13、神殿呼び出しと前世の記憶
神殿はそのまんま神殿だった。
円柱の太い柱が等間隔に並んだ建物は、歴史の教科書で見たギリシャの神殿にそっくり。
街中の建物はすべて木造だったので、石造りの神殿はここだけ別世界みたいな不思議な空気感に包まれていた。
「わぁ、天井高い」
中はとても涼しく声を出す度に響く。
ルストが抱っこから解放してくれたので、自分の足で立つと大理石みたいな硬いつるりとした石の感触がする。
「ようこそおいで下さいました」
いつの間にか目の前に白いローブを着た人が立っていた。色が違うけどそのローブ、死神さんと同じだ。この人もフードを目深に被っていて顔がわからない。
「確認のためお名前をお願いいたします」
「ネコのルスト」
「クマのヴィティです」
ルストと私の周りが一瞬光る。
「確認が取れました。神殿内では偽りは罪となります。お気をつけ下さいませ」
白いローブの人に案内されて個室に入る。
扉が閉まった瞬間、ローブの人は着ていた服を勢いよく脱ぎ捨てた。
「あっついのよ、コレ。堅苦しいんだから」
さっきまでの厳かな態度とのギャップに混乱する。何よりローブを着ていたのは金髪の綺麗な女性。
猫みたいな三角のお耳があるが、フカフカで分厚いそれは猫よりは柴犬っぽい。だけど、柴犬の耳よりは大きい。
あと尻尾が艶々フサフサしていて先端が白い。
冬の狐みたいだ。この人はもしかして。
「キタキツネ?」
「そう! 正解! キタキツネのアミールよ。よろしくね」
「クマのヴィティです。よろしくお願いします」
キタキツネさんが私の手を握り、嬉しいのか尻尾がバッサバッサ揺れている。瞳孔は猫の目みたいに縦長だ。
その瞳に魅入っていたら、ルストが私とキツネさんを引き剥がした。
「それより呼び出した理由は?」
「あー、あの二つのダクの核は私が浄化した事にしたんだけどね、嘆きの岩壁の雪までは誤魔化せなくて、神官長がクマちゃんに魔力の訓練させろって」
「チッ!」
キツネさんとルストの会話は、あの時の白いダクの核の話のようだ。雪? 魔力の訓練?
「雪の話でなんで私が訓練するんですか?」
私の言葉にルストとキツネさんが顔を見合わせる。
「ヴィティが出した大量の雪のおかげで崖下に落ちても君は無事だったんだ」
「私が出した⁉︎」
「たぶん命の危機に無意識に魔力を使用したんじゃない? 街中で雪を出されると困るから自在に操れるようになりましょうねって話」
あの雪は私が出したものらしい。
でもダクがいなかったら雪に生き埋めになっていたような気がする。
「あ、そうそう。ネコは神官長にも呼び出されているからすぐ行ったほうがいいよ。たぶん最近ダクの出現が多いからその話だと思う」
キツネさんの言葉にルストがあからさまに嫌そうな顔をした。眉間にシワが寄っている。
「ヴィティ、何かあったら俺を呼んでくれ」
「はい」
「大丈夫よ。初日から激しくはしないから」
そのセリフ不安しかないです。
ルストが部屋から出ていくと、キツネさんがまた私の手を取った。
「怪我痛い? 治療する? 私、再生と浄化が得意だから治せるよ?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。治療は高額と聞いたので支払いは無理そうですし」
「高額なのは、気軽に利用されたら本当に必要な時に必要な人が利用できないからなんだよ。あと私がものすごく疲れる」
「ヴィティの世話ができなくなるからしなくていい。あとキツネ、触り過ぎだ」
出て行ったはずのルストが扉の間から顔だけ出してこっちを見ていた。
ルストを追い出して魔力の訓練を開始した。
「怪我を考慮して今日は軽くね。私達獣人は余剰分の魔力を防御に回しているんだけど、それは他の事にも使えるんだよ。
私だったら再生・浄化。ネコなら風とかね。クマちゃんは氷が得意みたいだから、まずは手のひらに氷を出してみてくれない?」
「氷……」
「想像力、想像力」
氷と言われて真っ先に思い描いたのは、冷凍庫で製氷された四角い氷。
崖から落ちている時は胸が熱くなった後、雪だるまが出現していた。あの時の熱い感覚を思い出しながら手のひらに意識を集中すると、四角い氷がコロリと出てきた。
「成功! すごいね」
「本当に氷が出てきました」
「次はこの氷より大きい氷を出してみて」
それからキツネさんの言う通りに氷や雪を出していったが、雪を出してみたら部屋が雪で埋まってしまい謝り倒した。
今は休憩も兼ねてかまくらを作り、中でキツネさんと談笑している。
「やっぱり雪って久しぶりに見ると嬉しくなるもんだね! 掘りたくなる!」
「キツネさんも雪を見た事があるんですね」
「雪は前世じゃ当たり前だったけど……」
「前世っ⁉︎」
ついキツネさんの言葉を遮ってしまった。前世って記憶があるものなの?
私が驚いたのを見てキツネさんが目を瞬かせる。
「あれ、聞いてない? 大型獣じゃない獣人が豊富な魔力を持っているのは前世持ちだからよ。クマちゃんもそうじゃないの?」
「え、私……も?」
「だって、その指に巻かれているのクマちゃんが考えたんだよね? 早く売って欲しいって評判だよ」
そう言ってキツネさんは私の指に巻かれているサビオを指差す。
「前世で人間が付けていたものと一緒だったから、大型獣だけどクマちゃんも記憶あるんだって嬉しかったんだ」
「私は、その……」
前世の記憶はあるが私は特殊だと思う。死神さんのうっかりでこの世界に来たって話していいのかな。
私が迷っているのを察したキツネさんが口を開く。
「私は前世キタキツネだったんだけど、山で人間の罠にかかって気がついたら鉄の箱に入れられていたの。無遠慮に体を触られるし痛い事されるし最悪だった。でも、ごはんを持ってきてくれる人間は優しい匂いがしてね、その人だけは好きだったかな。私が死ぬ時、その人だけ泣いていたし。
ほとんどの獣人が記憶はないけど、みんな前世で人間と関わっていたと思うよ。記憶がある獣人だけ何故か魔力が豊富なの」
キツネさんの話を息をするのも忘れて聞き入っていた。なら、風を操れるルストも前世持ち? 人間と関わっていたの?
「クマちゃん、この国に伝わるダクの詞は聞いた?」
「人を恨み恨み恨み、落ちて落ちて堕ちきって……だくこん」
あんまり覚えていない。せっかくルストが教えてくれたのに。尻すぼみに声が小さくなっていく。
軽く落ち込んでいたらキツネさんが改めて教えてくれた。
「人を恨み、自身を恨み、周りを恨み、世を恨む。恨む心が重みを増して体を離れ地に落ちる。落ちに落ちて堕ちきって、魂澱みしその名は濁魂。穢れ広がりこの世に災いもたらさん。……この人って誰の事だと思う?」
「獣人?」
「ちがーう。人間の事だよ」
キツネさんの瞳が一際細くなった。その顔は野性味溢れる獣そのもの。
「ダクは人間に虐げられ恨む心が暴走した動物の魂。人間がいなくならない限りダクは生まれ続ける」