表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不穏なデビュタント  作者: 琥珀
新年
1/13

舞踏会の夜(グイド・ノベルタス殿下)(1)

 レストール王国の社交シーズンは、その年の収穫を終えた領主貴族が王都の本邸へと戻ってくる秋の終わりから雪解けの頃までとなっている。

 クライマックスは新年の前後で、年越しには王宮で夜を徹して行われる大舞踏会が開かれ、1日おいて新年2日目には社交界にデビューする16歳から18歳までの男女──デビュタントを主役とした舞踏会が開かれるのが通例だ。


 この年のデビュタントは例年より多い300余名を数えた。

 午後早くから、男性は黒の燕尾服に白手袋、女性は白のイブニングドレスにオペラグローブをつけた姿で王宮へ赴き、謁見の間で国王夫妻に挨拶をした上で舞踏会の会場となる大ホールに入場する。


 私、グイド・ノベルタスは、国王陛下の腹違いの兄の息子にあたり、子のない陛下の後継者候補と目されていたことから、若い王族の代表としてデビュタントの挨拶に同席した。

 といっても、同じ立場のギヨーム・コンティと、玉座に座した陛下と妃殿下を挟むように並んで立って、デビュタント達を見守るだけだが。


 年は私が17歳、ギヨームは21歳で、ギヨームが年長になる。

 面倒なことに、私の父は侯爵家出身の第一側妃の子で第二王子、ギヨームの父は伯爵家出身の第二側妃の子で第一王子、王妃から産まれた陛下が第三王子にあたる。

 陛下にはお子がないので、甥である私達が王太子候補と目されている。

 幼長の順から言えばギヨームだが、祖母の格から言えば私の方が王太子にふさわしいと主張する貴族もそれなりにいたようだ。


 とはいえ、最初の甥であり、風貌も性格も自分に似ているギヨームを陛下が子供の頃から可愛がっていたこと、7歳で婚約した大公家の令嬢と今年の秋にも結婚することから、王太子はギヨームでほぼ内定とみなされている。

 父母や祖母は納得していないと感じることもあるが、私自身には異存はない。

 私もギヨームも際立った才能はないが、どちらも王族としてそこそこにやれる程度の能力はある。

 要は、どちらでもよいし、どちらでもよいのなら陛下との結びつきが深い方が王太子となった方が穏便だ。


 挨拶の時間も限られていることから、挨拶といってもデビュタントは陛下夫妻にお辞儀をするだけ。

 身分の順に作られた名簿に従って謁見の間に長蛇の列を作り、侍従に自分の名を呼ばれたら二三歩進み出てお辞儀をし、壇上に座った陛下と妃殿下が頷けばもう一度お辞儀をしてホールに向かう廊下の方にはけるという流れになっている。


 去年、自分がデビュタントとして参加した時は、先頭だったので気づかなかったが、列はうんざりするほど長かった。

 今年の先頭はギヨームの婚約者の妹、大公令嬢エスメラルダ嬢。

 濃い金髪の豊かな巻き毛に紫の瞳が美しい令嬢だが、既に隣国の公爵と婚約している。

 彼女にはデビュタント代表として、陛下が簡単な祝いの言葉をかけ、以降上位貴族から挨拶が続く。

 自分は王立学園の2年生なので、デビュタントの多くが見知った者だが、陛下や妃殿下、卒業して3年が経つギヨームにとっては、縁戚以外は初めて見る者が多い。

 鷹揚そうな笑顔を作り、見知らぬ者の挨拶を延々と受け続けるのは、流れ作業とはいえなかなかしんどそうである。



「ユベント伯爵夫人フローラ様預かり、リリアナ嬢。御年16歳。」


 ようやく4割ほど列が消化されたところで呼ばれた令嬢が進み出てにこやかにお辞儀をした時、陛下が、不意に前のめりになった。


 リリアナ嬢は列のだいぶ後ろにいた頃から目立っていた。


 令嬢のほとんどが、ここのところ流行っている、マーメイドラインの大人っぽいドレスをまとっている中、椀を伏せたように裾が大きく広がり、短めのパフスリーブがついたドレスを着ている。


 装飾品も妙だ。

 ピンクがかった濃い金色の髪は左耳の下に向かって編み込みにして結び、結び目に白い生花を挿して、巻いた毛先を胸元へ垂らしている。

 淡い金と銀が多いこの国の貴族には珍しい髪色とはいえ、髪型そのものはおかしくないが、ほかの装飾品といえば、首にはドレスと共布の、花飾りをあしらった白のチョーカーをし、後は金の小さなイヤリングをしているだけ。

 もっと後ろに並んでいる騎士爵などの令嬢でも、今日ばかりは家宝を引っ張り出すなり、縁ある者から借りるなり、それなりの宝石で身を飾っているのに、一生に一度の場に対して質素すぎた。


 周囲の令嬢方と比べると、やや肩幅が広いきらいはあるが、その分、肩から首のラインが綺麗で顔が小さく見える。

 均整がとれた体つきや顔立ちは悪くないのに、なぜこのような装いにしたのだろう。

 怪訝そうな、時に不躾な視線が列が動く度にちらちらと走るのを気にもとめず、謁見の間の天井に輝くシャンデリアや壁面に描かれた神々の宴の図を見上げて、無邪気に初めての王宮を楽しんでいるあたり、他人の眼を気にしない性質なのかもしれない。

