7. おとこのこ の ちちおや
よろしくお願いします。
すわ地下牢行きか、それとも拷問室かと震え上がったもののそんなことはなく、公城に入った僕達は来客用の応接室に通された。
そこで僕達と一緒に来た騎士さん達に改めて遭遇した事態の事情聴取を受け、1時間程の取り調べが終わると、後は呼ばれるまでここで待つようにと言い残して騎士さん達は部屋を出て行った。
事情聴取と言っても僕達がやったのは、悲鳴が聞こえた→覗いてみた→男の子が拐われそうになっていた→助けた、というもの。
なので取り立てて裏のようなものがあるわけでもなく、また詳細に話すようなこともほとんど無かったため、取り調べ自体はわりとすんなり終わった。
それから部屋でしばらく待ってはみたものの、待てど暮らせど一向に誰もやって来る気配が無い。
窓の外が暗くなってきた頃に公城のメイドさんが灯りを付けに来たのと、夕食も運ばれては来たので忘れられてるわけではなさそうなのだけれど。
ここルフス公国では乳製品が特産みたいになっているのか、夕食のメニューは肉が少ない反面、多彩な味や色のチーズやバターなどが使われていて珍しかった。
夕食を食べて片付けも済んでしまうと、またしばらく暇な時間。
1度メイドさんがお茶を淹れに来たので、後どれくらい待てば良いのか尋ねてみたけど彼女にもわからないらしく、「もうしばらくお待ちを」と返されただけだった。
このまま延々待つだけなのもあまりに退屈なので、前世の歌に合わせて、両手に握りこぶしと立てた指2本と開いた手のひらの3つの形の内から2つを作り、組み合わせて物の形に例える、という手遊びを3人で始める。
何度かやっているうちにアリサとユーナもある程度慣れてきて、意外と可愛い物好きのアリサが指2本そろえた両手を頭の上に立て「ウサギさん」とやっていたところで、不意に部屋の扉が開いた。
ドアを開けたのは総髪にやや細身で背が高く、鋭い目つきをした中年の男性。
彼は凍り付いている僕達を一瞥し「……失礼」と一言だけ言ってそのままドアを閉めた。
部屋の外から咳払いが聞こえてきたので、その間に大慌てで席に戻る僕達。
少し立つと今度はドアがノックされ、僕達の返事を待ってから扉が開いた。
入って来たのは先程の男性と若い男性、その後に続いて年配の男性と若い女性の4人。
中年男性と若い男性は官服を着ていて丸腰だけど、後の2人は軍服で腰に剣を帯びている。
この2人は中年男性の護衛だろうか。
トマトみたいに真っ赤になって僕をポコポコと叩いていたアリサが、2人を見た途端にすうっと表情を引き締めた。
僕もその纏った空気からなんとなくわかる。
2人共、物凄い使い手だ。
中年男性は立ち上がって挨拶しようとする僕達を制し、向かい側の席に腰かけて口を開いた。
「長らく待たせてしまって申し訳ない。私はアルカール・ヴァン・ヴィクトリア。ここルフス公国政府にて、侯爵の身分と政務大臣の職を拝命している。こちらは公国軍のレッガー・ウィン・マウント将軍と、近衛隊のセーラ・ウォル・ヴァッテン隊長だ。建国祭の期間だけ、私の護衛のようなことをやってもらっている。それから、私の秘書のブライ・ウラ・ロデンだ」
男性の紹介に合わせて、椅子の後ろに控えた3人が軽く会釈をした。
……大臣に将軍に、近衛隊の隊長?
これはまた大変な大物が。
「これは大変なご無礼をいたしました。僕は3級の冒険者でコタロウと申します。こちらは妻のアリサとユーナです。この度はお目にかかれまして、誠に光栄に存じます」
僕達3人は驚きつつも頭を下げる。
ちなみに初老の男性がレッガー将軍で、女性がセーラ近衛隊長だ。
そんな僕達に、アルカール大臣は微笑を浮かべて頭を振る。
「畏まることはない。むしろ私が君達に礼を言わねばならんのだ。この度は悪漢から息子を助けてくれたこと、心より感謝する」
そう言って、僕達に頭を下げる大臣。
「ああいえそんな、どうかお気になさらずに。僕達はただ、たまたま現場の近くを通りがかっただけですから。それよりも、ご子息にお怪我などはございませんでしたか?」
あの男の子、この人の息子さんだったのか。
でもなんでそんな政府要人の子供が、あんな場所に1人でいたのやら?
僕の返事に、アルカール大臣は顔を上げた。
「うむ、君達のおかげで特に大きな怪我などは無いそうだ。拐かされそうになった際に小さな擦り傷などは負った様だが、それは1人で勝手に家を抜け出した罰と言ったところだな」
「そうですか。大事が無くて何よりでした」
後でまたしっかりと叱っておかなくてはな、と微笑む大臣。
普段であれば当然、政府要人の子供ということでアルバート様にも護衛がついて、街中を1人で行動させるなんてことにはならない。
でも今はこの建国祭という年に1度の大イベントで、政府は上から下まで大忙し。
アルバート様の護衛に人手を割いている余裕も無く、かといって1人で勝手に行動させるわけにもいかないので、ここ数日は侍女1人付けて自宅に閉じ込めているような状態だったらしい。
一方でアルバート様は、現在5歳で遊びたい盛り。
お母上は数年前に亡くし、いつもは家庭教師が付いて勉強に習い事にと忙しい日々を送っているのだけど、この建国祭の間は家庭教師も休みを取ってしまい急にぽっかりと時間が空いてしまう。
部屋で1人で自主勉強なんていっても限度はあるし、外からはお祭りの楽しそうな喧騒が聞こえてくる。
とうとう我慢ならなくなったアルバート様、侍女の目をくらませて屋敷から抜け出してお祭りを見物に行ってしまった。
ところがアルバート様は基本箱入りで1人で街中を歩いたことなど無く、そしてお祭りの最中で多少なりとも治安が悪化しているところにやたら身なりの良い子供が1人でふらふらしていれば、当然変なのにも目を付けられるわけで。
慣れない街歩きの中路地に迷い込んでしまい、そこでゴロツキに拐われそうになっていたところで僕達と出会ったということだ。
でもあれがただの街のチンピラだとしたら、後から襲って来たあの覆面男達は何だったんだろう?
どう考えてもチンピラの動きじゃなかったし、実際やたら強かったのだけれど。
首をひねる僕。
そんな僕を、アルカール大臣の言葉が引き戻した。
「君達は息子を助けてくれた恩人だ。本当ならすぐにでも挨拶に来るべきだったのだが、知っての通り今は国を挙げての祭りの最中なものでな。どうしても仕事を離れられずにこんな時間まで待たせることになってしまった。申し訳ない」
そう言って大臣は、すまなさそうに軽く頭を下げる。
「どうかお気になさらず。大臣閣下ともなれば国家の要職。日頃からさぞかしお忙しくしていらっしゃることと拝察いたします」
僕の言葉に、アルカール大臣は表情を笑顔に戻す。
「何、普段はただ机に座って、出された書類にサインをするだけの仕事だ。小国ゆえ量もそこまでのものではない。公王陛下の裁可も省略出来るので、なんとか私1人でも回せている」
大臣はその様に言うけど、忙しくないなんてことはないだろう。
僕も実家で父上や兄上の手伝いをしていたから多少はわかるのだけど、ルシアン伯爵領の運営だけでも問題が山積みしていたのだ。
一国の国政を担う仕事が暇なわけがない。
それよりも、僕的には今の発言でちょっと気になったことがあった。
「あの……公王陛下の裁可、要らないんですか?」
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。




