10. やっかいごと の ついか
よろしくお願いします。
面倒事というのは、どうやら重なって押し寄せてくるものの様で。
ドーヴの冒険者ギルドに別れを告げて、外に出たところで僕達に不意に声がかかった。
「ユーナ?ユーナじゃねぇか?」
「え?」
振り向くとそこにいたのは長剣を腰に差し、金属の鎧を身にまとった重戦士風の男性。
冒険者だろうか。
整ってはいるけどどことなく軽薄そうな顔立ちで、後ろにはパーティメンバーっぽい感じの女性が3人立っている。
そして彼の顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔になるユーナ。
「ベルナルド、しばらくだね」
「なんだよ、お前もこっちに来てたのか?やっぱり俺を忘れられなくて、わざわざ追いかけて来たのかよ?」
ベルナルドというらしいその人は、ユーナの表情に気付いていないのか、笑顔を浮かべてユーナに話しかけている。
そんな彼に、ユーナは素っ気ない態度を崩さない。
「そんなわけ無いでしょ?たまたまだよ。それじゃ私達先を急ぐから、じゃあね」
ユーナは言い置いてさっさとその場を離れようとするけど、ベルナルドは僕達の前に立ち塞がった。
何だこの人は。
「なんだよ、良いじゃねえか久しぶりなんだから。てかさ、せっかくまた会えたんだ、ここで俺と組まねえ?俺今3級だからさ、良い思いさせてやれるぜ?生活の方も、夜の方もさ」
ベルナルドの露骨な発言に、ユーナがさらに顔をしかめる。
彼の後ろでは女性達が「そうだよ、アンタもおいでよ」「彼、贅沢させてくれるよ?」なんて誘っているけど、ユーナは相手にしない。
「嫌だよ。私もうパーティも組んでるし結婚もしてるもの。今は可愛いけど手のかかる旦那の世話で手一杯なの」
可愛いけど手のかかる旦那って僕のことかい。
それにしてもこの人、一緒にいる僕達を無視してあからさまにユーナに誘いをかけてるな。
ちょっとイラッとする。
そんなベルナルドは、ユーナの「結婚してる」という言葉に反応。
「結婚!?おいなんだよそれ!俺とのことはどうなったんだよ!」
「ベルナルドとのことって、私達別に何も無いじゃない。結婚のことにとやかく言われる筋合いは無いよ。それよりも私達急いでるんだ。そこ退いてくれないかな」
気色ばむベルナルドにユーナは冷静な口調で返すも、彼は止まらない。
「何も無いなんて冷てえじゃねぇかよ。俺達の仲だろ?大体、結婚なんてどこのどいつと……ん?」
ここでようやく僕達に気付いた様子のベルナルド。
「ここのこいつだけど?」とユーナが示した僕には一瞬目をくれるも、すぐにその視線はアリサの方へ。
アリサを見て「ほお……」という顔付きになると、再び僕に視線を戻し、そしてニヤリと笑みを浮かべる。
「なるほど、お前がユーナの旦那か。どんな手でユーナをたらし込んだのか知らねえが、話を聞いてたなら俺の言いたいことはわかるな?お前にはユーナは釣り合わねえ。大人しく身を引いて、ユーナを俺に渡しな」
「嫌です。ユーナは物じゃない。さっき本人が嫌だと言ってたじゃないですか」
ユーナ本人がそっちに行きたいと言うなら考えもするけど、本人の意思を全無視して渡せだのなんだの、何を言ってるんだこの人は。
「まあ、そう意地張りたくなる気持ちもわかるがな。いいか?言っとくが、俺はランク3級だぜ?お前なんかよりも実力は上なわけよ。ランク相応に金も持ってるしな。そんな俺と、ガキのお前と、どっちがユーナに相応しいか、ちょっと考えりゃわかることだろ?」
続いて彼の目が向いたのはアリサ。
「あんたもさ、そんなつまんねえ奴となんかいないで俺のところに来なよ。歓迎するぜ?一晩中かけてたっぷりさ」
そんなことを言いながら、下卑た視線を向けてくるベルナルドにアリサは嫌悪の表情を浮かべているけど、彼はそれに気づいているのかいないのか。
そんな彼に僕は言う。
「だからそれを決めるのはユーナ本人だと言っています。本人の意思を無視して僕達が考えてどうしますか。それに言っときますが僕も3級で、それなりに稼いでもいますからね」
ついでに言えば、今はまだお金にしてないというだけで、大金を作る当てもマジックバッグの中に眠っている。
具体的にはオブシウスドラゴンのウロコとか。
「ちなみに2人共、今の話を聞いてこの人の方に行きたいと思った?」
「嫌」
「冗談じゃない」
「だそうです」
「このガキ……!」
顔を怒らせて拳を振り上げるベルナルドから、僕はひょいと跳び退いて距離を取った。
人妻に手を出そうとして振られたもんだから今度は夫を恫喝とか、情けないことこの上ない。
僕を取り逃がしたベルナルドは軽く舌打ちをする。
しかし続いて彼はもう一度アリサにちらりと目を向け、再び僕に視線を戻すとほくそ笑んだ。
何だ?
