交わして立ち去って行くゴードンさんを見送った後、僕達は大臣に連れられて屋敷の奥へと歩き出した。



「アルバート様は、『マジャル・ハランド』を見たことはあるんですか?」


「うん、あるよ!小さい時に、父様に見せてもらったんだ」


「凄いですね、怖くなかったですか?とんでもない魔物と聞いているので、私は少し怖いです」


「そう?ボクは全然怖くないよ」


「フフッ、アルバート様は強いんですね」


「エヘヘッ」

お読みいただきありがとうございます。

また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。

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