15. だいじん の こうろん
よろしくお願いします。
夕食を済ませた後は、僕は夜に備えて一眠り。
ちなみに夕食は、ステーキを屋台の串焼き風に、串に刺したものが出てきた。
アルバート様は珍しがってはいたけど、本物の串焼きのように串を持ってかぶりつくというわけにもいかず、少々食べ難そうな顔をしていた。
まあアルバート様が本物のお祭りに行けるようになるのは、もう少し大きくなってからということで。
夜番の護衛に付くまで少し時間が空いたのでうとうとしていたところ、何やら慌ただしい気配がしてきたので起き出してみると、ちょうど玄関でアルカール大臣が帰宅してきたところだった。
玄関ホールではアルバート様をはじめゴードンさんやグレイスさん、それから手の空いたメイドさんたちが集まって「お帰りなさいませ!」と大臣を出迎えている。
アルカール大臣は、毎年建国祭の時期は非常に忙しいということもあって公城に泊まり込むことも多いそうなのだけど、今夜はどうやら帰ってこれたらしい。
「ゴードン、何か変わりは無かったか?」
「はい、お屋敷には何事も無く」
「父様!」
「アルバート、今帰ったぞ。どうだ、護衛に雇った冒険者の者達は良くしてくれるか?」
「はい!ユーナが旅の話を聞かせてくれたり、アリサが勉強を教えてくれたりしてるんです!」
「そうか、それは良かったな。では後で彼らにも、お前がちゃんと良い子にしていたか話を聞かせてもらうことにしよう……ゴードン、私は少し将軍と話がある。書斎に飲み物と、軽く食べる物を頼む。それから10分程したら、冒険者達に書斎に来るように言ってくれ」
「かしこまりました」
見るとアルカール大臣の後ろからは、先日会ったレッガー将軍が硬い表情で屋敷に入って来る。
大臣は皆に挨拶を済ませると、そのまま将軍を伴って屋敷の奥へと去って行った。
言われた通りに10分程待ってから、僕達はゴードンさんに教えられたアルカール大臣の書斎に行ってみる。
ちなみにアルバート様は、話の間はグレイスさんが見てくれている。
教えられた部屋に3人で近付いて行くと、部屋の中からはレッガー将軍の大きな声が聞こえてきた。
「……今この町に跳梁する無頼の輩は、間違い無く組織立って動いておるのは明白ですぞ!ローザリア王国の関与も疑われます!もはや警備隊や、エレストアに駐留する部隊だけでは対応が出来ませぬ!何卒、我が配下の軍を動かす許可を下され!今街を跋扈しておる悪党共など、1日で平らげてご覧にいれましょうぞ!」
「そんなならず者共を相手にするのに、マウント軍を出動させるというのか?蚊を殺すのに『マジャル・ハランド』を使うようなものだろう。それに今は建国祭の最中だ。他国の来賓もいる中でそんな騒ぎを起こしたらどうなると思う。将軍の軍を動かさねば街の破落戸の取り締まりすら出来ぬ無能と、我が国は大陸中から侮られよう。それにドルフ王国の情勢も悪化しつつある今、将軍の軍を呼び寄せるわけにはいかん」
興奮している風のレッガー将軍と、冷静な口調を返すアルカール大臣。
どうやらまだ中に入れるような雰囲気ではなさそうだ。
今ちょっと聞こえたけど、まじゃるはらんどって何だろう。
それから、ドルフ王国……
「うぬ……っ!ならばせめて、この件についての協力を申し出ておりますメイサ男爵とグーラー子爵の軍については、エレストアに入れることをお許しいただきたい!両名とも軍の駐屯地はこのエレストアの目と鼻の先、ご下命あらば、すぐにでも馳せ参じましょう!」
「衛兵と警備隊員のみ借り受ける。軍勢はならぬ」
「閣下!」
「この件については明日の朝議で正式に決定する。幸いならず者共も、殺人などの凶悪犯罪にまではまだ手を出してはいない。まずはこの建国祭を乗り切るのだ。これが終われば警備隊にも余裕が出来る。それから連中の壊滅に本腰を入れる」
話の途中で部屋に入るわけにもいかないので、3人で廊下の壁際に立って待っていると、隣のユーナが僕をつついてきた。
「ねえコタ。どうして大臣は軍隊を動かさないのかな。軍隊が来れば、今の町のトラブルとか一気に片付くんでしょ?」
「そういう法律だからじゃない?王都には近衛隊とか王様の直轄軍とか、定められた軍以外は入れちゃいけないって決めてる国、結構あるんだよね」
実はアト王国などもその口である。
たとえ高位の貴族や王族であっても、護衛などを除いて王都トラネオには戦力は入れてはならないと、法で定められているのだ。
理由としては反乱の警戒。
とはいえ一応例外などもあって、例えば戦に勝った時の凱旋パレードなどがある。
でもそれにしたって、人数はパレードとして成り立つ必要最低限。
観衆に見せるための象徴となる武器は特別として、他には模造品以外の武器の携帯は無しなど、色々と制約のようなものがあったりする。
そもそもが軍を動かすというのは大変なことだし、何よりもこういう決まりというのはどんな理由があれ、1度例外として破ってしまうと必ずタガが緩むもの。
同じような事態が発生すると、また特例措置などと理由を付けて決まりは破られ、そしてその度に破られるハードルは下がっていく。
その時はそれで良くても、歴史的に見るとそれが後々の世代に響いて面倒なことになったりする。
アルカール大臣は、おそらくそういったことを心配しているのだろう。
これもいわゆる「悪しき前例を作ってはならない」というやつだ。
その話をするとユーナは「へぇ~、なんていうか、面倒なんだね」と感心半分、呆れ半分といった顔をしていた。
「それに軍隊が動けばどうしても物々しい雰囲気になってしまうから、それで祭りの空気が損なわれるのを避けたいというのもあるかもしれないな」
とアリサも言っていたけど、なるほどそういった理由もありそうだ。
僕達が廊下でこそこそと喋っていると、やがて書斎の中から荒々しい足音が聞こえてきて、そして音を立てて扉が開いた。
話している間に、どうやら部屋の中での話も終わったらしい。
書斎の中から、憤懣やるかたないという様子で出て来たのはレッガー将軍。
将軍は僕達にちらと鋭い一瞥をくれると、そのまま早足で廊下を歩き去って行った。
僕達が将軍を見送って、それからおそるおそる書斎を覗き込んでみると、中には木で作られた重厚な机に腰かけて、軽くため息を吐く大臣の姿があった。
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