そんな僕に対し、ベルナルドは良く通る声で言い放った。
「そうか。そこまで言うなら、ここは男らしく、俺とお前と決闘で白黒付けようじゃねえか!」
「はあ?」
何だ、いきなり決闘って。
面食らう僕に、ベルナルドはわざとらしく大きな声で続ける。
「俺とお前の1対1で、お互いの拳で勝負するんだよ。俺が勝ったらユーナと、そこの彼女をもらう。もしお前が勝ったら、その時は何でも言うこと聞いてやるよ」
「嫌です。面倒くさい」
緊急時以外で町中で武器を抜くのは違法になるので、素手での殴り合いで勝負を希望らしい。
大方ランクは同じでも、身体の小さい僕なら与し易いとでも思ったか。
こちとら別に、この人にしてほしいことなんか何も無いんだ。
大体さっきから言っているように、ユーナもアリサも物じゃないんだっての。
即答を返した僕をベルナルドは馬鹿にしたように笑い、そして周りにも聞こえるように大きな声で言い放った。
「なんだ逃げるのか?女を守るために戦うことも出来ねえのか!クッソダッセー奴だな!なあ、皆もそう思うだろ!」
と、周囲にいつの間にか集まって僕達の様子を見ていた野次馬達に呼びかける。
そんな彼に野次馬達が向ける目は、好奇のものと冷ややかなものとが半々くらい。
この人もあまり好意的には見られていないみたいではあるけど、でもどうしようかな。
僕達、ベリアン家の騎士たちが戻って来る前に急いでここを離れたいのだけれど、この人は自分の思い通りの回答が得られなければしつこくまとわりついてきそうだ。
僕はユーナとアリサに軽く目配せ。
2人が僅かに頷いたのを確認し、僕はベルナルドに告げる。
「そうですか、決闘ですね」
僕の返答に、にんまりと笑みを浮かべるベルナルド。
「そうか!よし決まりだ!まあ、負けても気を落とすことはねえぜ。負けだって良い経験だからな!」
既に勝ったつもりでいるよこの人。
「それじゃ早速……」とベルナルドが言いかけるのを、僕は「ただし」と遮る。
「生憎ですが、僕達はこれから用事があります。なので今からすぐにというのは出来ません。明日の朝一にというのではどうですか」
さすがに先約の用事よりも、今いきなり申し込んだ決闘を優先しろなんてことにはなるまい。
もしこれでごねるようなら、こちらも断固として決闘を拒否するだけだ。
「……チッ、しょうがねえな。なら明日の朝、鐘が鳴る時間にここに集合して決闘だ。それで文句はねえな」
ベルナルドもこれ以上のごり押しは分が悪いと考えたか、舌打ちをして了承した。
「ああそういえば、まだお前の名前を聞いていなかったな。それから、そちらの美人なあんたも。後、念のために泊まってる宿も教えてもらおうか」
「僕の名前はカイ・センドンブーリです。宿はこの町の東区にある『アトニシ亭』です」
「私の名はエリザベス・ジョオーハイだ」
「ふ~ん、センドンブーリ、ねえ?変な名字だな。まあ良いか。それじゃ、明日の朝またここに集合だ。逃げんなよ。あんたはエリザベスか。明日、楽しみにしてるぜ。じゃあな」
ベルナルドはアリサの身体を舐め回すように見ながらそう言って、取り巻きの女性達を連れて立ち去っていった。
◇
「さあユーナ、今の男は何者だ?前に私が軍に入りにコモテを出てシンカへ行く際、『良い人が出来たらお互いに連絡しよう』と約束していたはずだな?彼氏がいたなんて報告は受けていないぞ。キリキリ吐け」
「え、何元彼!?焼けぼっくいに火が!?……ギニャス!ユーナ!?痛い!痛いってば!?」
「そんなんじゃないから!前に言ったでしょ!?私が3級になったら勝手に彼氏面してきた奴がいたって!それがあいつ!私がああいうタイプ嫌いなの、アリサ知ってるじゃない!」
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