8. ようぼう の きょひ
よろしくお願いします。
僕の返事に、騎士達が色めき立つ。
「何故ですか!?」
「我がベリアン家をお見捨てになるのですか!」
「お聞き入れいただけぬなら、我々にも考えがございますぞ!」
「何卒ご翻意を!」
「ベリアン家をお救いください!!」
大声出して、唾を飛ばして詰め寄ってくる。
やかましいやら気持ち悪いやら。
僕はそんな彼らに、冷静な口調を心がけながら伝えた。
「僕はもう貴族の身分も捨てて、家を出た人間です。そんな人間が今さらのこのこと家に戻ったところで、出来ることなどはありません」
「そのようなことはございません!リーオ様のお戻りであれば、お父上様も兄上様も決して無下にはなさいますまい!」
いーやそんなに甘い人達じゃないぞ。
父上も兄上も、仕事と私情はきちっと分けるタイプの人だ。
仕事に関しては、下手な同情や泣き落としが通じる相手じゃない。
ましてや僕は、ルシアン伯爵家との関わりを切って出て行った人間。
それが1年と経たずにのこのこ帰って来るなんて、そんなの認められるわけが無い。
仮に帰参については認めてもらえたとして、せいぜいが領地の端っこに小さな畑でももらえれば御の字。
内政に口出しするなんて、到底許しちゃもらえないだろう。
とはいえ、目の前の騎士達はそう説明しても聞く耳を持たない。
ついでに、ドルフ王国の王様崩御とそれに伴う政変のことも伝えてアディールの方は大丈夫なのかとも訊いてみたのだけど、それについて騎士達は一瞬愕然とした表情を浮かべた後「我がベリアン家にて入念に対応しております!ご心配には及びません!」との返事だった。
なんか、明らかに今初めて知ったみたいな反応だったんだけれど本当かな。
「そもそも領地の経営なんてのは、他所からの援助を当てにして行うものではないでしょうに」
ベリアン領はまがりなりにも侯爵領。
今やってるような軍事費などへの極端な予算偏重みたいなことさえ無ければ、広さ的にも作物の生産量的にも地理的にも、普通に運営出来る領地のはずなのだ。
厳しかったら厳しかったで予算配分を調整するなり、新たな税収拡大の方策を探ったりするのが貴族……というより、政を行う者としての手腕であり義務である。
それに、彼らの話では食料支援が打ち切られてからまだ2〜3カ月程度。
不景気を敏った商人達の足が遠退くというのは想像がつくけど、それにしてもそんな数カ月でそこまで領全体が困窮なんかするものかな?
……まさかとは思うけど、実際はまだそこまで切羽詰まっているわけじゃなくて、単に今までタダでもらえていた援助が無くなるので慌てているだけ、なんてことないだろうなあ?
「し、しかし……、我が家とルシアン家との間には、長年に渡る隣領同士のよしみがあるではありませんか!もし今後有事ある際には、必ずやベリアン家がお助けいたします!何卒ご援助を!」
ベリアン家って「もし戦争になった時は助けるから援助して」って、皆に毎回同じこと言ってるんだよな。
「だから、今の僕はそれを決められる立場には無いと言っているんです。家出たんだから。そうだ、お金が必要なんだったら貴家の倉庫にある武具、売りに出したらいかがですか?そのお金で食料なり買えば良いのでは」
僕も実物を見たことは無いのだけど、ベリアン侯爵家の倉庫には、ベリアン侯爵領の動員兵力の数倍もの量の武器やら鎧やらが備蓄されているという噂がある。
そして武門の家柄の名に恥じず、そのどれもかなり質の良い物がそろっていると聞いている。
まずはその武具を売って当場をしのぎ、余裕が出来たらまた新たに買い入れれば良いのではないか。
そうすれば余ってる武具の在庫整理も出来て一石二鳥……なんて考えてみたり。
しかし、
「何を言われますか!武家にとって武具は魂ですぞ!売りに出すなど、そんな恥知らずな真似は出来ませぬ!」
武具を売るのが恥?
そうかなあそんなことないと思うけど。
にしても駄目か、それなら……
「そうだ、アディール様がドルフ王国の王室に嫁がれたということは、貴家には輿入れの支度金ということでお金が支払われたはずですよね?そのお金を基に商売の促進か何かやれば」
輿入れの準備をするためという名目でお婿さんの家からお嫁さんの実家に贈られるお金、つまりは結納金だ。
一国の王族、それも王子殿下が他国の貴族の令嬢をお嫁さんに迎えるというのは、実は何気に大変なこと。
それもあってドルフ王国からベリアン侯爵家に支払われた支度金、おそらくは相当な額に上ったであろうというのは想像するに難くない。
加えてもしかしたらベリアン家だけでなく、アト王国政府にもお金が行っている可能性もある。
下世話な話になるけど、この一件でベリアン家の懐、それなりに潤っているはずなのだ。
さらには、アト王国政府のベリアン家に対する好感度も上がっていそう。
娘を売ったみたいで気分が悪いと思うかもしれないけど、貴族や王族の結婚なんてのはこんなものである。
ちなみに、ドルフ王国からベリアン家に継続的な支援をしてもらう、というのは、よく考えてみるとちょっと厳しいかもしれない。
国同士の話とか純粋な商売であるならともかく、いくら王妃様の実家とはいえ一国の政府が他国の貴族1家に対してお金やら食料やらを延々送り続けるというのは、あんまりよろしいことじゃない。
場合によっては、調略や内通が疑われるような事態にもなりかねない。
それにドルフ王国は今、先日の王様崩御でまだまだ混乱が続いているところみたいだし、ベリアン家に目を向けられる状況ではないかもしれない。
話を戻して。
ふと思いついたアディール輿入れの支度金のことを騎士達に確認してみると、彼らは
「アディール様の支度金は、当家の使命のため有用に使用されております。商売などという俗なことに使う余裕などはございません!」
「ベリアン家の使命って……」
さてはまた軍事費に注ぎ込んだな?
本当にもうこの人達は。
なんか、僕がアディールと結婚してベリアン侯爵家に婿入りしても、そんな大したこと出来なかったんじゃないかって気がしてきたぞ。
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