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不穏なデビュタント  作者: 琥珀
3ヶ月後
8/13

臨時貴族院の顛末(ユベント伯爵ルキーノ)(2)


「年明け頃からだと思うんだが、陛下と妃殿下が本格的にこうなられてるようでね。」


 両人差し指を伸ばして、とんとんとクロスさせる。

 剣を交えるというジェスチャーだ。

 あー……と、納得したような嘆声が漏れた。

 妃殿下との関係が壊れて、歯止めがなくなった陛下が側妃を新たに求めたいと考えられたのか。

 いやはやまったく、と宰相派がこぼした。

 陛下夫婦のこじれの余波で、よほど困ったことになっているらしい。


「もともと、仲が良い風にはあまり見えないお二人ではあったんだが。

 なにがあったのか、本当に、字義通り一切視線を合わせなくなったんだ。

 私も拝謁の度に、いったいどうされたのかと心配はしていたんだが……」


 はー…とアウグストがため息をつく。


「先月、宰相以下閣僚が奏上に上がった時にな……

 妃殿下が陛下に少々『ご進言』され、陛下はその場では頷かれたのだが、控室に移られてすぐに、妃殿下を『石女のくせに』と大声で罵られたそうだ。

 間が悪いことに、扉が開けっ放しになっていて、まだ会議の場から下がっていなかった閣僚や随伴の者皆に丸聞こえになり……」


 いやそれは、と誰かがぼそりとつっこみかけた。


 身分の上下を問わず、跡取りとなる子が出来ないと妻の側を責めることが多い。

 だが、妃殿下や側妃様を責める声は、以前はとにかく今はほとんどない。


 陛下は子供の頃は身体が弱く、幾度か高熱を発されたことがあったことから、そのせいだろうと診断されたという噂が流れて久しいからだ。

 男性としての機能が不十分だと言われただけでなく、かなり広い範囲で知られている状況に、長い間、内心鬱々とされていたのかもしれない。


 そういう状況でフローラが仕込んだ「リリアナ嬢」を自分の子だと勘違いされ、自分には本当は子を成す能力がある、不妊なのは本当は妃殿下と側妃様で、新たな側妃を得ればすぐにでも懐妊させることができると思い込まれたのではないか。

 だから若い側妃を迎えたいということなのかもしれない。


 それにしても同時に4人は慮外だが。


 だが、「リリアナ嬢」は存在しないのだ。


 もし内々にでも陛下からフローラなり当家なりにご下問があれば、アナベラ嬢に面差しが似た町娘を見かけ、陛下に今一度気の毒な令嬢のことを思い出していただきたく、令嬢に仕立てて舞踏会に参加させたのだとご説明申し上げるつもりで、相応に準備していたのだが、今のところ音沙汰はない。

 学園時代の陛下を知るフローラは、「リリアナ嬢」が思いの外注目を集めてしまったことで、アナベラ嬢の実家のリーンハイネ家や当家に差し障りが出たらどうしようと気を揉んでいたものの、しばらくすると結局あの方は「かっこつけ」だから、悪事を知るわたくしに確かめたくないのでしょう、それにしても自分の娘かもしれない令嬢の行く末が気にならないのかしらと怒っていたが──


 陛下は、自分に子がいた、自分には子を成す能力があるのだと確信する一方で、「リリアナ嬢」がアナベラ嬢の姪であるとか、従姉妹であるとか、とにかくご自身とアナベラ嬢の娘ではない可能性もさすがに考えていらっしゃると思う。

 もしフローラに「リリアナ嬢」はご自身の娘ではないと断言されてしまったら、一度取り戻した自信がまた、完膚なきまでに折られてしまう。

 それが怖くて確かめられないのではないだろうか、と、男である私としてはつい思ってしまう。


「で……だ。

 ……妃殿下が……『種無しがなにを言っているのか』と言い返され……」


 衝撃で、場が凍った。


「それは……それは駄目だろう」


「いくらなんでも……」


「無体な……」


 それだけは言ってはいけないと皆が自重している言葉を、よりによって妃殿下が陛下に直接ぶつけるとは。


「陛下が妃殿下を殴り……」


 なんと、と驚きの声が上がる。


 私はアナベラ嬢の件を思い出して視線を泳がせた。

 陛下は女性を殴ることができる男だ。


「妃殿下は倒れ込まれたものの、起き上がるなり陛下を殴り返されたそうだ。

 そこから掴み合いになり、宰相以下、居合わせた全員が雪崩込んでお二人の間に入って、どうにか収めたらしい」


 アウグストは無の顔で告げる。

 私も含めて、初耳の者全員が口をぽかんと開けてしまった。

 今なんて言った?と思わず聞き返した声に、誰かが小声で繰り返してやる。


「ちなみに、陛下が妃殿下に手を上げられた時は平手でしたが、妃殿下は拳を使われたそうです。

 妃殿下のお顔もだいぶ腫れたそうですが、陛下のお顔も相当なもので……

 掴み合いになった際のことと思われますが、陛下の指の骨が2本、折れていたそうです」


 早口で宰相派が詳細を付け足す。

 後半、さらに早口になった。

 指の骨は、まさか妃殿下が折ったということなのか?


