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不穏なデビュタント  作者: 琥珀
半年前
4/13

死者からの手紙(ユベント伯爵夫人フローラ)(1)

 その手紙を領地の館で受け取ったのは、初夏だった。


 王都の本邸から転送されたことを表すスタンプがついた、妙にかさばったものが入っている手触りの封筒を開けると、白い麻のハンカチが出てくる。

 ハンカチは古びていて、うっすら染みが残っている。

 広げてみると、わたくしの実家の家紋の刺繍がついていた。

 さほど巧くはない刺繍には見覚えがある。

 学園時代、練習のために刺したものだ。


 手紙を開く。


「ユベント伯爵夫人フローラ様


 過年、娘に大変なご厚誼を賜りましたこと、最近になりましてようやく知る機会を得ました。

 長い間御礼も申し上げられず、大変申し訳なく思っております。

 このような身で申し上げるのは本当に心苦しいのですが、今一度、フローラ様の御慈悲を賜われませんでしょうか。

 ぜひともご相談させていただきたいことがございます。


 もしお心あたりなければ、ご放念くださいますよう伏してお願いいたします。」


 署名はなかった。


 だが、手紙の内容に心当たりはある。

 アナベラ・リーンハイネ嬢のことだ。

 急に学園を退学されてから20年近く、どうされているのか一度も噂を聞いたことはないけれど──

 なぜアナベラ様からではなく、お父様からのお手紙なのかと思うと、胸騒ぎがした。


 王立学園時代。

 わたくしが無知で、無力な小娘だった頃に垣間見た邪悪な行為。

 あの時、わたくしはアナベラ様の涙を拭って差し上げることしか出来なかった。

 もっと、なにかできることがあったのではなかったかと思い悩んだことは、夫と結婚し、子を成した今でも忘れてはいない。

 ──書斎の貴族年鑑を繰り、「心当たり」の家を見つけると、夫と相談し、こちらの都合と、いつ訪れればよいか問い合わせの手紙を出した。

 最短で、アナベラ様のお兄様と名乗る方からお返事が来た。



 訪問することはいち早く決めたが領地や子供たちのこともあり、すぐには動けず、3週間ほど経ってようやく王都へ向かうことが出来た。

 領地から王都まで3泊4日の旅だ。

 約束の前日に本邸に入り、馬車でリーンハイネ男爵邸へ向かう。

 リーンハイネ男爵邸は、富裕な商人や官僚が住む地区にあった。

 古くからの貴族ではなく、農業技術の開発でアナベラ様のお父様が功績を認められて一代男爵として叙爵された家だからだろう。

 貴族年鑑には、アナベラ様は載っておらず、5つ年上のお兄様の名前と、お兄様のお子様が男の子ばかり三人いらっしゃると書かれていた。


「まさか……」


 喪の飾りが門にかかっている。

 もしや、もたもたしているうちにアナベラ様が亡くなられたのだろうか。


 玄関には、わたくしより少し年上に見える夫婦と、まだ学園入学前と見える少年が並んで待っていた。


 お兄様とその夫人、次男だというハンス君が名乗り、わたくしも名乗って中へ招かれる。

 お兄様とハンス君は、アナベラ様と同じピンクがかったブロンドで、瞳も同じく濃い碧。

 血のつながりを感じた。


 緑の濃い庭に面した、広くはないが落ち着いた雰囲気の応接間に通された。

 テーブルの上に、古びたノートや日記帳らしきものが積み重ねてある。

 メイドは下がらせ、お茶は夫人みずから淹れてくれた。

 喪の印は、最初の手紙をくださったお父様が、長患いの末10日間ほど前に亡くなられたためだと説明を受けた。

 弱っていたとはいえ、あのような不躾な手紙を父がお送りして申し訳ないとか、大変な時に伺ってしまって恐縮です、お父様にお目にかかりたかったですとか、お互いになにをどこまで話してよいのかわからず、儀礼的な会話で時間が空虚に流れる。

 同席しているハンス君がもじもじし始めた。


「あの、ところでアナベラ様は……?」


 思い切って、こちらから口火を切ると、夫婦は互いに顔を見合わせた。

 アナベラ様がどうされているのか、わたくしが知らないとは思っていなかったらしい。

 

「……アナベラは、16歳で亡くなりました。

 王立学園の1年生の秋学期に退学して家に戻り……その年の春先に。」


 え、と声が漏れる。

 退学して3、4ヶ月ということだ。

 そんなに前に亡くなっていただなんて。

 

「……どうして亡くなられたのですか?」


「………部屋に閉じこもったまま、ろくに食べもせず。

 話しかけても、ただ泣くばかりで、そのままやせ衰えて……」


 なんてことでしょう、と反射的に口にして眼を伏せたが、続く言葉が出てこない。

 お悔やみの言葉なり、慰めの言葉なりかけるべきだと思うのだが……


 ──陛下のせいだ。


 その言葉だけが頭をぐるぐる回る。

 あまりの衝撃に黙り込んでしまった私に、お兄様が遠慮がちに口を開く。


「私は農業学校に通っていたこともあり、アナベラが王立学園でどのように過ごしていたのか、まったく知らないのです。

 よろしければ、フローラ様からお聞かせいただけないでしょうか。」


 農業学校は名の通り、農業技術者を育てる専門の学校だ。

 王立学園とあまり横のつながりはない。

 それならば、入学当初は明るかったアナベラ様がどうしてそんなことになってしまったのか、アナベラ様が口を閉ざしていれば、ご家族にはわからなかっただろう。


 であるならば、わたくしができることは、まずなにがあったのかご家族にお伝えすること──


「……そうだったのですね。

 わたくしは一学年上ですから、ご一緒したことはほとんどありませんでしたけれど、アナベラ様のお噂はたまにうかがっておりました。

 ……ご不快になることも申し上げてしまうかもしれませんけれど……」


ブクマ頂戴してびっくりしました!

ありがとうございます!

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