19、死神の正体と帰還
白い部屋に戻ると、黒いローブを着た御使い様が出迎えてくれた。
「おかえり! 途中ひやひやしたけど、無事でよかった! それより鎌がないのに綺麗に魂を浄化していたね! スゴイ!」
御使い様は余程嬉しいのか手を大きく広げてくるくる回っている。
「いえ、私は何もしていません。あの子達が生前私と関わっていたからですし……」
「ううん、才能あるよ! これからさー、死神のお仕事しない?」
「ヴィティを巻き込むな」
私と御使い様の間にルストが割り込んできた。ルストの背中で御使い様の姿が見えない。
「それにヴィティはチキュウに知り合いが多い。運命を変えるかもしれないんだろ?」
「君みたいにね」
「っ……」
「ちゃんと話した方がいいと思うよ? ずっと隠すの辛いんでしょー? ねぇーねぇー」
御使い様がウザい絡み方でルストに詰め寄っている。ルストはムカついているのか図星を指されて気まずいのか、拳を握りしめて震えていた。
「うるせぇ」
「ぐへ!」
ムカついていたようだ。
えっ、殴っていいの⁉︎ この人『様』呼びされているくらいだから偉い人じゃないの? それにクティノスを含めた世界を作ったと言っていたし、もしかして神様なんじゃ……?
そんな偉い人疑惑の御使い様を殴ったルストは私と向き合うと、猫耳をへたらせて申し訳なさそうに口を開いた。
「ヴィティ、すまない。俺は君の運命を変えたんだ……」
「運命を、変えた」
「君は本当は死なずに生きているはずだった」
「死神さんのうっかりではなく故意という事ですか?」
私の言葉にルストはさらに耳をペタンと付けた。それ以上伏せたらお耳なくなるよ?
「あの鎌で触れると魂の未来がわかる。それでダクになるかならないかの判断ができるんだ。君が刺された時、俺は鎌を使ってヴィティの未来を視た」
わざと死神さんと言ったのにルストは否定もせず話を続けた。やっぱりルストが死神さんだったんだ。
猫ルストの牙と死神さんの尖った歯が一緒に見えたんだよね。ボランティアで健康管理の一環としてたくさんの猫達の歯茎と牙を見てきた私は、たぶん利き牙できる自信がある。
「ヴィティが生きていた場合、怪我のせいで色々あって、その……色々で、大変なんだ」
「はあ」
言いにくいのかもしれないけど、色々で片付けすぎてよくわからない。
「要するにね! 君は刺されたせいで後遺症が残るし、逃げた犯人に逆恨みされて家族が襲われる。責任を感じて家を出るんだよ」
焦れたのか御使い様が教えてくれた。
「その悲しみに君に憑いていた動物達の魂が反応して周りを巻き込み、今より大量のダクがクティノスに溢れかえってさあ大変! って感じかな」
「事情はわかりました」
家族に迷惑がかかるなら家を出る選択をするなぁと、どこか納得している自分がいる。
私達が話している間もルストはずっと顔が沈んだままだ。
「ルスト。クティノスのためなら仕方ない事だと思うので、私は気にし」
「違う!」
突然の大声で私の言葉は遮られた。ルストの悲痛な声に私もたじろぐ。
「違う……違うんだ。クティノスなんて関係ない。俺は、俺の身勝手で君の運命を捻じ曲げた」
涙こそ流していないが泣いているみたいだ。ルストは私より身体が大きいのに、震えて怖がっている仔猫みたい。
手を伸ばしてルストの頬に触れる。
「どういう事ですか?」
「ヴィティは更に未来で、恋人が出来るんだ。二人で幸せそうに笑い合っていた。それを視た時、どうしようもなく怒りが込み上げてきて、気がついたら魂を断ち切っていた」
「どうして怒ったんですか?」
「……君が俺の番だから。俺以外のオスに触れられるなんて許せなかった」
ルストは頬に添えられた私の手を握ると、そっと離した。
「俺を恨んでくれ。殺してもいい。最後の思い出としてクティノスで君と暮らせて楽しかった」
