臨時貴族院の顛末(ユベント伯爵ルキーノ)(1)
国の予算や事業計画、王室人事などを承認し、合わせて立法も行う貴族院は、通例、11月に3週間ほどかけて開かれる。
だがこの年の4月、臨時会議が開催されることとなり、私、ユベント伯ルキーノも妻子を領地に置いて王都に上る破目になった。
妻のフローラが偽物のデビュタントを連れて、王宮に上がったのが新年のこと。
ここのところ王室──厳密には陛下と妃殿下、側妃様まわりがごたごたしているらしい。
事前に知らされた議題も、正直意味が計りかねるものだった。
フローラから新年の顛末は聞いていたから、ある程度の察しをつけることはできたが。
本当はフローラにも来てほしかったが、「うっかり王都に赴くと断れない筋から茶会の招きが来て、行ってみたら妃殿下がお忍びでいらしたりしていそうで怖い」とのことで、私1人ということになった。
王都に着いて早々、王立学園時代に知己を得たアウグスト・ユルスナール侯爵から夜食の会に招かれた。
他にも当時の友人が参集するらしい。
ちなみに、明日は別の友人の昼食会に招かれている。
アウグストは保守派だが、明日の友人は革新派だ。
双方、そのことは知っている。
要は、王室の揉め事に保守派革新派などの派閥がついて騒ぎが大きくなり、事情がわかっていない地方領主を取り込むために各派活発に活動しているというところなのだろう。
晩餐会と言ってしまうと夫人同伴にしなければならないので、男同士で好きにやれるよう、夜食の会ということにしたのだろう。
一応、夕食後の時間帯に集まったのは十数名。
いずれも学園時代の先輩後輩だ。
当時の学年で言えば、陛下の3、4年上に当たる。
酒瓶やグラス、軽い肴があらかじめ用意された客間に通される。
先に来ていた先輩に、「相変わらずルキーノは四角いな」と背中を叩かれた。
ユベント家は初代が馬上槍で武功を挙げた騎士だったこともあって、代々槍の鍛錬を積む。
そのため、私も背はそれほどではないが、肩幅ならたいていの者に負けない。
そんな感じで久闊を叙し、部屋の真ん中を空けて配置された肘掛け椅子にそれぞれ落ち着いたところで、アウグストが立ち上がり、グラスを掲げた。
「まずは再会に」
私達も唱和し、グラスを掲げて飲む。
しばらくがやがやと、互いの近況やら雑談が続く。
私は結婚が遅かったので、一番上の子でもまだ10歳だが、早くも長子が結婚するという者もおり、下手をすれば来年はおじいちゃんかと皆で慨嘆した。
場が温まったところで、給仕が下がる。
頃合いか、と視線が交わされた。
「で。なんなんだ、今回の議題は」
いったん口火が切られると、我も我もと今回の議題への疑問点が出た。
「側妃を急に4人も娶るというのも驚いたが、そのために離宮を新設したいから承認を、とはどういうことなんだ」
「離宮の新設なら、王室予算を積み立ててそこから出すものだろう?
なんで国家予算から特別費を出せという話になるんだ」
「王室予算は妃殿下が握っているから突っぱねられたんだろうが、だからと言って国費で出せと言われてもな……」
「側妃の候補も問題まみれだろう。
リストの一番上の令嬢は、来年の春に結婚が決まっているはずだ。
無理やり婚約解消させて、18歳の娘を35歳の陛下の側妃にしたら、王室の評判が国内外で失墜しかねないじゃないか」
「しかも側妃とするには血筋が不十分な者もいる」
「三番目の子爵令嬢の実家、洪水で農地がやられてからだいぶ苦しいので、結婚を諦めて宮中に女官として出仕したと聞いているが、王宮入りの支度が出来るのか?」
「そもそも離宮が完成するまで、側妃をどこに住まわせるつもりなんだ。
いきなり4人追加じゃ調整が効かないだろう」
「こんなわけのわからない話ではるばる王都まで呼び出されるなんて、たまったもんじゃないよ」
一方的に質問と苦情を投げられる形のアウグストが、困ったような笑顔を貼り付けたまま、まあまあとなだめるように両手を動かす。
「そのあたりは、我々も相当に苦慮しているところで……」
なぁ、と王宮に勤務している一級下の宮廷貴族の方を見やる。
彼も保守派だが、アウグストが妻の叔父である財務大臣と親しいのに対して、宰相に引き立てられている人物だ。
立場は異なるが、同じ保守派としてアウグストの説明を補足するために招かれているらしい。
「今回は、無理に陛下の提案を可決にしなくてもいいんじゃないかと……」
「少なくとも、可決に向けて工作をするつもりはありません。」
今の宰相は王室の意向にべったりだ。
財務大臣派のアウグストだけでなく、宰相派も陛下案の可決を諦めているようなことを口にしたのに、私は少々驚いた。
「じゃあ否決だ。解散解散!!」
そうと決まれば仕事は終わった、飲もう飲もうと、どっと笑いが起きる。
「いやいやいや、なんでこんなわけのわからない議案が出たのか聞かないと。
『わけがわからなかったけど否決されたので大丈夫です』じゃ話にならない」
「でもこの話、どうせ陛下だろ?
