12. ゆうかい の けいい
よろしくお願いします。
説明回になります。
先程からフロイグだのエスクだのわけがわからないと思うので、これは後で調べてみたことになるのだけど、まずは騒ぎの元になったフロイグ教についてここで解説します。
フロイグ教というのはここ、クロウ共和国からずっと西のザオン王国という国にて発祥の宗教。
ラネット神聖皇国の掲げるノルト教とは少し似ているところもあるけれど、成り立ちとしてはまた別の宗教であり、光の女神ボウロアではなく創世神エスクを至上の神として崇めている。
宗教の規模としては微細も微細、というより発祥の地となったザオン王国ではもう既に廃れていて、教団も消滅している状態。
それがなんでこんな離れた所に信徒がいるのかというと、今から200年程前の、ここがまだクロウ王国だった頃にザオン王国から信徒がやって来て布教したことで、この国の一部地域で信仰されることになった。
この国に元からあったリーガ教とはまた違う新しい教えということで、受け入れる人も一定数いたらしい。
フロイグ教の教義の考え方としては、基本的に神様頼み。
この世の全ては良いことも悪いことも楽しいことも辛いことも、全部創世神エスク様の決めたこと。
だから全ては神様の思し召しと受け入れて、フロイグ教を信仰して日々を生きれば死んでから天国行ける。
そうしない者は地獄に堕ちる。
まあそれだったら他の宗教でもわりとある話に思えるけど、昔のフロイグ教の場合はこれを極大解釈でもしたのか、やたらと他の宗教に対して攻撃的だった。
とにかく行く先々で他の宗教の教徒と揉め事を起こす。
暴力で改宗を迫る。
お祈りの邪魔をする。
他宗教の教会施設を破壊するなど、信徒達による目に余る行動が大量発生。
本国であるザオン王国はもとより、クロウ王国でもそういったことは頻繁に起きていた様子。
一時期はクロウ王国政府でも、ザオン王国との交易を期待して国教の1つに認定しようという動きもあったらしいのだけど、そうした問題行動の頻発により、やがて国を挙げての排斥に移行するのに時間はかからなかった。
結局フロイグ教はクロウ王国内では禁止とされ、徹底した弾圧の末に表向きは消滅したということになった。
かといって、ダメと言われたからはい止めますとはいかないのが信仰というもの。
フロイグ教徒達は実際に改宗した者も多かったけど、改宗した振りをして水面下でずっと信仰を続けていた者達もいた。
それがゴーフェ氏一家というわけだ。
信仰を変えてない人達は他にもいるはずなのだけれど、現在は特に集まって会合を開くなどの動きは見せてはいない様子。
僕が調べられたのは、こんなところである。
続いて、今回の依頼の救出対象であるリリナお嬢さんの誘拐の経緯について。
このダイ家の人は皆、ここクロウ共和国発祥の土着宗教であるリーガ教を信仰している。
それはこの家や、レンダイ先生について働く人達のほとんども同様。
リーガ教というのは、まあ簡単に言えばブレン教をもう少し細かくした宗教。
この世のあらゆる物には、例えば石にも木にも神様が宿る。
だから物を大切に、周囲のいろんなことに感謝して日々を生きましょうという教義だ。
しかし先程執務室から叩き出されていた、この家に住み込みの使用人のゴーフェという人は違った。
彼は奥さんも含めて、前述したフロイグ教という別の宗教の敬虔な信徒だったのだ。
ダイ家では彼らを雇う際にはいちいち何教を信仰しているかなど確認はしなかったし、彼らが部屋でフロイグ教独自のお祈りをしていたことでフロイグ教徒であることが発覚しても、仕事さえ真面目にやってくれればいいと特に口を出すようなことはしなかった。
実際彼らは非常に真面目で勤勉であり、たまに同僚などにフロイグ教の教えを語ったりする以外は、その働きぶりについて文句などつけようもなかった。
一方、先程も話に出たとおり、ロウダイさんの娘でこの家のお嬢さんであるリリナさんは、生まれつき非常に身体が弱かった。