「ルスト、勝手に話を進めないで下さい。私、気にしていないので別にいいです」
私の言葉にルストが信じられないと言わんばかりに目を見開いた。そして苦しそうにまた顔を歪める。
「ヴィティはどうしてそんなに簡単に納得できる? 初めて言葉を交わした時も、怒らずに自分の死を他人事のように捉えていたな」
「あの時も言いましたけど、怒って生き返るなら怒りますよ。済んだ事をグチグチ言っても意味ないです」
死ならたくさん見てきた。泣いてもあの子達は生き返らない。人間のせいで儚い命を散らしていった動物達。
泣き続け後悔するよりも、少しでも人間の理不尽で死んでしまう子達を減らす方がいい。
「それに私だって怒っている事ありますよ。番って一言も言ってくれませんでしたね?」
「言えるわけないだろう。俺は君を殺したも同然だ」
「だから! 過去を振り返るより、責任とって絶対俺が幸せにしてやるとか言えないんですか! 少なくとも私はルストと一緒の方が嬉しいですよ!」
御使い様が後ろで「かっこいー」と言いながら拍手していたけど、私はルストから視線を外さず言葉を続けた。
「もういいです。ルストは私が幸せにしますから!」
「……ヴィティ、君はすごいな」
ルストが私を抱きしめてくれた。私も腕を回して抱きしめ返す。消え入りそうな小さな声で「ありがとう」と言われ、位置的にクマ耳じゃなかったら聞こえなかったと思う。
「あ、そういえば、なんで最初に死神として会った時あんなに情緒不安定だったんですか?」
「あれは……最初はこれで君を俺のものにできると喜んでいたんだ。クティノスでは不自由ない生活をさせるつもりだったんだが、自分を殺した相手に世話されるのは嫌だろう? 段々と罪悪感が出てきてあんな態度に。
それに、御使いが自分の名前を使っていいと言ってくれたから真似したが、あの口調はずっと鳥肌ものだった」
遠回しに御使い様の話し方は気持ち悪いと言ってない?
「嘘をつかないで正直に言えばルストは苦しまなかったと思うんですけど……」
「獣人の事を知らないヴィティに番と話しても信じてもらえないと思ってな」
「変な事を言う人だなと、思ったかもしれません」
「だろ?」
そんな事を話しながら抱き合っていると、肩を軽くつつかれる。
「ぼくの存在忘れていないよね。泣くよ?」
御使い様が寂しそうにこちらを見ていた。
別に無視していたわけじゃないです。ルストに集中していただけで。
「まあ、片付いてよかったよ。揉めたら運命を捻じ曲げた罰をすでに彼は受けているから許してあげてって言おうと思っていたしね!」
「罰?」
「そう。君の名前、斎藤真冬が言えないって罰。愛しの番の名前が呼べないなんて、獣人にとっては何よりの罰だ」
確かにルストは私の前の名前が呼べなかった。
「それ、取り消す事は……」
「無理だね。その代わり君は新しい名前を貰ったからいいでしょう? ヴィティって可愛い名ま」
「呼ぶな。減る」
ルストが御使い様の胸ぐらを掴み上げた。
そんなに怒らなくても減らないよ?
「あ、そうだ。君達には最低六人の子どもを産んでもらうからよろしくー」
「えっ⁉︎」
「おい、俺も初めて聞いたぞ」
「君に憑いていた魂がね、君の子どもとして生まれ変わりたいんだって。これでも減らしたんだよ? 大丈夫! ぼくのプレゼントの中に安産と多産も入っているから元気な子は確定! 母体も安全! 家族がいっぱい! やったね! これで寂しくないよ!」
「ヴィティ、こいつの話は聞かなくていい。帰るぞ」
御使い様を投げ捨ててルストと私が光に包まれる。
クティノスに戻ると、キツネさんに向こうでの事を報告したり事後処理に奔走したりで、結局家に帰って来られたのは朝になってからだった。
私の作った朝ごはん感の強い夕食が朝食になり、二人で眠い目を擦りながらごはんを食べた。またこうしてルストと笑い合いながら食事を取れる事が嬉しい。