妃殿下がこんな馬鹿なことを言い出すはずはないし」
「そうなのか?
私はてっきり、ギヨーム殿下を王太子にするのが気に食わない妃殿下が、なにがなんでも陛下のお子をとしゃかりきになってるのかと思ったが」
「どっちにしても今更なぁ……無理だっぺ」
ついお国訛りが出た者がいて、またどっと笑いが起きた。
領地をまめに回っていればいるほど、領民の訛りがうつる。
妃殿下は、ギヨーム殿下とは縁がほぼない。
グイド殿下とは母方を通じて一応姻戚にはあたるが、そこまで深いつきあいがあるわけではないらしい。
どちらにしても代替わりがあれば、妃殿下の影響力はかなり薄くなるはずだ。
「そもそも王太子は結局どうするんだ。
ギヨーム殿下をとは言われているが、陛下が即位されて今年で…4年目か。
いつまでもはっきりさせないわけにはいかないだろう」
「王太子として立ててからの方が、秋の結婚式も盛り上がるだろうに」
「立太子の件は……」
アウグストが胃が痛そうな顔をしながら、グラスを干した。
わざわざ給仕を下げているのは、内々の話をするためのはずだが、よほど話しにくいことがあるらしい。
他にもグラスの空いている者がいたので、自分のグラスを置いて立つと、酒の瓶をとって注いで回ってやった。
「秋の貴族院でギヨーム殿下の立太子を承認することにはなっている。
式は新年の予定だ。
さすがにこれ以上王太子がいないというのはありえないと、もう宮廷総出で説得して、内定という運びになったんだが……
で、陛下としては、その話を呑んだんだから、代わりに自分の言うことを聞け、というつもりらしいというかなんというか……」
はあ!?と、地方貴族ほぼ全員で声が揃った。
一番王太子にふさわしい王族を王太子として認めるという当たり前のことをして(まだ内定だが)、その代償として側妃4人を迎え、国費で新離宮を建設しろというのはまるで筋が通らない。
皆、判断しかねて微妙な顔になる。
「万一、ギヨーム殿下が立太子される前に、陛下の妃がご懐妊となったらどうするつもりなんだ?
来年の頭だと無事産まれるかどうかもわからないし、男か女かもわからないのに、まさか王太子をその子にするという話になるのか?」
微妙な顔をした一人が、訝しむ。
「……陛下とギヨーム殿下の間で、内約があるらしい、とは聞いています」
誰とも目線を合わせずに、宰相派が言う。
陛下に男子ができればその子の成長を待って王太子を降りる、もし陛下がその子の成長前に亡くなるようなことがあれば、ギヨーム殿下が仮の王として即位して、次の王位はその男子に渡すといったものだろうか。
そうした内約の下、傍系に王位を渡したことは他国に例がある。
もし内約を飲まねば、父親の格が高いグイド殿下を王太子とすると陛下に主張されればギヨーム殿下は署名する他ない。
実際には陛下に子ができる可能性はかなり低いのだから、内約を結んでも王太子から降りることはほぼないだろう。
ただし、陛下とギヨーム殿下の間は相当こじれそうだが。
「それにしても新たに側妃4人とは。
妃殿下に今の側妃様を合わせて6人か。
うちは妻1人で手一杯だというのにお盛んというかお元気というかなんというか……」
学園時代に、広大な領地を持つ侯爵家の一人娘に惚れこまれて、子爵家からいったん他家の養子になって婿入りした者が苦笑する。
確かに、男としての欲が落ち着いてくるというか、正直に言えば衰えてくる年頃になってこの要求は訝しい。
アウグストと宰相派は顔を見合わせた。
どちらが打ち明けるのか、押し付け合うような間があって、結局アウグストが嫌そうに口を開いた。
またまたブクマいただいてしまいました。
ありがとうございます!