まったく動けないという程ではなかったものの、普段から病気がちで頻繁に外に出て遊ぶようなことは出来ず、1年のほとんどを自室のベッドから外を眺めて過ごす日々。
いつ自分の体に万が一のことが起こるかと、不安な生活を送っていただろうことは想像に難くない。
そんな彼女に、ゴーフェ夫妻はフロイグ教の教えを説いた。
それは好意的に考えれば勧誘などではなく、心痛に押し潰されそうな日々を送るリリナさんの、気晴らしにでもなればというようなことだったかもしれない。
しかしこれまで聞かされていたリーガ教とは違う、今まで出会ったことのない新しい教えに惹かれた彼女。
気がつけば家族の誰も知らない内に、フロイグ教の神エスクに傾倒するようになっていた。
そんな折、リリナさんがちょっとした風邪をひいて数日間寝込んだことを機として、彼女はしばらくの間空気がきれいで景色も良いヤッヒル村で療養することが決まる。
離れた土地でもフロイグ教の教えを遵守することをゴーフェ夫妻に誓って、彼女はこの家を出立していった。
それが1年程前のこと。
そしてヤッヒル村にて、家族やゴーフェ夫妻と手紙のやり取りをしたり、たまに会いに行ったりしながら療養生活を送っていたそんな中で、今回の盗賊襲撃という事件は起きた。
ヤッヒルからここドーヴまでの道を、夜を徹して走り続けて知らせを届けた人の話では、リリナさんは襲撃の際、1度は護衛に連れられて村から逃れることに成功したのだそう。
しかし彼女は逃げる途中で、大事な物が手元に無いことに気づく。
それはゴーフェ夫妻から渡されたフロイグ教の神、創造神エスクを彫った手のひらサイズの木像。
逃げる途中で落としたか、それとも慌てていて家に忘れてきたか。
なんにせよ信仰の対象である神様の像を無くしたというのでは、敬愛するゴーフェ夫妻にもエスク神にも顔向け出来ないと、リリナさんは護衛の目を盗んで1人、まだ野盗が略奪を続けている村に戻ってしまう。
リリナさんがいなくなったことに気づいた護衛達が後を追った時には、ちょうど彼女が他の女性達と一緒に連れ去られるところ。
当然救出しようと戦ったものの多勢に無勢で、5人いた護衛の内2人が討ち取られ2人が重傷、比較的軽傷だった1人が村人1人と共にドーヴまでの道を走りに走って報告に来たことで、ダイ家はリリナさんの誘拐を知ったのだった。
盗賊への対処はもちろんとして、当然というかなんというか、ロウダイさん達の怒りはゴーフェ夫妻にも向く。
要はお前らがリリナさんに変なことを吹き込まなければ、彼女が盗賊に拐われることもなかったと。
まあその通りといえばその通りである。
それに対してゴーフェ氏の返答は先程僕達が見たとおり。
確かに彼らのしたことが誘拐の要因の1つだというのに、自分達は悪くありません神様のしたことですとか言って謝罪の言葉も無いというのでは、ロウダイさんが怒る気持ちもわからなくもない。
とにかくこれが、今回の事件発生の経緯ということだった。
◇
「要するにあの人、お嬢様が拐われて殺されるのは神様の決めたことだから、黙って諦めましょうとこういうわけ?」
「ていうよりも『お嬢様が捕まったのは自分達のせいじゃないよー神様のせいだよー』って言いたいんじゃないかな」
「神様も自分の所に連れてきたいなら、もっと楽に死なせてやれば良いのにな」
「ところでキミって、何か宗教信仰してるの?」
「僕?シルバーバイン教かなあ」
お読みいただきありがとうございます。
また評価、ブックマーク等いただき誠にありがとうございます。
シルバーバイン(マタタビ)はともかくとして、コタロウは何か特に信仰している宗教などはありません。
対外的にはノルト教徒の振りをしていますが、ボウロア神だけを敬っているということはなく、漠然と「神様は大切」と思っている程度です。
生まれ変わりを経験していますが、それも「不思議なことがあるものだ」くらいの感覚です。
またアリサとユーナはノルト教徒ですが、2人共そこまで敬虔という程ではありません。




