15、コクワ酒イモモチと包丁が使えない
「いい加減その態度改めろや! ……あ、クマさん、こんにちは。今日はどうしたんですかぁ?」
組合に入ると、受付のカンガルーお姉さんが声をかけてくれた。私に背を向けていたのに、カンガルーの長いお耳をぴょんと上げて振り向いてくれたのだ。足音で判断しているのかな。
タイミングが良かったみたいで、お姉さんがトラさんの胸ぐらを掴んでいる所だった。
「こんにちは、お姉さん、トラさん。今日はトラさんに用がありまして」
「あ? オレ?」
名前を呼ばれ今気づいたといった雰囲気で、トラさんがこっちを見る。お姉さん以外は認識すら面倒くさいといった感じだ。
「私が崖から落ちた時助けに来てくれたので、つまらないものですがお礼を持ってきました」
「いらね。オレが勝手について行っただけだし」
「ちょっと! せっかくクマさんが持ってきてくれたのにぃ!」
お姉さんがトラさんの身体を揺さぶっている。
「まあ、お礼と言いつつ味見をして欲しいというのもあるんです」
そう言って二人の目の前に瓶を差し出す。
瓶の中身は透明な液に浸かっている緑色の果実。コクワ酒だ。
コクワとは、小さいキウイフルーツみたいな味と見た目の果実である。日本でもよく食べた。
ルストとお買い物に行った時、コクワの実が売っているのを見つけた。他国から仕入れたものらしい。味見をさせてもらったら、前世の記憶そのままの酸味と甘味、ちょっとしたつぶつぶの食感。
つい懐かしくなり購入したのだが、ルストは匂いを嗅ぐと「これはまずい」と食べようともしなかった。近づけただけで逃げた。
調子に乗ってたくさん買ってしまったから、一人では食べきれない。そこでコクワ酒にしようと思いつく。
おばあちゃんがコクワ酒を作るのを手伝った事があるし、念のため酒屋で果実酒の作り方を教えてもらったので問題なし!
実を洗って氷砂糖とお酒に漬けるだけ! はい、簡単ですね!
だがそこで気づいてしまった。私、未成年だったからお酒を飲んだ事ない。
獣人の国クティノスでは、親元を離れたら大人と認められお酒も飲める。でも、あと二年待って日本の成人年齢になるまでお酒は飲まないでおこうと決めた。
「珍しい果実を見つけて果実酒を作ったんですが、私、お酒飲めないの忘れていたんです」
「なんで飲めねぇのに作ったんだよ!」
トラさんのツッコミが冴え渡る。
「なのでトラさんにあげようと持ってきました。大体三ヶ月後に飲み頃になるので、感想教えて下さいね。今は透明ですが琥珀色になって綺麗ですよ」
「いや、オレ外に住んでるから壊しちまう。他の奴にあげてくれ」
悪いなと言いながら、トラさんがコクワ酒の瓶を私に返そうとしてくる。その手をお姉さんが遮った。
「三ヶ月くらいなら、わたしが預かってあげてもいいですぅ」
「……お前」
「せっかくクマさんが作ったのに返すなんて失礼な事ダメです。その代わり美味しいおつまみ持ってきなさいよぉ!」
「ああ、とびっきりのつまみ持っていく」
どうやらお姉さんが飲み頃になるまで預かってくれるようだ。トラさんも嬉しそう。
だけど、三ヶ月後一緒にお酒を飲む約束した事にお姉さんは気づいているのかな……。
「あ、一応、コクワ酒がダメだった場合も考慮して、焼き菓子とイモモチを作ってきました。お姉さんもよかったらどうぞ」
焼き菓子はスノーボールクッキー。
個人的に好きで日本でよく作っていたものだ。思い出しながら感覚で作ったから自信はないが、ルストが美味しいと言ってくれたので持ってきた。
イモモチは、蒸かしたじゃがいもの皮を剥いて潰し、片栗粉と混ぜて形を整えたものを、フライパンで両面焼いて醤油と砂糖で甘じょっぱく仕上げた。