 呼び出しでは「預かり」と言われていたし、王立学園では見かけた記憶がないので、領主貴族の支族かなにかの娘か。

 この国では、本人に貴族籍がなくとも、貴族と縁がある者ならば、伯爵以上の推薦でデビュタントとして参加することができる。



 陛下が凝視する中、リリアナ嬢が顔を上げる。

 初々しい表情が愛くるしかった。

 眉がやや太く、くっきりとして、愛くるしさだけではない意思の強さを感じさせもする。

 右の目尻に2つ、泣きぼくろがあるのが妙に色っぽい。

 長いまつ毛に縁取られた大きな碧眼は生き生きと輝いて、この日を迎えられた喜びに満ちているように見えた。


 そのまま、妙な間が空いた。


 陛下はあっけにとられたような顔のまま、ぐ、と玉座の肘を握って、リリアナ嬢を凝視し続けている。

 リリアナ嬢はほのかな笑みを口元に浮かべている。

 今年で35歳になり、私の子供の頃の記憶よりはやや恰幅が良くなってきたような気もするが、まだまだ美丈夫と言っても良い風貌の陛下の凝視を受け止め、まっすぐに見上げている。

 

 既に予定は押している。

 陛下が頷かなければ、リリアナ嬢は退出できないし、次のデビュタントを呼べない。

 妃殿下も笑みを消し、やや眼を細めて、リリアナ嬢を眺めているようだ。

 まさか陛下が、自分の子であってもおかしくない年頃の令嬢に電撃的な一目惚れをしたわけでもないだろう。

 可愛らしくはあるが、学園であればクラスに1人2人いるレベルで、学年一、学園一の美女と謳われるほどの容貌ではない。

 

 結局、妃殿下がさりげなく扇で自分の手をぽんと軽く打ち、その小さな音が耳に入ったのか、ようやく陛下が頷いてみせた。

 あわせて妃殿下も頷いてみせ、リリアナ嬢はもう一度深々とお辞儀をすると退出する。

 陛下につられるように妃殿下も、私もギヨームも、その後姿を眼で追った。

 流行を無視したような装いこそ目立ちはするが、よくいる令嬢にしか見えない。


 侍従が咳払いをして次のデビュタントの名を呼んだ時には、妃殿下はいかにも国母らしい柔和な笑みを取り戻していた。

 陛下は、硬い表情のままからくり人形のように頷き続ける。

 ギヨームと私は、二人の頭越しに「今のはなんだったんだ?」という視線を取り交わした。



 この舞踏会は、まずデビュタント全員によるフォーメーションダンスに始まり、それから大人も交えてひたすらワルツが踊られる。

 デビュタントとその家族だけでなく、男爵以上の貴族であれば誰でも参加できるため、年越しの舞踏会ほどではないが参加者が2000人を越えることも珍しくない。

 もともとは貴族同士の集団見合いという意味合いのある舞踏会だけに、普段よりも若い貴族が多いのが特徴だ。

 広壮なホールはワルツを踊る人々、会話を楽しむ人々、知人を探す人々でごった返し、その間を縫うように、飲み物や軽くつまむものを盆の上に乗せた給仕が巡っている。


 王族用に、ホールの前方には高めの壇がしつらえられている。

 そこから眺めていると、リリアナ嬢は、デビュタントの入場でもやはり目立っていた。

 なにしろドレスの裾の幅が、他の令嬢の倍以上あるのだから仕方ない。

 ホールの床に描かれた模様に沿って行われるフォーメーションダンスを初めて外から見たが、なかなか壮麗だった。

 ダンスの方は大丈夫なのかと、勝手に親戚のような心持ちでちらちらと見えるピンクブロンドの髪を見守っていると、無難にこなしたようだ。


 フォーメーションダンスが万雷の拍手とともに終われば後は自由。

 父母と一緒に、縁戚に当たる上位貴族と一通り挨拶した後、壇からフロアに降りる。

 王太子争いの影響で、私は婚約者がまだいない。

 それだけに最初のダンスの相手は注目が集まるので、無難に既婚の姉上と済ませることにした。

 組んだ途端、学園で気になる相手はいないのかいないならさっさと婚約者を決めろ年末に渡した他国の令嬢方の釣書は見たのか後で首根っこ掴んで主だった令嬢めぐりをするから逃げるな逃げたらどうなるかわかっているだろうなと、笑顔のまま怒涛の勢いで恫喝される。

 今日は友人もたくさん来ているのだから、私自身で社交をさせてくれ、成年王族なのにいつまでも姉上におんぶにだっこではいられない、と、いつものように眉尻下げて泣きついたら、姉上がめぼしい令嬢をチェックする間なら自由に行動してよしとのお言葉を賜ったので、曲が終わるとそそくさと離れた。


 とりあえず学園の友人、知人に声をかけたり、かけられたり。


 皆、初めて陛下に拝謁して緊張したと笑いながら、楽しんでいるようだった。

 生徒会仲間の令嬢が5人、隅の方で固まっていたので、せっかくだから踊ればよいのにと声をかけると、ではグイド様がお誘いくださいと返されて、立て続けに踊る破目になった。

 令嬢チェックに励んでいる姉上と目が合ったので、自分だって努力しているのだと全力でアピールすると、私の縁談にかける姉上の情熱の強烈さを知っている令嬢に声に出して笑われてしまった。


先王==第二側妃(伯爵家出身)→第一王子→ギヨーム(21歳:王太子内定/大公令嬢と婚約)

  ==第一側妃(侯爵家出身)→第二王子→グイド(17歳/婚約者なし)

  ==正妃         →第三王子(現在の国王/正妃と側妃):子供なし


国王のみ、複数の妃が持てる国。

王位継承権は正妃が産んだ男子が最優先。

正妃が産んだ男子がいなければ、側妃が産んだ男子から選ばれる(明確な規定はなく、国王のは判断で決まることが多い)。

女性と庶子(妃ではない女性から産まれた子)には、王位継承権はない。

※本来、ミドルネームが複数つくが省略。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