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18、救出と季節外れの雪

 お姉ちゃんの言葉で思い出した事がある。

 私が死んだ日の事だ。あの日友達と別れた帰り道、参考書を借りたままだった事に気づいてすぐ引き返した。

 通り魔かひったくりか。今となってはわからないけど、友達が襲われている現場に居合わせた私は、ナイフを振りかざした男から友達を庇い刺された。

 いやぁ、刺された瞬間って痛みを感じないものなんだね。身体に刺さる刃と、そこから血が出る様子を見て遅れて痛みを感じたから。


 そっか。だから刃物がダメになったんだ。私が死んだのは死神さんのうっかりじゃなかったんだね。


 目の前のダクを見つめる。血走った赤い目はこの世界で最後に見た色と一緒。

 そしてダクが今いる場所は私が刺された場所だ。


「迎えに来たよ、ルスト。帰ろう」

「ガアアアッ!」


 ダクは私に威嚇するように吠えるけれど攻撃して来ない。むしろ近づくと後ずさる。ルストが止めてくれているのかな。

 ううん、違う。崖で出会った二体のダクも危害を加えようとしてこなかった。私が頭を撫でて怪我をした時も心配してくれたし、本当は優しい子達なんだよね。


 手に意識を集中して氷を出す。製氷されたような四角い氷。キツネさんと練習した時、氷はこれしか出せなかった。氷柱(つらら)みたいな尖った氷は、よく軒下にぶら下がっているのを見ていたから想像するのは容易なんだけど、具現化しようとすると途中で砕けてバラバラになってしまう。たぶん刃物っぽいから無意識に拒否しているんだと思う。

 あとは量の調整ができない大量の雪しか出せない。


 御使い様、魔力が使えてもどうやってルストを助ければいいのかわかりません。


「おいで」

「ンギャ……」


 ダクに手を伸ばす。たぶん鎌があっても攻撃なんてできなかった。

 とまどいながらダクは恐る恐る私に近づいてくる。


「いい子。人間がごめんね」


 ダクの体を撫でて抱きしめた。全身が焼けていくような痛みが走る。でも人間のせいでダクが生まれ、苦しんでいるのだ。こんなの罪滅ぼしにもならない。


「ごめん、ごめんね。君達が苦しんでいるのに何もできなくてごめん。何もしなくてごめん。何もっ、何も知ろうとしないでごめんね。

 ……勝手な事言ってるってわかるけど、ルストは返して欲しい」

「グアアァ」

「代わりに私を連れて行っていいから」


「ダメだ! 連れて行かせない!」


 引き留めるように誰かに強く抱きしめられた。安心する優しい匂いを私は知っている。


「ルスト!」

「ただいま、ヴィティ」

「ニャア」

「え? 猫?」


 いつの間にかダクがいなくなり、私はルストの腕の中にいた。そしてダクの代わりに私の足元に猫がいる。

 巨大なダクの体が小さくなって猫になっていたのだ。輪郭がぼやけてはっきりしないが、時折サビ猫や黒猫、ぶち模様の猫に見える。その子は私を見つめ、ゆっくりとした瞬きをした。そして私の足にスリッと体を擦り付け光り輝いて消えていく。


「ヴィティに撫でてもらえて喜んでいた。それで俺は解放されたんだ」

「私、何もしていないのに……」

「そんな事はない。あの子達はヴィティの匂いを感じて俺を取り込んだんだから」

「え、どういう」

「ヴィティはたくさんの動物を助けていただろう? 主に猫を。みんな感謝していた」


 私は生前、野良猫の保護とお世話、新しい里親探しのボランティアをしていた。たまに捨てられた犬の保護もした。最初に助けた猫の事で保護団体の人にお世話になったというのが大きい。そこにいた人がほとんどボランティアで、活動費もすべて寄付で賄われていた。

 保護団体主催の里親探しは、主に仔猫から引き取り手が決まる。成猫はもらわれにくい。その中でも、サビ猫は「毛色が汚い」「見た目が悪い」と言われ里親を探すのが難航する。

 見た目で判断しないで一回触れ合って見てほしい。とても人懐っこい、優しい子ばかりだからといってもやはり難しいようだった。

 残った子を看取る事も多くて、その度に私は泣いていた。


 学生だった私のしていた事なんて、本当に些細な事で自己満足に等しい。感謝されるような事ではない。

 そう言うとルストは笑って首を横に振る。


「俺を含めあそこにいたのは捨てられたり、ひどい仕打ちを受け人間に不信感を持ったものばかりだった。そんな心を溶かしたのはヴィティ、君だ。一緒に遊んだり、撫でてくれたり、優しい声で呼んでくれるだけで本当に嬉しかった」

「ルストもあそこにいたんですか?」

「ああ、俺はすぐ死んだけどな。死ぬ直前、君は泣きながら何度も謝っていた。その涙のおかげで俺はダクにならずに獣人に生まれ変われたんだ。他の子達もそうだ。死んでも君から離れないほど気に入られていた」


 私、動物の霊がいっぱい憑いていたの? ごめん、嬉しいけどちょっと怖い。


「だからこそヴィティが刺された時、みんな怒り狂って刺した奴を呪っていたな」

「呪っていた⁈」

「ああ、毎日悪夢をみて苦しんでいるぞ。いい気味だ。だが、怒りが収まらないみたいで行き場のない思いが暴走して、結果ダクが増えてしまったのは誤算だった」

「クティノスにダクが増えたのって私のせいじゃないですか!」

「それだけ好かれていたんだ。誇っていい」


 いやいや、みんなに迷惑かけたのに誇れないよ。帰ったら色んな人に謝らなきゃ。


「そうだルスト! 早く帰らないと身体が!」

「あと少しくらい平気だ。せっかくこっちに来たのにやり残した事はないのか?」


 やり残した事と言われ、ルストにお願いして私はまた実家に戻ってきた。

 手に力を込める。


「できるだけ小さいの。小さいのでいいの! …………できた!」


 手のひらサイズの雪だるまが出てきた。成功したと喜んだのも束の間、家に大量の雪が降り注ぐ。


「うわぁ、やっちゃった」

「家は壊れていないし、雪はよく降っていたじゃないか。ダメなのか?」

「夏に雪なんて降らないです」


 家の中にいた家族が慌てて出てきて、父さんは顎が外れるくらい口を開けていて、母さんは大爆笑していた。お姉ちゃんは玄関に置いてある雪だるまを見つけると、また泣いていた。

 雪が降って積もると、私がいつも雪だるまを作って置いていたからね。


「今までありがとうございました。先に死んでごめんなさい。長生きしてね!」


 一礼するとなぜかルストも深く頭を下げていた。


 雪を大量に降らせてしまったけれど、これでいいと思う。雪はすぐ溶けてしまうし、きっと季節外れの雪は話題になって家族に寂しい思いをさせないと思うから。


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