03、薄着が普通の獣人と狩人登録
「すごい。みんなケモ耳があるんですね」
「ヴィティにもあるぞ」
「あ、そうでした」
ここは獣人の国――クティノス。
肉食獣・草食獣関係なく暮らしている。他種族とも意志の疎通を図るため人型になれるように進化したとか。
「でもさっきの黄色髪の人は耳がなかったような」
「あいつはトリ。耳が見えなくて派手な色のやつは大抵トリだ」
インコみたいと思ったのは正解だったみたい。
それよりも歩いている獣人はみんな薄着だ。
女の人はビキニみたいな格好だし、男の人は上半身裸の人も多い。そして必ず腰布を巻いている。
「みんな腰布を巻いている理由を聞いてもいいですか?」
「尻尾隠し。俺みたいに尻尾の長い種族やイヌみたいに感情を尻尾で表現する種族は、店の商品を壊したり、人にぶつかって喧嘩になったりするから、それを回避するためだ。
それに尻尾は弱点だろ? 弱点を晒すバカはいない」
「なるほど。ありがとうございます」
私にも尻尾あるのかな。さっきからお尻の上がちょっとムズムズするんだよね。
私にも尻尾ありました。
服屋に入って着替え中、鏡で確認してみたら見つけた。太い筆みたいな白いぺたりとした短い尻尾。
自分で触っても尻尾の感覚の方が強くて、モフっている感じがしないな。
「ヴィティ、着替え終わったか?」
「あ、はい! 終わりました」
慌てて腰布を巻いて試着室から出るとルストが目を細めて「とてもよく似合う」と褒めてくれた。お世辞でも嬉しい。
私の格好は、首回りがゆったりとしたTシャツと短パン。そしてルストと同じ深緑の腰布。刺繍は刺繍屋さんにお願いしてあとから入れるのが普通らしい。
この国は雪が降った事がないほど温暖だと言っていたから、薄着の理由はわかる。
わかる……が、お店にあるズボンが全て股上浅めのローライズばかりなのは困った。
「尻尾を出すためですから仕方ないですね。昔は服に穴を開けて尻尾を出していたんですが、動かす度に尻尾の付け根が擦れて痛かったらしいですよ。
しかも急いでいる時、尻尾が引っかかって脱ぐのに手間取るので自然と股上が浅くなっていったんです」
店員さんオススメの服がローライズばかりなので、他のがいいと言ったらこの説明をされ納得するしかなかった。
腰布の重要性は尻尾隠し以外にもあると実感した。お腹が冷えるし、しゃがむとお尻が見えるよね。
「さ、行くぞ」
「あっ、あの、私、歩けますよ?」
服屋でサンダルも買ってもらったのだが、当然のように抱き上げられた。服の支払いも試着している間にルストが済ませてしまったし、強く拒否しづらい。
「俺が好きでやっている。気にするな」
「気になります」
「それより街並みを楽しんだらどうだ?」
「うー……はい」
さっきまでは裸足という大義名分があったから、特に何も思わなかった。
だが今は違う。視線が突き刺さる。周りの人に見られている気がする。
なんで抱っこするんですかぁ⁈
◇
「次は狩人組合で身分証明書を作りに行く」
「かりゅうど、くみあい?」
「門の中に住んで結界の恩恵を受けるなら、必ず何か職を持ち皆のために貢献しなければならない。
手先が器用な者は服を縫ったり、刺繍を施したり。力持ちの者は、家を建てたりとかな。
狩人組合は仕事の斡旋所だ」
「私にできそうな仕事ってありますかね……?」
日本では、人に自慢できる特技なんてなかった。掃除も料理もお金をもらうほどの技術ではないと思うし。
「しばらくは無理に働く必要はない。ヴィティは来たばかりだ。この国に慣れてからゆっくり自分に合う仕事を見つければいい」
「……ルスト」
ルストが優しすぎて甘えてしまいそう。
「わぁーぉ、あのサビネコさんが笑ってますぅ」
扉のない入口から建物に入ると、聞こえてきた第一声である。
声の主は受付のお姉さん。茶髪に、猫よりは長いけどウサギより短い耳の持ち主だった。
種族はなんだろう。草食っぽいけど耳だけじゃわからない。
途端に無表情になったルストが私を椅子に座らせながら、受付のお姉さんに視線を移した。
「登録」
「はいぃ。すぐに準備いたします」
「身元保証人は俺」
「かしこまりましたぁ」
なんだかルストが素っ気ない感じがする。
門で会ったトリの黄色髪の人にもそうだったけど、必要最低限の会話しかしていない。
服屋に関しては店員さんと一言も話していない。女物の服屋だから、男のルストは緊張していると思って気にもしなかった。
「では、こちらの用紙に名前と種族名、手形をお願いしまーす」
門でのやり取りと同じだ。もしかして二度手間を防ぐために門では断ったのかな。
ヴィティと名前を書く。自然と書けた。一応、確認のためにルストをチラリと見たら問題ないとばかりに頷かれたので、こちらの文字も書けるみたいだ。
言葉も最初から通じていたから、プレゼントのひとつだと思う。
だが、種族名で私の手が止まった。
「種族名はクマだけでいいですか? 詳しく書くとたぶん北極熊だと思うんですが……」
「確実にクマならクマのみで問題ないでーす。あ、自己紹介が遅れました。カンガルーのイザベラと申しますぅ」
「クマのヴィティです。お姉さん、カンガルーなんですね。蹴りが凄そう」
「はい。蹴りますし尻尾でもぶちます! 子供の頃、わたしの事を太ったネズミなんて言った奴はみんなこれで吹っ飛ばしてきましたから! 受付なんて基本立ち仕事なんでこの尻尾はもたれるのにも重宝しますよぉ」
腰布から長くて太い尻尾を出して見せてくれた。
確かにカンガルーは尻尾でバランスを取っていたような気がする。
「最後にこちらの板に血を数滴お願いしまーす」
透明なガラスの板と針を出された。
針を手に取り指先に突き刺そうとするが、刺さらない。
「流石、大型肉食獣のクマですね。針程度では傷もつきませんかぁ……」
お姉さんは何やら感心しているけど困ったな。
「ヴィティ、俺がやってもいいだろうか? あまり痛くないようにするから」
「はい、ルストならお好きにどうぞ」
ルストが私の左手をとって小指を爪で引っ掻いた。ジワリと血が出てきてガラスの板に落ちる。
小指を何か布で巻かれている感触がするが、それより目の前の光景に目が離せない。板が淡く光り出し、文字が浮かび上がり始めた。
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名前・ヴィティ 性別・メス
種族・ホッキョクグマ
狩人適性・S
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うん? 性別がメス表記なんて獣人っぽいなと思ったけど、狩人適性・Sって何?
もしかして、これもプレゼントのひとつだったりします?