「その後、妃殿下は体調不良につきしばらく静養すると伝達があり、陛下にも親族の方々や我々にもお会いにならない。

 手紙や伝言を差し上げても、今はお返事を差し上げられませんと侍女から封も切らずに返ってくる。

 ……という状況で、陛下が今回の臨時貴族院招集をかけられた、と」


「なるほど……」


 事態が斜め上すぎて、なんと言っていいかわからない。


「ご存知のように、王太子妃時代から、妃殿下には陛下との間に入ってくださって、さまざまな調整をしていただいています。

 このままお二人の関係が断絶したままとなると、我々としても大変困るのですが。

 ……とりあえず、秋の貴族院も大荒れになることを覚悟してください」


 宰相派が、壊れたような笑顔で言う。


 陛下は、どうも思いつきで派手な計画をぶち上げたがるところがある。

 派手だが微妙な計画を現実的なものに落とし込まれているのが、ご進講という形で幅広く官僚や専門家の話を聞き、視察にも頻繁に赴いていらっしゃる妃殿下だと認識している者は貴族院内外に多い。

 妃殿下が引きこもられた今、宮廷はてんやわんやだろう。


「とりあえず財務大臣閣下からは、新たな側妃については2名とし、離宮については国家予算の特別費から費用を出して既存の離宮の一部の改修で対応する対案を出すつもりではあるんだ」


「半分に値切るということか。最初からそれくらいであれば……」


「いやいや、それでも側妃を同時に2名はどうかと」


「改修で対応するなら、桁が全然違うだろう。

 王室予算でなんとかなるんじゃないか?」


 財務大臣案にも疑義が上がる。

 どうどうどう、とアウグストはまたなだめるように手を広げた。


「側妃2人は陛下の面子を最低限立てるため、王室予算にすると陛下と妃殿下のコレが再燃しかねないという判断だ」


 また左右の人差し指をクロスさせる。


「あとは、国家予算を出すという筋が通らないことをこちらがすれば、妃殿下からそれはおかしいとご介入をいただけるのではないかという目論見もあります」


 宰相派が言い足す。

 本来は政務になんの権限もない妃殿下のご介入を、むしろ待ち望んでいる様子に唖然とした。


「と、まあそういう方向で議事を進行する予定なので……」

「厳正なご判断、よろしくお願いします」


 アウグストと宰相派が軽く頭を下げる。

 我々には陛下案より若干マシな財務大臣案をよろしく、ということだ。


「ああ、陛下と妃殿下の騒動の詳細については、出来る限りコレで」


 アウグストが人差し指を唇の前に立てた。

 あまりおおっぴらに喋るなということだろう。

 言われなくとも我が国の恥、触れ回るつもりは私にはない。

 ──うちのフローラの行動がきっかけになってしまったのかもしれないし。


 ここは久々に痛飲して、陛下夫妻に無駄に振り回されてる王都組を慰めてやりたいところだが、3日後の臨時貴族院に向けてまだまだ調整が続くだろう。

 落ち着いたら遊びに来いと、有名な保養地を領地としている同期がアウグストと宰相派に言い、我も我もと2人をねぎらったのを潮に散会となった。



 せっかく王都まで出てきたので、こちらの方が片付けやすい雑務をこなし、革新派の昼食会、私と同じく東部に領を持つ者同士での晩餐会、王立学園での仲間を訪問しと情報収集にいそしむうちに、臨時貴族院開会となった。

 男性王族、子爵以上の貴族、合わせて300名に及ぶ貴族院議員が、玉座と弁士の席が設けられた壇を中心に、扇形に座席が並ぶ貴族院に参集する。

 陛下はご臨席だが、妃殿下のお姿はない。


 まず陛下案を粛々と宰相が述べ、財務大臣が対案を述べる。

 次いで、革新派から壇上に上がったのは、先々代国王の治世を中心に将軍として、また宰相として王家に仕えた先々代大公閣下だった。

 引退されてから20年以上経っているとはいえ、保守派も保守派、なんなら王室よりも王室派とでも言うべき92歳が、なぜ革新派からと議場がざわつく。

 腰はだいぶ曲がられ、杖も突かれているものの、矍鑠とされているご様子は喜ばしいが……


「当代陛下は我が国の娘達を、雌牛か雌馬とでもお考えか!!」


 広い議場全体がビリビリと震えるような第一声に、皆、ひゃ、と息を呑む。


 以降、初代国王に始まって先々代、先代国王の偉業に触れながら、誇り高き王室の栄光の歴史と君主たるべき者に求められる徳について、閣下は戦場と議場で鍛え上げた大音声で語られた。

 陛下の顔がみるみる赤黒くなってゆく。

 続いて閣下は、昨今の若者(10代20代の話ではなく我々全員のことだ)の柔弱な風潮を批判し、返す刀で陛下が人の倫を外れようとされているのに、誰もお諌めしないのか、こんな情けない話を生きているうちに聞くとは思わなかった、先々代陛下、先代陛下に申し訳ないと縷々(るる)述べられるうちに、ふ、とお言葉が止まり──後ろにバタンと倒れられた。


 会議場は総立ちとなった。


 控えていた侍従があわあわと助け起こそうとし、いや卒中なら動かしてはならんとか気道の確保をとか、医者だ医者だとか壇上はもうてんやわんやである。

 休会!休会!と宰相が叫ぶ。

 陛下は赤黒い顔のまま、見たことがないほど昏い眼で、倒れた老忠臣と議場の様子を一瞥され、退出された。


 先々代大公閣下はしばらくして意識を取り戻され、どうやらひどく興奮されただけとの知らせがあったのは幸いだった。

 不慮の出来事で休会となった会議は、陛下が要求を取り下げられるとの告知があり、そのまま立ち消えとなった。


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