02、カミカミサビネコ獣人とチョロいホッキョクグマ女
「本当にケモ耳がある」
あれから空から降ってきた猫耳お兄さんに「一旦落ち着きたいのでお水が飲みたいです」と、お願いして湖に連れてきてもらった。
そこで湖の水を飲むついでに自分の姿を確認する。白い髪、頭に小さめの丸い耳が付いている以外は、日本での私の姿そのままだった。
猫耳お兄さんが私のことをクマと言っていたから、北極熊かな。
「日が暮れる前に門の中に入りたい。行くぞ」
「はい。お願いします」
お兄さんに手を伸ばして抱っこしてもらう。お姫様抱っこというやつだ。
……言い訳をさせて欲しい。
これは裸足の私を気遣って、お兄さんの方から提案してくれたのだ。しかも白い格好は森の中ではかなり目立つそうで、金の刺繍が派手な腰布も貸してもらっている。
「お兄さんはもしかしてサビ猫ですか?」
「っ⁈ よくわかったな」
腰布を貸してくれた時に気がついた。
この人、猫耳だけじゃなくて長い尻尾もついていたのだ。
尻尾は黒と茶が混じり合う途中で止まったような絶妙な彩り。茶色が多め。
頭と猫耳は黒がメイン。茶色がアクセントのように配置されていたので、最初はおしゃれなポイントカラーをしているのかと思った。
尻尾を見なければわからなかった。
そう告げると、前を見たままお兄さんが淡々と口を開く。
「汚い色だろ。不快だろうが我慢してくれ」
「えっ⁈ チョコレートとキャラメルを一度に味わえたような贅沢な色なので、不快どころか私は大好きです!」
サビ猫は三毛猫の一種でオスが希少だ。幸運を呼ぶと言われているのに!
実際に日本で会ったサビ猫はメスのみで、とても優しくて人懐っこい子ばかりだった。しかもみんな美猫さん。
同じ模様が一匹としていないのも見ていて楽しかったなぁ。
この世界の人は全然わかっていない!
あ、また大きな声を出してしまった。うるさいって思われたかも。
謝ろうと顔を見ると、お兄さんは目を見開いて私を凝視していた。歩みも止まっている。
でも、猫耳と尻尾が忙しなく動いている。
「……お兄さんどうしました?」
「ルストでいい」
「ルストさん」
「さんはいらない」
「ルスト」
ルストは無表情のまま頷いた。だが喜んでいるらしい。尻尾がピンッと上を向いているから。
「私の事は真冬と呼んでください」
「みゃひゅー?」
「ま・ふ・ゆ、です」
「みゃあ、みゃふ、みゃひゅ……ひゅー…………」
イケメン猫耳お兄さんが、みゃーみゃー言っている姿は身悶えするほど可愛いな。
ずっと見ていたいが、ルストの耳がイカ耳になり尻尾も不機嫌にバタバタ揺れている。相当イライラしているのがわかる。
名前がちゃんと言えない自分がもどかしいみたい。
「じゃあ、ルストが私に名前をつけてください」
あれから何度練習しても『まふゆ』と言えず。代わりに苗字の『さいとう』と呼んでもらおうとしても「しゃい、しゃ、しゃーとぅー」としか言えなかった。うん、可愛い。
それに真冬という名前より、こちらに合った名前を付けてもらうほうが良いと思う。
「……ヴィティはどうだろう」
「ヴィティ?」
「ああ、とある国で純白の雪という意味らしい。この国は温暖で雪が降った事がない。雪は白くてとても綺麗なんだ。君の髪の色みたいに」
正確には北極熊の毛は白ではなく透明なのだが、褒められた事がただただ嬉しい。
白くなってしまった髪が好きになった瞬間だった。
「ルストは雪を見た事があるんですね」
「仕事でな」
熱くなる顔を誤魔化すようにルストにたくさん話しかける。ルストも質問に答えながら森の中を歩く。
「あの、どうして色々親切にしてくれるんですか?」
「獣人同士助け合うのが普通だ。それに御使いに頼まれた」
「みつかい?」
「……ローブの」
「ああ、情緒不安定な死神さん」
あの人、こっちの世界に来た私の面倒をルストに頼んでおいてくれたんだ。今度会ったらお礼言おう。
「ルストは死神とも知り合いなんですね」
「仕事でちょっとな」
「どんな仕事をしているんですか?」
「それより着いたぞ」
着いたと言われ目線をルストから動かすと、樹齢何千年もありそうな大樹と大樹に挟まれるように、石造りの巨大な門がそびえ立っていた。
「おっきい」
「幻惑と拒絶の大樹だ。ここ以外から中に入ろうとすると結界に弾かれる」
ルストが門を軽く蹴ると(私を抱いているから手が使えなかった)、門に小窓が出現して黄色い髪の男の人が顔を出した。
「サビネコ……と、その白いのは?」
「クマ」
「こ、こんにちは」
私の紹介をクマの一言で終わらせてしまったルスト。どうすればいいのかわからなくて、とりあえず挨拶をした。
黄色い髪の人は気にすることもなくニコリと笑う。
「そうか。歓迎するぜぃ!」
もしかして巨大な門が開く壮大な光景が見えるのかな……と、期待に胸を躍らせていたら、小窓が大きく広がって人が通れる大きさになった。不思議な技術。
ルストも当然のようにそこに入っていく。
口には出さないが少しガッカリした。
そうだよね。人が通る度に巨大な門を開閉していたら手間だよね。
「ヴィティ? どうした?」
「…………なんでもないです」
中に入るとさっきの黄色い髪の人が立っていた。
ケモ耳はなかったが後ろ髪がぴょんぴょん跳ねていて、髪の色と相まってインコみたいに見える。
ただ、この人はシャツの前が全開だった。そして腰布を巻いている。
ルストもそうだけど、薄着がこの世界の当たり前なのだろうか。
「ここに名前と種族名、あと手形も頼むな」
「必要ない」
「えっ、ルスト?」
「責任は全部俺が持つ」
黄色髪の人が出してきた紙をルストが無視して歩き出した。「これだからネコは……あとで身分証明書持ってこいよー」と背後から声をかけられたので、ペコリと頭を下げておいた。
「ルスト、いくらなんでも強引すぎ」
「それより見ろ。獣人の国――クティノスだ」
「獣人の国……」
だからルストに猫耳や尻尾があるんだと納得した。そんな私を見てルストが微笑む。
「ようこそ、クティノスへ。ヴィティ、当代の獣王に代わり新たなる仲間を歓迎する」
初めて見る彼の笑顔に目が離せなかった。