32. むらから の てっしゅう
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先程から黙ったまま、厳しい目でヒルスを睨み付けていたアリサがぼそりと呟くと前に進み出て、やおら彼の胸ぐらを掴み上げた。
そのまま触れる寸前まで顔を近づけて、地の底から湧き出すかのような低い声で彼に問う。
「お前達、自分達だけで勝手にゴブリンに攻撃を仕掛けたな?」
ヒルスの顔が目に見えて青ざめる。
「力試しか、それとも他の冒険者達を見返してやろうとでも思ったか?結局ゴブリンに反撃されて逃げて来て、そのお前達を追って群れがここに押し寄せた。その結果偵察隊が壊滅したんだな?大方アークさんがお前達を逃がそうとして、敵を引き付けている隙に逃げて隠れていた、とでもいったところか?」
アリサの言葉に、ヒルスは顔面を蒼白にして声も出せない。
僕もやられたことがあるけど、彼女のあの整った顔立ちで、あの低い声で怒られるって本当に怖い。
それとこれは後で聞いた話になるのだけど、先行偵察隊に続いてこの村に向かっていた100人の威力偵察部隊。
彼等が村まであと少しという時、突然彼等の中に駆け込んで来た冒険者風の少年がいたらしい。
少年はそのまま逃げ去ってしまい、何事かと思っていたらそこにゴブリンの群れが襲いかかってきたのだそう。
混乱の中急いで本隊に伝令を出し、後は防御に徹して後退しつつ時間を稼いでいたところに、僕達が到着したという経緯とのこと。
少年は長剣を持ち、革鎧を着た戦士風の装束だったということで、まあヒルスで間違いないだろう。
つまりは彼、アークさん達先行偵察隊だけではなく威力偵察隊にもゴブリンを押し付け、彼等を盾にして逃げ延びたということ。
控えめに言って最悪の行動だ。
迷惑をかけられた軍としてはヒルスに何か処罰はないのかと思ったけど、それはザック隊長の「突発的事態に対応するのも軍の仕事。罰則等については冒険者ギルドに一切を任せる」との判断になったのだそう。
アリサはヒルスを地面に投げ捨てると、僕達に向き直った。
「軍でも新兵でこういうことがたまにある。多少の訓練を受けて、自分が強いと勘違いした奴が演習や実戦で血気に逸る。その結果がこれだ。今回は、最悪なことになってしまったな」
沈んだ顔で呟くように言う。
アリサの言葉がどうやら正しいということは、立ち上がることも出来ず、震えながら地面に尻餅を付いているヒルスの態度からも間違いなさそうだ。
そんな彼は、俯いてうわ言のようにぶつぶつと言葉を漏らしている。
「お……俺は、俺達は……強ぇえんだ。アークだって、俺達が……他の連中が、邪魔しなきゃ……」
その言葉が耳に届いたんだろう。振り返ったアリサがおもむろにヒルスに近づき、彼の脇に置いてあった長剣を掴み上げてそのまま鞘ごとぐしゃりと真っ二つに握り潰した。
「……誰が強いって?」
「……ひ、ぃっ!」
愕然として固まるヒルス……と、僕達。
嘘……アリサってあんなこと出来たの?
思わずユーナの方を見ると、彼女も目を見開いて絶句している。
そんなアリサは壊した剣をヒルスに押し付けてこちらを向いた。
「邪魔したな、私からは以上だ……なんでコタロウとユーナは両手を上げているんだ?」
「な……にゃんでもないれふぅっ!」
「……本当に大丈夫かお前?」
何事も無いかのように話しかけてくるアリサに、僕を含め周囲の冒険者達も皆言葉を失っている。
今後は絶対に彼女を本気で怒らせないように気を付けよう。
もし本気でキレることがあったら、きっとその日が僕の命日だ。
そんな中、ギルド職員のホードさんが前に進み出た。
「……彼への罰則等については、ドーヴに戻った後ギルドマスターも含めて検討の上、厳重に対応します。なのでどうかここはギルドに任せてください。それからコタロウさん、誠にお手数なんですがアークさんと『乱れ風刃』他2人の遺体については、この後ドーヴのギルドまで運んでいただいてもよろしいですか?身元確認の上こちらで引き取りますので……」
「わかりました」
ホードさんに頷く僕。ドーヴのギルドまでの運搬くらいは問題ない。
冒険者の死亡が確認された時、ギルドとしてはまずギルド証の抹消手続きを行う。
遺体が回収された場合は遺族や所属していたパーティが引き取ることもあるけれど、基本的にはそのギルドがある町や村の共同墓地に埋葬される。
ただ冒険者の遺体が回収されるというのはあまりないことなので、多くは死亡の届けを受けて、回収された遺品をパーティメンバーが引き取って終わりというのが基本。
アークさん達はこれまでの功績もあり、遺品などの引き取り手もいないのならギルドの費用で埋葬という形になるんだろう。
僕達が話している向こうでは、冒険者達が憔悴したヒルスの腕を引っ張って立ち上がらせようとしている。
「おら、さっさと立てよ!」
「でもどうすんだこいつ?」
「縄で縛ってどっかに放り込んどけよ。帰る時に引きずってきゃいい」
「ひ、ひっ……!」
ヒルスは引きつった声を漏らしながら、冒険者達にどこかへ連れて行かれてしまった。
最後に助けを求めるような目で僕の方を見ていたけど、一体僕にどうしろというのか。
こっちには彼を弁護してあげるような義理も理由も根拠も無い。
というか僕の頭では、この状況で彼を弁護出来るような点など見つからない。
その後討伐隊は数日間、ゴブリンの死骸の片付けや戦いで踏み荒らされた地面の整地に従事し、もうしばらく後片付けを行うという軍の一部を残して解散となった。
冒険者はこのままドーヴに戻って、冒険者ギルドに顔を出せば報酬がもらえるらしい。
大きな手柄を上げた人についても、ギルド職員のダツさんとホードさんが一足先に戻って報告を上げているので、合わせて追加の手当ももらえるみたいだ。
職員の2人と一緒にジンさん達『黒の門兵』と、あと数日の間に色々あって顔面をさらに腫らしたヒルスも、先にドーヴに戻っている。
ヒルスは向こうでどんな処分が下されるのやら。
僕達も後は特にこの辺りですることも無いので、皆と一緒にドーヴへ戻ることにする。
僕が帰り道で、昔の英雄っぽい人で、山の中で斧を担いでクマの背に乗っていた男の子の歌を歌いながら歩いていると、横で聞いていたアリサが「凄い子供だな」と感心していた。
ユーナが「すもうって何?」って訊いてきたので「投げと張り手だけ使って、素っ裸でやる格闘技」と教えた。
前世のテレビで見た知識なので、多分間違ってるという自信はある。
それを聞いて「アリサもぜひやってみたら……」なんてからかったユーナが、握りこぶしを振り上げたアリサから笑いながら逃げ出していた。
でも生真面目なアリサも、大分冒険者のノリに馴染んできた感じだ。
そんなこんなで、他の冒険者達と一緒に無事ドーヴに戻った僕達。
最初にギルドに顔を出してみたら既に帰着していた冒険者達でごった返していたので、日を改めることにして宿のペンペン亭に戻ったのだった。
とにかく疲れた。今は何よりも休みたい。
おや?君は……
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次回、エピローグになります。




