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09、サビオ(絆創膏)と落下

 組合の二階に上がり、従業員の休憩所と組合長室、会議室を通り過ぎた一番奥の部屋。

 扉にはアンティーク調の木目を生かしたドアプレートが掲げられており「開発部」と表記されていた。


「ここが開発部よ! といっても、ほぼ無人なんだけどね」


 開発部の部長であるハリネズミさんが、トテテッという効果音が似合いそうな可愛い走り方で私の先を行き、扉を開けてくれる。

 部屋の中は今まで開発したと思われる品々が棚の中に飾られていた。


「基本的に他の人達は自宅で商品開発しているの。今日はあなたにコレを見てほしくてわざわざ来たのよ」


 大きめの机に試作品と思われるサビオ(絆創膏)がいくつも並べられていた。

 見た目は記憶の中のサビオそのままだ。懐かしい気持ちが溢れてきてつい感嘆の声を上げる。


「すごい。私の描いた絵がそのまま形になっています!」

「そ、そう? それならよかったわ」

「こんなにたくさん作るの大変だったんじゃ……?」

「別に。これが仕事だし!」


 ぷいっと顔を逸らしたハリネズミさんのほっぺたが真っ赤だ。リンゴみたい。


「だけど、粘着性で躓いているのよ」


 ハリネズミさんの言葉に改めて机の上のサビオ達を見る。

 傷口に触れないテープ部分が薄い布だったり、何かの樹液を固めたようなものだったりと材質から全く違うようだ。


「粘着性が弱いと指を曲げたり、水に触れたらすぐ取れちゃって。粘着性を強めると今度は皮膚がかぶれちゃうの」


 そう言って机を指差すハリネズミさんの指すべてに種類の違うサビオが巻かれていた。

 ついその手を取りまじまじと見つめる。


「自分の指を実験台にしているんですか?」

「もちろんよ。魔力の少ない小型獣であるあたしが使って問題なければ、他の獣人すべてに使えるもの」

「魔力?」


 この世界、魔力とかあるんだ。


「ホントに何も知らないのね。あたし達獣人がなぜ人の姿を保っていられるのか知っている?」

「いえ」


 首を振って知らないと告げると、ハリネズミさんはバカにしたりせずに教えてくれた。


「魔力を無意識に使用して人化しているのよ。その証拠に生まれてしばらくと死んだ後は獣の姿なの。あなたみたいな大型獣は魔力が多くて、余剰分を自身の防御に回しているからとても丈夫なんですって」


 あ! だから針が刺さらなかったり建材の下敷きになっても平気だったんだ。


「小型獣は人化するだけで魔力をほぼ使い切って防御に回せないからよく怪我をしちゃうのよ。神殿に行けば治してもらえるけど軽い怪我程度では行かないわ。治療費も高額だしね。サビオは片手で付けられるし、材料費も安いからみんなのために絶対完成させたいの!」

「ハリネズミさん! 私にできることがあればなんでも協力します」


 みんなのためという考え方に感動してその手を強く握ると、ハリネズミさんの顔が真っ赤になった。


「あなたが提案者なんだから協力は当たり前よ! ちょっと! いつまで手を握っているの⁈」


 ほっぺを膨らませて怒っているけど照れ隠しだってわかる。ハリネズミさんはツンデレさんか。


「でも、ここまで完成しているのに私にできる事ってありますか?」

「もちろんよ! あなたがいないと無理なの!」





 そして何も説明されないまま門までやってきた。


「あれ、ハリネズミちゃんとクマの嬢ちゃん。どうしたんだ?」

「こんにちは、門番さん」


 私達に気づいた黄色い髪のトリの門番さんが声をかけてくれた。相変わらず門番さんの後ろ髪はぴょんと跳ねていて、今日は特にクルクルと巻き上がっている様に見える。機嫌がいいのかな?