クティノスは他国とも交流しているから食材も調味料も豊富だ。
醤油もあるのにこっちではお肉に軽く付けて食べたり、スープにお好みで数滴垂らす位にしか使われていなかったのは非常にもったいない使い方だと奮起して、イモモチを作ってみた。
ちなみに、手を怪我したまま食材を触るのは抵抗があったので、ハリネズミさんにお願いしてビニール手袋みたいなものを作ってもらった。
卵の薄皮を使用していると言って渡されたそれは、手にピッタリとフィットしてかなり丈夫に出来ていた。ハリネズミさん、すごい。
「さくさく、ほろほろですぅ」
「美味いなコレ。オレはイモモチのほうが好きだ」
二人の反応にホッと胸を撫で下ろす。
包丁を使わないでお礼の品を作れて本当によかった。
何故か北極熊の獣人になってから、包丁が怖くて持てなくなってしまったのだ。
刃物を見ただけで動悸がして冷や汗が出てしまう。
なので、お料理はすべてルスト任せになっている。
今回、包丁を使わないレシピを捻り出したのは、ずっとルストに任せてばかりでは申し訳ないと思ったから。
「この焼き菓子、どうやって作ったら丸くなるんですかぁ?」
お姉さんがスノーボールクッキーを手に質問してきた。食べ過ぎて手と口周りが白くなっている。
「手でちぎって丸くしたんです。型があれば、生地を伸ばして星とか花とか色々な形にできますよ」
「クマさぁん、それ詳しく」
「それよりついてんぞ」
トラさんがお姉さんの口についていた粉砂糖を舐めた。……舐めたよ! 自然な動作過ぎて気付くのが遅れた。
「やっぱりオレには甘すぎ」
「ななななにしてんだ! この野郎!」
お姉さんが真っ赤になって尻尾でトラさんを吹っ飛ばした。トラさんが綺麗な放物線を描いて飛んで行く。
その後、真っ赤なままのお姉さんの指示の元、スノーボールクッキーやイモモチのレシピ、クッキー型など紙にいっぱい書いた。
手の怪我のせいで働けない私の唯一出来る事なので頑張るよ。私の所属はまだ開発部だしね。立ち位置としては開発部アイデア係……みたいな感じ。
「そういえば、サビネコさんはどうしたんです? クマさんを一人で歩かせるなんて珍しいですねぇ」
「あ、ルストは朝早くから神殿に呼び出されました」
朝からキツネさんが迎えに来て、ルストが軽くキレていた。
何かあったのかな……。
組合を出て次は門に向かった。
門番のトリさんにも焼き菓子とイモモチをあげるためだ。ハリネズミさんの家を知らないし、トリさんに渡せば確実と言われたから。
門でトリさんにお菓子を渡すと、頭を振りながら喜んでくれた。喜び方が独断ですね。
そしてルストの家に帰り、包丁を使わないで作れるごはんに挑戦してみた。
野菜をワイルドにちぎったサラダだったり、茹でたじゃがいもを濾して作ったポタージュだったり、オムレツだったり。
料理を作りながら、ピーラーやミキサーが欲しいと何度思った事か。日本って本当に便利なものが多かったんだなと思う。
「ふう、できた!」
朝ごはん感が強いけど、一人でやり遂げた達成感が大きい。足りなかったらルストにお肉でも焼いてもらおう。
早くルスト帰ってこないかな。
だが、夜になってもルストは帰ってこなかった。
コクワの実は、ジャムにしたりドライフルーツにしたり色々できますが、やっぱりその場でもいで食べるのが一番美味しいと思います。次がコクワ酒。
コクワはマタタビ科。トラさんは猫科。
つまりそういう事です。三か月後が楽しみですね。
実際に猫がコクワで反応するかはわかりませんが、異世界と言う事で。
この二人の話は本編終わった後の番外編になる予定。




