05、ダク遭遇と添い寝
ルストにおんぶされて森の中を突き進む。
私というお荷物がいるのにものすごい速さだ。景色が高速で移り変わる。日が落ちる前に終わらせたいらしい。
ふと、小指に巻かれた包帯が目に入った。
仰々しく巻かれているそれは大怪我をしたのではと錯覚するほど。
「ルスト、遅くなりましたが傷の手当てありがとうございます」
「俺が傷つけたから当然だ」
「こんなに大袈裟に巻かなくてもよかったのに。サビオがあればそれで……」
「ちょっと待て」
ルストが急に立ち止まった。足を踏ん張って急ブレーキをかけたから土煙が舞い上がる。
もしかして近くにダクがいるのだろうか。
地の底を這うような低い声が聞こえてきた。
「サビオとは誰だ……?」
「え? あっ! サビオは絆創膏です! 小さい傷を保護するためのものです! 人の名前じゃないですっ!」
ルストの雰囲気が怖い。どことなく髪の毛も逆立っている気がする。
サビオは地域限定の呼び名だと言うことをすっかり忘れていた。
普通に日本語を話している感覚だったので、使い慣れた言葉が出てしまった。たぶん「~~だべや」や捨てるという意味の「投げる」も通じないかもしれない。気を付けないと。
「そうか」
私の説明に納得したのかピリピリとした雰囲気がなくなり、先程までのルストに戻った。
「ばんそーこー? サビオ? というものはこの国にはないな。小さい傷は舐めるか放置が基本だから」
「小さい傷からばい菌が入って化膿したりするので、傷口の保護は大事ですよ」
「ヴィティ、その話、組合でしてみるといい」
「あ、はい」
「ガグギャァァアァアアアァアアアアァァァア‼︎‼︎」
突然、地響きと共に落雷のような咆哮が響き渡る。
「どうやら殺気を出したおかげでこっちに来てくれるみたいだ」
ルストは私をおんぶしたまま木を登り始めた。
太い木の枝に私を座らせると「じっとしてろ。大声も出すなよ」と告げる。
現れたのは闇よりも暗い大きな大きな塊。真っ赤に血走った目、裂けた口からはダラダラとよだれが垂れている。歩みは遅いが一歩一歩進む度、周りの木々が黒く染まり焼け爛れたように崩れていく。
それは獣にも見えるし、泣いている赤ん坊にも見えた。
確かな事は今すぐこの場を逃げ出したい。
鋭い刃物を眼前で突きつけられたような恐怖がじわじわとせり上がってくる。
一人だったらみっともなく叫んでいた。
「……人を恨み、自身を恨み、周りを恨み、世を恨む。恨む心が重みを増して体を離れ地に落ちる。落ちに落ちて堕ちきって、魂澱みしその名は濁魂。穢れ広がりこの世に災いもたらさん」
ルストの説明で理解した。あれがダク。
「ダクについてこの国に伝わる詞だ。近くにいると負の感情に引きずられる。心を強く持て。すぐ終わらせるから」
それは一瞬の刹那。
ダクの目の前に飛び降りたルストは、私が瞬きをしている間にその首を切り落としていた。
動きが全く見えなかった。だが、ルストの爪が鋭く尖っていたのでおそらく爪で仕留めたのだと思う。
ダクの巨体は黒い霧となって溶けていく。
残ったのはダクと同じ色の闇よりも深い黒い玉。水晶玉くらいの大きさだろうか。
ルストは腰布を外し、その玉を大事そうに包み込んだ。
「ヴィティ、帰ろう」
「あの、その、木からどうやって下りればいいですか?」
「……ふっ、はは。仔猫みたいだな。待ってろ、すぐ行く」
笑いを堪えきれず吹き出してしまったルストに木から下ろしてもらい、そのままお姫様抱っこされた。私の腰が抜けて歩けなくなってしまったからだ。
黒い玉は私がお腹に抱えている。
「ルスト、この玉はなんですか?」
「ダクの核だ。このままにしておくとまた実体化するから、神殿に持って行って浄化してもらう」
ダクを討伐するだけではダメらしい。
「大丈夫。浄化した核をダクが壊した森の中に置くと森の再生が早まるんだ。
もし、ダクと遭遇したら戦おうと思わずにすぐに逃げて組合に知らせてくれ。あいつらは足が遅い。必ず逃げ切れる」
「わかりました。ルストも無理しないで下さいね」
「ヴィティは俺が絶対に守るから安心して過ごしてくれればいい」
ルストの微笑みとその優し気な声を聞いて、この人の傍にいれば大丈夫だとホッとし私の意識は途切れた。
◇
「ふぁっ⁈」
目が覚めて真っ先に認識したのは誰かのあご。
そのまま目線を上に動かすとあごの持ち主はルストだった。
ルストの綺麗な金目は月明かりに反射してより深みを増し、目の縁がエメラルド色に輝いて見える。
そして頭の感触からどうやら私はルストに腕枕をされて寝ていたらしい。
「おはよう、ヴィティ」
「ふぇっ⁈ なんで? ここどこ?」
「ヴィティが気を失って、門の中に戻ってきたんだ。ここは俺の家。全然離してくれないから今こうなっている」
そうだ。ダク討伐を初めて見た帰り道、ルストに抱っこされてそのまま寝てしまったんだ。だって一定のリズムで揺れるし、ルストの体温あったかいしで、眠くなるのはしょうがないと思う。
そして私の右手はルストの服をがっちり掴んでいた。強く握りこんでいたのか、固まって手の感覚がほぼない。
「ごっ、ごめんなさい。すぐにどきます!」
「まだ夜明け前だ。色々あって疲れただろう? もう少し寝よう」
ぎゅうとルストに抱き込まれる。動けない。しかも太ももにはモフモフの感触。
ま、まさか尻尾が乗ってますか……?
ふぉお。見たい。触りたい。尻尾の付け根から先っぽまで撫で上げたい。
「門番と受付が心配していた。朝になったら顔を出しに行こうか」
「はい」
黄色髪のトリのお兄さんと組合受付のカンガルーのお姉さんのことだよね。
心配してくれてとても嬉しいけれど、今はそれどころじゃない。ルストが話すたびに額に吐息がかかる。くすぐったい。
このままじゃ寝られないと思っていたのに、ルストの体温はとても心地よく、抱き込まれているためよく聞こえるその心臓の音色にも安心して、あっさり私はまた眠りこけてしまう。
そして翌朝になって、ルストと一緒にベッドで寝たという事実に気づくのだった。