14、懺悔と今度はサビネコがスリスリ
『ダクは人間に虐げられ恨む心が暴走した動物の魂。人間がいなくならない限りダクは生まれ続ける』
キツネさんの言葉がずっと頭の中で回り続ける。
「だから、この国に人間はいないのよ。ダクについて知っている獣人は人間が嫌いだからね。たまに異世界人が獣人の国を見せてほしいとか言ってくるけど基本拒否しているし」
何かキツネさんが話していたけれど、耳を通り抜ける音としか認識できなかった。でも、「獣人は人間が嫌い」この言葉だけは聞き取れた。
そうか。そうだったんだ。
人間のせいでダクが生まれていた。人間のせいで魂が濁ったんだ。人間が動物を不幸にしたから。
だからルストはダクについて詳しく聞こうとしたら話を逸らしたんだ。
もしかして、怪我を理由に私に付きっきりだったのも、他の獣人が近づくと威嚇したのも、私にダクについての情報を知らせないためだったのかも。
そうだよね。
ルストは死神さんと知り合いだから、私が元人間って知っているはず。
「ごめんなさっ、ごめっ、ごめんなさい」
「えっ⁉︎ クマちゃん、どうしたの?」
急に泣き出した私を見て、キツネさんがオロオロと焦っている。
人間がごめんなさい。人間のせいでごめんなさい。
謝って許される事じゃないけど、謝らずにはいられなかった。
「ヴィティが謝る事はない」
背後から抱きしめられる。それは当たり前になってしまった優しい温もり。
「ルスト、ごめんなさい、私がっ……」
「いいんだ。君がそうやって泣いてくれるだけで救われる魂があるんだ。……俺みたいに」
「〜〜〜〜っ! あぁぁあぁあ!」
子どもみたいに泣きじゃくる私をルストはただ抱きしめてくれた。
「ご迷惑をおかけしました」
ひとしきり泣いて落ち着いた私は、ルストとキツネさんに頭を下げた。
特にキツネさんは訳が分からなかったと思う。私が泣いたせいで、ずっと三角のキツネ耳がペタンと垂れてしまっている。
「前世なんて良い思い出ばかりじゃないのにごめんね。クマちゃんを悲しませるつもりはなくて……」
「いえ、キツネさんは悪くないです。むしろ私が」
「いやいや、クマちゃんは悪くないよ」
お互い悪くないと言い合っていると、ルストがかまくらを触りながら口を開く。
「雪の中なのにあったかいんだな。部屋に入った時、真っ白で驚いた」
「私が雪を出すのを失敗してしまったんです」
「大量の雪が降ってきてね、二人で雪に埋もれたのよ。冷たいの久しぶりで楽しかった」
キツネさんが笑ってくれた。お耳も戻っている。
「そうだ、この雪どうしましょう」
この部屋は椅子などの家具が一切置かれていないのは助かったが、窓もなく雪を外に出すのが苦労しそうだ。
私が困惑していると、キツネさんの笑い声が聞こえてきた。
「んふふ、大丈夫よ。この部屋魔力の練習部屋だから、中から人がいなくなると元に戻るの」
「そうだったんですね、よかった」
「だからどんどん雪を出しても問題ないよ! もう一個かまくら作りたい」
「かまくらってなんだ?」
ルストの質問がきっかけでかまくらや雪だるまの作り方とか、雪合戦をする時の雪玉は手の熱で溶かし固めた方が当たると痛いとか、雪の話をいっぱいした。
今度は外で雪遊びをしようねと約束して部屋を後にした。
「本日はお疲れ様でした。外までお送りいたします」
部屋を出ると白いローブを着たキツネさんの口調が変わってしまった。
急に距離を置かれてしまったようで悲しい。
「神殿は嘘がつけないので他国の者を招いた時の接待の場にもなります。国の代表として節度ある態度を……と、規則が厳しいのですよ。堅苦しいよね」
私が落ち込んでいるのを察したキツネさんが説明してくれた。特に最後のセリフは小声。
「じゃあそのローブも規則ですか?」
「そうなのよ。見た目で判断されないようにって」
回復や浄化を使える獣人は稀少で昔はよく他国に誘拐されたり、街を歩いていたら神殿を通さずに回復をお願いされたりとトラブルに巻き込まれたんだとか。
「だからクマちゃんもあの白いダクの核の事は誰にも言わない方がいいよ。神殿にバレると大変だよ」
大変と言いつつ笑顔のキツネさんと別れた。
帰り道、相変わらず私を抱っこして歩いているルストに聞いてみる。
「キツネさん、大変と言いながらもどこか幸せそうでした。何故なんでしょう?」
「神官長がキツネの番だから近くにいられる力があって喜んでいるんだ。
ヴィティが浄化した核の事を誤魔化してくれたのも、神官長の近くにこれ以上メスを近寄らせたくないからだそうだ」
キツネさんは意外と嫉妬深いようだ。
「それに個人的にヴィティの事を気に入ったみたいだしな。だが触り過ぎだ。帰ったら匂いを付け直そう」
…………においを、つけなおす?
家に帰ると、ルストが小さくなって猫ルストになった。相変わらずかわい……えっ⁉︎
「みゃうおーん、にゃーん」
「どどどどどうされたんですか? ルストさん!」
猫ルストがスリスリしてくれた! 思わず敬語にもなるよ。
ルストをモフモフモフモフして以来、私が触ろうとするとスルッと避けてきたルストが自らくっついてきているだとっ⁈
人の姿の時よりもベタベタ甘々の態度、しかもゴロゴロ喉まで鳴らしていらっしゃる!
でも私が伸ばした手は絶妙に避ける。
ハリネズミさんやトラさんをツンデレと言ったが、真のツンデレはここにあった。ツンデレ天国、モフれず地獄。
触れないので猫ルストを目に焼き付ける。
猫のひげは白だけだと思っていたけど、ルストのおひげは白と黒もある。抜けたら一本位くれないかな。
床にゴロンと仰向けに寝転がった時、肉球見えた。ピンクと黒の二色! そのまま伸びてコロコロくねくねと転がる。
え、これはもう撫でろというアピールですよね? 撫でても問題ないですよね? モフりますよ?
「ふぎゃ!」
だが、伸ばした手を前足でぺしんと叩かれた。肉球の感触頂きましたぁ! 爪を立てないその優しさも好きです。
感動していると、伸ばしたままの手にルストが頭突きしてまたスリスリ攻撃される。
「にゃるる、んるんるぅ」
ゴロゴロ言いながら鳴くから声が震えている。私の心臓への破壊力と精神的癒し効果が抜群。
時々カプカプと甘噛みされる。ちょっと牙が突き刺さって痛いけど幸せ。あれ、でもこの牙の形どこかで見た事あるような……?
「みゃっひゅー、みゃひゅぅ」
ルスト⁉︎ 私の元の名前の真冬って呼んでくれているの? え、今日はなんのご褒美デーですか?
ちゅ◯るがこの世界にあれば、余裕で貢ぐくらい嬉しい。
そんなルストの数々の癒し攻撃を受けたせいで、
『いいんだ。君がそうやって泣いてくれるだけで救われる魂があるんだ。……俺みたいに』
という言葉の意味とルストの前世について、聞こうとしていた事なんて頭から抜け落ちてしまった。