8. いらいしゃ の やしき
よろしくお願いします。
長ゼリフがあります。
冒険者ギルドから小1時間程歩いて、僕達3人は依頼人の家に到着した。
依頼人であるレンダイ先生の家は、閑静な住宅地の中にある2階建のお屋敷。
大きな屋敷ではあるけど、それはあくまでも町中にある一般的な家と比べるとという意味で、アト王国の貴族のようにやたら大きくて豪奢な館というわけではない。
それでもやっぱりお金持ちなのには違いないみたいで、フェンスの向こうに見える建物も庭も、しっかりと手入れされているのが見て取れる。
正面玄関口の格子門の前には、門番の警備兵が2人詰めていた。
彼らに声をかけてギルド証を提示し、依頼を受けて来たことを伝えて取り次ぎをお願いすると、1人が屋敷の中へ入っていったのでしばらくその場で待つ。
少し経つと屋敷の中から、黒い官服に似た服装の男性が出てきて、僕達に軽く頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。私はレンダイ先生の秘書を務めております、セインと申します。この度は依頼をお引き受けくださり、誠にありがとうございます。中でレンダイ先生がお待ちですので、どうぞこちらへ」
と言って門を開けてくれる。
僕達も簡単に自己紹介をして、セインさんの後に付いて屋敷の中へ。
要人との面談ということで入り口で持ち物検査を受け、武器とマジックバッグを預けて屋敷の奥へ通された。
セインさんに案内されて執務室の前に着くと、そこにはセインさんと似た服を着た男性がやけに緊張した面持ちで立っていた。
この人も秘書さんなんだろうか。
僕達が近づくと、彼は慌てた様子で立ちふさがるようにして前に出てきた。
見ると額に冷や汗をかいている。
「い、今はまずい」
「どうしたカル、何かあったのか?」
「ゴーフェさんが……」
と彼がそこまで言った時、大きな音と共にドアが弾けるように開いて、中から人が転がり出てきた。
室内から出てきたのは初老の男性で、服装からして多分この家の使用人だと思われる。
そして彼を追いかけて、部屋の中から怒声が飛んできた。
「ふざけるな!!」
その声に部屋から出てきた人は喉元を押さえてごほごほ咳き込みながら、慌てふためいてその場に平伏する。
「お待ちくださいませ旦那様。怒らずに私の話をお聞き下さいませ」
「何が話だ!それではリリナは、貴様達のせいで……!」
いきなりの喧々囂々である。
一体なんなのでしょうかこの状況は。
開かれたドアから見える部屋の中には男性が2人。
こちらを向いて仁王立ちで怒りの形相を浮かべている中年の男性と、その後ろで胸を押さえてテーブルに手を付いている年配の男性。
「レンダイ先生!」と叫んでセインさんと、部屋の入口にいたカルさんという人が年配男性に駆け寄る。
「治癒士を呼んでくれ」という中年男性の指示に応えて、2人で苦しそうにしている年配男性を抱えて部屋の外へ連れ出して行った。
それを見送って、中年男性は再び初老の男性に向き直る。
「お前達一家がフロイグ教を信仰していることは認めていた。家の中でなにやらおかしな儀式を行っていたことも咎めはしなかった。それに対するお前達の返礼がこれか!」
フロイグ教というのは初めて聞く名前。
中年男性の怒声を浴びて、初老の男性は「いいえいいえ、決してそうではございません」と弁明する。
「心優しいお嬢様は、我らがエスク様の信仰に大きな拠り所を見つけられたのでございます。私共から言わせれば、その辺りの木や石くれなどを拝むリーガ教や、金集めに腐心し教会を飾り立ててばかりいるノルト教よりも遥かに真摯な教えと古い歴史を持ち、いかなる苦難の時代もひたすらに歩み続けてきたフロイグの信仰は、これぞまさしくクロウ王国人の魂の輝きなのでございます」
とうとうと言葉を並べる初老男性。
必死に訴えている様だけど、その一方でどこか恍惚とした表情が覗くように見えるのは僕の気のせいだろうか。
「確かに表面だけでみれば、お嬢様は像を取りに戻ろうとしたがために、狼藉者に捕らわれになったかのように思われます。しかし、それもまたエスク様の定められた運命なのです」
中年男性の額に青筋が浮かぶ。
「この国は今や堕落の一途でございます。かつてクロウ王家という貴き血筋を奉っていた矜持を忘れ、今はもう誰も彼もが金や出世や楽な生活のことばかり。女達もまた同じでございます。かつては誰もが持っていた貞淑さも気高さも、今やどこにもございません。もはやこの国では、そうした誇りを持って生きていくのは難しいことなのでございましょう。そしてエスク様にはこの穢れた国を、どんな恐ろしい運命が待ち構えているのかが見えていたのでございましょう。エスク様は清純なお嬢様に、そんな国に生きさせない方が良いと思われたのです。この国がさらに堕ちていく姿を見せたくないと思われたのです。だからこそエスク様は、純潔なるお嬢様の身が汚されてしまう前に、身元へと御召しになられたのでございます」
「貴っ様、よくもぬけぬけと!」
「お待ちください!ロウダイ先生、冒険者の方がいらしています。ここはどうか押さえてください。この者達のことは、また後で」
中年男性が初老男性に近寄り、彼を蹴飛ばそうと足を上げたところで、警備兵数名を連れて戻ってきたセインさんが彼を制止した。
セインさんは続けて兵達に「拘束しろ。他の家族もだ」と指示を出す。
「全てはエスク様の思し召しでございます!エスク様は全てを見ておられます!」などと叫びながら初老男性が彼らに連行されるのを見送って、セインさんが中年男性をなだめつつ部屋の中へ入る。
セインさんに支えられるようにして、崩れ落ちるように長椅子に腰かけた中年男性。
僕達をちらりと見て、かすれ声で呟くように言った。
「……よく来てくれた。すまないが、今は話が出来る気分ではない。気持ちが落ち着くまで、少し時間をくれ」
「わ、わかりました」
僕の返事を受けてセインさんが遠巻きに見ていた使用人の人達に「応接室にお通ししてくれ」と声をかける。
慌てて足早に寄ってきた若いメイドさんに「こちらへどうぞ」と案内されて、僕達は別の部屋へと通された。
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