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9.5、ハリネズミ・ラティーファの後悔

開発部部長、ハリネズミ・ラティーファ視点

 走って走って走り続けた。何度も木の根に躓き、転んだ脚は限界に近い。息が苦しい。口の中が血の味がする。でも立ち止まるわけにはいかない。


 あたしが助けを呼ばないとクマさんがっ‼︎


 獣化した方が速い種族がいるが、自分は小さなハリネズミ。体力もない。


 まさかあたしを助けようとするなんて思わなかった。肉食獣なんて危なくなったら自分の事を囮にして逃げるとばかり思っていた。

 それなのにダクに素手で触れる事を躊躇わず、投げ飛ばすなんて。

 それで一緒に崖下に落ちるなんて、あの子は馬鹿よ!

 あたしなんて見捨てればよかったのに。


 また躓き転びそうになった。目の前には尖った石が迫る。顔を庇う余裕もない。

 顔ならちょっと痛いのを我慢すればまだ走れる。そう思いキツく目を閉じた。


「危ねぇな。ちゃんと前見ろよ。何で外に一人でいる?」


 身体が浮いて転ぶ事はなかった。あたしを支えてくれたのは、トラの獣人。

 毎日のように受付のカンガルーに喧嘩を売ってワザと吹っ飛ばされている人。今日も吹っ飛ばされた後なのか、片頬が真っ赤だった。


「おねがっ、あたしのことはいいから、クマさっ、たすけ、たすけてあげてぇ!」


 獣人に会えた安堵で泣き出してしまったあたしを見て、トラは慌て出した。


「お前、俺が後でトリに突っつかれるだろ。泣き止め!」

「やぁーーだぁーーっ!」

「ああっもう! とりあえず門の中に入るぞ」


 トラはあたしの何倍もの速さで走り出した。



 門の中に入ると、門番のトリに詰め寄っているサビネコがいた。


「ヴィティの気配が門の中から消えた。なんで外に出したっ! どこに行った⁈ 答えろ‼︎」

「ハリネズミちゃんと採取に……ってハリネズミちゃん! その傷どうしたんだっ⁈」

「最後まで話せ!」

「サビネコっ、ごめんなさっ、あたしが、あたしが悪いの!」


 トラに抱えられている状態のままサビネコに謝罪する。サビネコはあたしを睨みつけるとこう言った。


「ヴィティはどうした……? 置き去りにしたのか?」

「ちょっと待て! コイツはボロボロになりながら助けを求めてたんだ。何かあったはずだ、落ち着け」


 トラの仲裁でサビネコは口を閉じたが、明らかに目が「早く話せ」と物語っている。

 あたしはダクが二体も急に現れた事、嘆きの岩壁にクマさんが落ちた事を話した。


「あとのことは門番に任せる。俺は行く」

「んじゃ、オレもサビネコについて行く」

「必要ない」

「クマを庇いながらダクとやれんのか? ダクが二体以上いる可能性もあんだろ」

「チッ、好きにしろ」


 クマさんを助けにサビネコとトラが行くようだ。トラは念のため縄を持って門の外に出て行った。

 トリはこの事を組合に連絡してからあたしに近づいてきた。


「傷の手当てしないとね」

「自分でやるからいい」

「ダメだよ。トラの匂いついてる。緊急事態とはいえ腹が立ってる」


 腹が立つと言いながらも、傷口を洗い薬を塗る手付きは優しい。

 あたしの事、拒絶したくせに。


「足、捻挫してる。頑張ったね」

「頑張ってないもん。あたしが採取に行こうって言わなかったら、クマさんは落ちなかった」

「最近、西ばかりダクが出現していたから、東なら大丈夫だと判断した自分も悪いよ」

「トリは悪くない」


 あたしがそう言うと、包帯を巻いている手が止まりトリがこっちを見上げてきた。

 鮮やかな黄色の髪の間から見える黒目に射抜かれる。もう最近は見ていない懐かしい瞳に涙が溢れてきた。


「二人きりなのに名前で呼んでくれないんだ? ラティーファ」

「ううっ……あたしの事嫌いなんでしょ?」

「なんで? そんな事言ってないよ?」

「だって、あたし発情期来たよって言っても、何も、何もしなかった!」


 やっと発情期が来てトリの事を番と認識できたのに。トリに会いに行ったら、トリはあたしより背が高くて、綺麗な女性(メス)と楽しげに話していた。しかもその後、発情期の事を伝えても「まだ早い」と言ってやんわりと断ってきたのだ。

 ごく稀に自分が番と認識しても、相手は別の番がいる場合があるらしい。そうなったら悲惨だ。

 オスはメスを喰い殺すし、メスはオスを道連れに心中したりする。


 あたしはそんな事できない。トリには生きて幸せになってほしい。だけどトリを見ると辛い。だから避けてきたのに。


「ラティーファはまだ小さいし、壊しそうで……」

「あたしの種族はこれ以上おっきくならないの! あたしの父と母だって体格差あるでしょ!」

「それに、ラティーファが狩人ランクが上がるまでは番なんて考えられないって言っていたし」


 狩人登録した時にあたしは狩人適性が最低のF評価だった。Fだと紹介してくれる仕事も少なく、必然的にランクも上がりにくい。

 あの時は絶望して、独り言のように呟いた言葉をトリに聞かれているなんて思わなかった。


「そんな昔の事、覚えていたの?」

「ラティーファの言葉ならずっと覚えているよ」


 トリがあたしの手を握って微笑んだ。

 頬が熱い。心臓もうるさい。身体の奥底から目の前のオスは番だと反応している。


「サビオが完成したら! あれが完成して評価されればランク上がるから」

「うん。待ってる。だけど、次、発情期来たら我慢できないかもね。だから……」

「だから?」


 トリが近づいてきた。

 視界がトリの顔でいっぱいになった時、唇に柔らかい感触が。


「名前呼んで? ラティーファ」

「あ……あぅ、その」

「呼ばないともっと深いのするよ?」

「あ、ト、トミスラフ。トミー、好き」

「うん、好き。大好きだよ。ラティーファ」


 トミーは嘘つきだ。


 だって名前を呼んだのに深いキスをしてきたから。



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