 しかし、ハリネズミさんは私の腰布を掴んで後ろに隠れてしまう。


「ハリネズミさん……?」

「あたしの言葉を繰り返してっ!」

「え、はい。ええっと……東のなげけ? あ、なげき。東のなげきのがんぺき? に採取に行きます」


 腰布に顔まで埋めるから声がよく聞き取れない。言われた言葉を繰り返すと、どうやらこれから採取に行くようだ。

 ハリネズミさんの態度を気にした様子もない門番さんは紙に記入しながら頷いた。


「わかった。嘆きの岩壁ね。暗くなる前に帰ってくるんだよ」

「はい、行ってきます」

「二人とも落ちないように気をつけてねー!」


 門番さんの姿が見えなくなるまでハリネズミさんは私の腰布に隠れていた。


「門番さんと何かあったんですか?」


 声をかけるとハリネズミさんはびくりと身体を震わせ、くりくりの目を潤ませる。

 絶対何かあった態度だ。


「……大丈夫。あたしの問題だもの」

「わかりました。でも、話すだけでも楽になるので気が向いたら教えてくれると嬉しいです」

「そうね、その時は話してあげてもいいわよ」


 明らかに強がっている。これ以上聞かないことにしよう。別の話題を振ることにした。


「それより嘆きの岩壁に何しに行くんですか?」


 まさか門番さん対策に私を呼んだわけではないだろう。


「ナミアソウを採りに行くの」


 ナミアソウとは崖にしか生えない珍しい植物で、昔はその根っこを煮て接着剤として使用していたらしい。サビオに使ってみたいとハリネズミさんがやる気だ。


「私が崖を下りて採ってくればいいんですね」

「違うわ、採るのはあたし。縄を持ってきたからクマさんにはあたしを引っ張り上げて欲しいの。重い物を運べるなら楽勝でしょ」


 開発部のみんなはひ弱で無理。依頼として出すと余計な費用がかかるため二の足を踏んでいたんだって。


 嘆きの岩壁に到着すると、切り立った崖の下を見たくなってしまった。好奇心を抑えられず覗き込もうと崖に近づく。


「落ちないように気を付けなさいよ!」

「大丈夫です」


 ハリネズミさんは木に縄をくくりつけている。

 崖下は落ちたら無事では済まないとわかるくらいに高く険しかった。そして覗いた事を後悔した。


「アアァーーーーッ、アアアァァアァアーーーー!」


 聞き覚えのある声が響く。それは忘れもしないダクの咆哮。崖のすぐ下にダクがへばりついていたのだ。

 大きさは前に見た個体より小さい。でもあの時感じた恐怖は変わらない。


 とにかく逃げなきゃ。

 ハリネズミさんを抱えて全速力で走れば逃げ切れるはず。


 振り返るとハリネズミさんの目の前にもダクが出現していた。

 いつの間に! 

 二体目は崖下のダクとほぼ一緒の大きさ。私は崖ギリギリの所でハリネズミさんは木の近く。距離があるし、私達の間にいるダクが邪魔だ。

 そしてこの一瞬の判断の遅れが、崖から別のダクが上がってくる時間を作ってしまった。


「もう……無理」


 恐怖でへたり込んでしまったハリネズミさんは絶望に顔を歪ませている。


「ダク! 私が相手よ!」


 ハリネズミさんの近くにいるダクに体当たりしてその腕を掴み崖側に投げた。

 あわよくばダクが二体とも崖から落ちてくれれば逃げられる。そんな淡い期待を抱きながら。

 しかしダクが体勢を崩し落ちる瞬間、腕が伸びてきて身体を掴まれ、私も一緒に崖下に引き摺り込まれた。


「そんなっ、クマさん! クマさーーん‼︎」


 最後に聞いたのは、嘆きの岩壁に木霊するハリネズミさんの悲痛な叫び声だった。


ナミアソウ

険しい崖にしか生えない根性のある草。クティノスでは嘆きの岩壁以外で確認されていない。

根は食用(根を煮た煮汁は冷えると接着剤になる)、葉は染料、花は甘味と用途が多い。昔はナミアソウを求めて毎日獣人が摘みにやって来た。

嘆きの岩壁は風も強く崖下は鋭く尖った岩が槍のようになっているため、落ちたら死は免れない。

ナミアソウは残された獣人が嘆き悲しみ、流された涙で育ったとされた。いつしかナミダが変化してナミアソウとなった。


嘆きの岩壁

獣人の嘆きと風が岩壁に当たった時の音が泣いている声に聞こえるためその名がついた。

夜に来ると怖い。


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